1・――異世界転生――
もう嫌だ。
声優になるために専門学校に通ったけど、いるのは●●さんと
一緒に仕事をしたいとか一攫千金を夢見る馬鹿共。
二年間で数百万もの金をドブに捨てて、惰性のまま結局、卒業を迎えて早三年。
今度は作家になろうと勉強を始めて、ラノベを買い漁ってみたけど、結局これも
すぐに飽きてしまった。
何となく、外に出ることもなく部屋に篭って時間が流れていく中で思う。
――俺って、なんで生きてるんだろ。
――人生をやり直したいなぁ。
じっとしていると、死にたくなるようなことばかり考えたくなる。
きっと、これは鬱病に違いない。
そうだ。そうなんだ。
――死のう。
久しぶりに外に出て、俺は駅に向かった。何処へ行く、というわけではなかった。
もう何日も替えていない服のまま、財布だけをもって足を進めていく。
運動もしていなかったから何とも足が重い。けど、考えは明るかった。
俺にはたった一つの、逆転のチャンスがあったからだ。
異世界転生。
昨今、世の中には不可解な事件が起こっている。
交通事故が起こったのに被害者が消えていたり、
駅のホームから飛び降りた会社員の姿がそっくりそのまま何処かへ消失するなど。
明らかに死んだ、と思われている事故がどういうわけか起こっているのに、
発生したそもそもの原因が解明できていない。
ネット上で最も有力なのは「異世界転生したんじゃね?」という意見で、
俺も同意していた。世の中に嫌気が差して、俺と同じように死のうとした結果、
異世界に転生したのだ。間違いない。
駅に着いて早速、切符を買う。場所はどこでも良く、次の駅までの切符を購入した。
平日の昼間なので、人の出入りは比較的少ないものの親子連れが妙に鬱陶しい。
昔から子供の泣き声が嫌いだったから。
階段を上がろうとすると、電車到着のアナウンスが鳴った。
まずいと肥満系の体に似合わない軽快な足取りで上がり、ホームに
並んでいた男女を押しのけて、ホームドアに身を乗り出す。
短い足で向こう側に降りられなかったので、勢いよく体ごとを前に向かった。
ぐるり、と前転して線路側に尻から落下すると、
丁度、左から重々しい音が聞こえてきた。
「あ、きた」
そう言った瞬間、肩のあたりから肉が潰れるような音が聴こえてきて、
頭が割れるように痛くなって――
「あれ?」
目を開けると、何故か椅子に座っていた。
「おぉ、気がついたか?」
「え?」
「え、じゃないって。なんだよ、話の途中で眠るなんて」
「途中? どういうこと?」
「おいおい、ボケちまったか? 異世界転生人は、次の戦いが終わったら上流階級にしてくれるって言ってたろ? 途中で寝るなよ」
「ああ、そうだったな。悪い悪い」
――俺は異世界転生を果たしていた。気がついたのは王宮の地下だった。
魔法陣の上で起き上がると、目の前にはローブを着た男女と
見目麗しいドレスを着た少女が俺を見ていた。
『あなたが、救世の戦士ですね。どうか、我々の世界をお救いください』
顔を近づけられ、口づけを受けた。
俺の姿はこれまた、現代にいたら幾人もの女性が振り返るような
ナイスミドルになっていた。
幸い、記憶の混濁はなく、前世での出来事は覚えていた。
別にどうでもいいが知識はあって困るものじゃない。
この異世界は隣国と戦争真っ只中になる、という設定の世界らしかった。
伝説の剣と鎧を与えられた俺は、他にも転生を果たしていた人たちを率いて
戦いの場へ赴くこととなった。
パラメータやスキルの閲覧は出来なかったが。まぁ、いい。
伝説級の剣と鎧があれば恐るるに足らず。
切れ味も申し分なく、試しに牛を切ってみたがまるで豆腐でも切るように
呆気なく両断することができた。対象に問題はあるような気はしたが、
牛でもこれなら人間相手でも然程違いはないはずだ。
「上流階級かぁ」
目の前に座っているのは、俺の副官だ。彼も、というより
俺の部隊は全員が転生者だ。
事故や自殺が大半で、皆が現実に嫌気が差していた。
異世界に転生して一念発起、という考えは間違っていなかった。
戦いに勝ち続ければその分、功を得られる。そうして立身出世して、
いい暮らしができるようになる。
現実なんて目じゃないくらいの生活が、夢に見ていた暮らしが待っているのだ。
そう思うと、口元が自然と緩んでいた。
次の戦いは明日。副官から戦術のいろはを出来るだけ学ぶと、
俺は寝室へと向かうのであった。