8 これからは
「お嬢様、アイリーンお嬢様」
コン、コン、コン、コ、コ、コ、コ、コ、ゴゴゴゴゴッと、だんだん早く激しくなっていくノックに気付いて、私はぼんやり起き上がった。
「お嬢様、おはようございます、レヴィンです」
「あ。おはよう、レヴィン」
なぜ私は男物の服を着て寝ていたのかしらと一瞬考え、そういえば侯爵の城にやってきたんだったと思い出した。同時に、エルバートのことも。
あれっ!? あれからどうしたのだったかしら。
記憶にあるテーブルの上の食事に目をやる途中で、剣を抱いて床に座り、ベッドに寄り掛かっているエルバートに気付き、仰天する。
「エ、エルバート!?」
「やあ、おはよう、アイリーン」
「なぜあなた、そんなところに」
「騎士とは名ばかりの荒くれ者がうようよしている城内で、君を一人で寝かせておけるとでも?」
「お嬢様、扉を開けてもよろしいでしょうか」
「え? ええと」
この状況で人を招き入れていいものかどうか、エルバートと扉を戸惑ってかわるがわる見ているうちに、失礼します、と勝手に扉が開いて、レヴィンが入ってきた。つかつかと部屋を突っ切り、持ってきた朝の身支度用の水差しと水受けを、出窓に置く。
「エルバート様、おはようございます。寝床を代わっていただいたおかげで、よく眠れました。エルバート様はいかがでしたか?」
「まあ、ほどほどに」
彼は立ち上がって、ほぐすように肩をまわした。
「侯爵からお二人に、朝食を共にしないかと承ってますが、どうしますか?」
「すぐに行くと伝えてくれ」
肩をほぐし終えたエルバートは、当然のようにベッドの縁に腰かけた。私の方へ身を乗り出してきて、指の背で、すっと私の頬を撫でる。
「すぐでよろしいので?」
「すぐでいい」
レヴィンの問いに、エルバートは後ろ手にシッシッと追い払いながら答えた。
「おはようのキスをしたら、すぐに行くから」
「本当にすぐにとお伝えしますからね」
「ああ、やっぱり、可及的速やかに、と言っておいてくれ」
愛し気に笑いかけられて、鼓動が速まる。もっと顔が近付いてきて、ほんのすぐそばで止まった。
「気が済んだら、すぐに行くから、と」
「承知しました。気が済むまでおはようのキスをしたらお伺いいたしますと申しておりましたと、お伝えしておきます」
「えっ、ちょっと待って」
私が慌てて止めたにもかかわらず、レヴィンは澄ました表情で顔を引っ込め、ばたんと扉を閉めてしまった。
「おはよう、アイリーン」
チュッと軽くキスされて、瞳を覗きこまれる。それで、侯爵への伝言の件はどうでもいいものになってしまった。
「これからは、従者じゃなくて、俺に一番に挨拶してくれると嬉しいんだが?」
ちょっと拗ねた瞳で言うから、思わず笑ってしまう。
「わかったわ、エルバート、約束するわ」
抱き寄せられるままに私も彼の首に腕をまわした。見つめあえば胸が高鳴って、吸い寄せられるように唇を重ねる。
彼のおはようのキスは、私を甘く蕩かして、うっかり侯爵の元へ行きはぐりそうになってしまったのだった。




