3-2話 物語の登場人物は作者を探してはいけないというルール
物語部の人間には厳しい物語作成上の決まりごとがある。死んだ人を生き返らせても、願いごとをふやしても、登場人物の性格が変わっても(人の気持ちを変えても)物語上の必要性があれば特に問題はない。
してはいけないこと(作ってはいけない物語)は、あまりにもエロすぎて同人誌でも許されない物語と、プライバシーを侵害するような物語と、盗作だ。
「いや、法律で禁じられてることが許されないのはわかるんだけどさ、でもどうしておれたちが作者を探してはいけないの?」
そう言う立花備に、樋浦遊久が怒りながら説明した。
「俺たちが物語なわけないだろ。この、ここにあるリアルは、どう見たってリアル。壁も、天井も、窓の外の田園風景も、お前らも」
「樋浦姉さんは嘘をついてるわ」
千鳥紋は再び落ち着いて言った。
「窓の外も、と言って、指さした樋浦姉さんのショットのあとに、適当にどこかで撮った風景のショットをつなげると、それが窓の外になる。ごく初歩的な映画の技法よ」
樋浦清は感心しながらやってみた。
「なるほど…こんな感じですね…わあ、素敵な湖だなあ。あ、ボートに乗ってる人がいる」
市川醍醐は苦笑しながら言った。
「それは市川崑監督が『犬神家の一族』で使った手法ですね。じゃあぼくも…ああっ、あれは伝説の超古代獣ユクラ! ユクラがこちらに気がつきました。ゆっくりとこちらに歩いてきています!」
備が話を元に戻した。
「ということで、ここは嘘の世界、はっきり言って物語の世界です。そしておれたちはその物語の登場人物。だけど、どうして作者を探してはいけないんですか、遊久先輩」
「そ、それはだな、えーと…多分話があまり面白くならないからだと思うよ」
どう見ても書割りの田園風景にしか見えない窓の外を背景に、樋浦遊久が読者に向かって語りはじめた。
「みんなだって、物語部に期待しているのは俺たちの話じゃなくて、俺たちが誰かのために何かを解決してやる話だよね? 恋に悩む女の子の物語とか、謎を名推理で解く探偵とか、シンギュラリティな未来で折り紙を折る人工知能とか…その…物語っぽい物語というか…」
千鳥紋が違う意見を言った。
「登場人物が見つける作者は、多分本当の作者じゃないからよ。それは「本当の作者が物語の中に作った、本当っぽい偽の作者」で、本当の作者に都合がよくできているだけのキャラクターなの」
市川醍醐も自分の意見を言った。
「ぼくも千鳥さんと同じような考えですが、話がややこしくなりすぎるためじゃないかとも思うんですよ。エッシャーの「ドロウィング・ハンズ」みたいな感じで。手を描いている手が、別の手によって描かれてるけど、その手は描かれている手によって描かれている」
ここで醍醐は、全身が写る鏡を前にしてポーズを取った。
「ユーア、トーキング、トゥ、ミー?」
樋浦清は再び感心した。
「ああっ、それは『タクシー・ドライバー』のロバート・デ・ニーロだね!」
「そうです。ここで彼が持っていた拳銃の代わりにカメラを持っていたとします。その場合、鏡の中にはカメラを持った主人公が写ります。さてそうなると、謎が生まれますよね。自分はカメラを持って写しているのか、カメラを持った自分が写されているのか」
「そんなことはどうでもいい」
備は机を叩き、机の上の筆記用具立てが倒れた。
「おれたちが誰によって作られたか、あるいは誰の夢の中なのか。それをおれは知りたい。その作者の目的は何なのか。それがおれたちのテーマなんだ。つまり、おれがおれであること、それに果たして意味があるのか。ということで、おれたちは、病院で意識が覚めないまま眠り続けている女の子、鳴海和可子さんに会いに行こう。おれたちが夢であってもいい。おれたちが消えてもいい。しかしそういうの、今のままじゃひどすぎるじゃないか?」