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物語部員の生活とその意見  作者: るきのまき
2・市川醍醐の物語・その1
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2-6話 猫と観察者と被観察者

「映画『ヘアスプレー』の舞台は1960年代はじめのボルチモア。びっくりおもちゃの店を開いている父親のウィルバーと、ランドリーをやっている母親のエドナの娘であるトレイシー・ターンブラッドは、ダンスが好きで最新型の髪型をしていて、すこし太り目の女の子。そんな彼女が「おはようボルチモア」の歌を歌って学校に向かうところから話がはじまります」

 このように年野さんの物語紹介は、いつもていねいでわかりやすいんですが、だいたい2時間ぐらいの映画だと30分ぐらい話すことになるんで、省略します。

 映画は、太り目の女の子の、設定・障害(事件)・解決、という3幕形式で作られていて、まあとにかく歌と踊りが楽しいミュージカルで、恋愛についても少しはあるんだけど、これについては、多分今語られている物語とはあまり関係ないのです。

     *

 それから何日かした、やはり暖かい春の日の午後のことでした。

 学校から駅までは、田んぼの間を抜けて、小川というには少し大きな川を越え、ローカルながらも県道として幅がある道を渡り、商店街というにはあまりにもシャッターな商店街を通り、普通に歩けば10分程度の道です。飛んでも8分、だらだら歩けば12分で、駅前の脇道を少し入ると、市立図書館の分館があります。

 分館とは言っても公民館の一室みたいなもので、子供の本と少し前のベストセラー本、10年前のラノベと20年前の少女小説、それに料理や家庭医学の本ぐらいしか置いてないのですが、ネットで取り寄せを頼むと、もっと大きな本館のほうから持ってきてくれるのです。

 そのときぼくが借りに行こうとしていたのは、『ゲーデル、エッシャー、バッハ』という、認知科学とその限界について書いてある、昔のベストセラー本でしたが、それもまたどうでもいいのです。

 その脇道を通るたびにいる猫と、それに関する話です。

 その猫はまだ錆びきっていない錆色をした、どこにでもいる、誰かが餌をやっているんだろうけど飼猫かどうか不明の、あまり若くも年寄りでもない猫ですが(文法的に「○○は××な○○」という表現は、もう少しなんとかなりそうな気がします)、スマホのカメラを向けて近づこうとすると、ぼくから一定の距離を置いて、逃げるでもなく近づくでもない感じで、ぼくのほうを見ていました。

 なんとか少しはましな猫の写真を撮ろうと頑張っているとき、ふと気配を感じて横のほうを見ると、スマホでぼくを撮っている清さんがいました。

 猫と同じような色で一部が錆びている自転車を電信柱に立てかけて、ローアングルでぼくを撮っていた清さんは、ぼくが気がついたのに気がつくと、とても困ったような顔をしました。

 しかしそのときにぼくが気がついたのは、清さんの後ろで清さんを撮っていた、備くんの姿でした。

 ここには3つの物語があります。

 猫の物語。

 猫を撮っているぼくの物語。

 猫を撮っているぼくを撮っている清さんの物語。

 しかしぼくが、備くんにカメラを向けることで、さらに別の物語が生まれます。

 備くんを撮っているぼくを撮っている清さんを撮っている備くん。

「やめてくれ、おれを撮るなよ、市川」

「備くんは清さんとぼくを隠し撮りすることで、「隠し撮りするほど市川醍醐を好きな樋浦清」という物語を作ろうとしていましたね。しかしそれは「隠し撮りして樋浦清の物語を作ろうとする立花備」という物語によって、メタな構造になりました。つまり、物語の中の人物によって語られる・撮られるということで、備くんの物語構造はゆらぎを生じたんです」

 当然のことながら、清さんは話に割り込みます。

「いや別に好きとか嫌いとかないから。なんか「猫に相手にされない少年」ってちょっと面白いし」

「そうですね。ママチャリの前のカゴには小さなバッグ、その中には図書館に返さなければいけない本があって、清さんはそのためにたまたま、ぼくを見つけたんですね。さて」

 と、ぼくは備くんを指さしました。

「備くん、あなたがここにどうしていなければならなかったんですか?」

 そのようにして、備くんの別の物語は作られるのです。

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