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6 部屋で

 謁見室を出ると、ライオニーと呼ばれていた従者が待っていて、エルバートは彼の部屋の隣に、私の部屋と食事を用意するよう申し付けた。

 すぐにきびきびと行ってしまいそうなライオニーに、躊躇いがちに声を掛ける。


「あの、私の従者たちは?」

「馬の世話と、自分たちの寝床の用意をしています。この後、アイリーン様のお部屋まで案内いたします」

「そう。彼らの面倒を見てくれて、どうもありがとう」


 彼は一瞬目を見開いて私をまじまじと見ると、視線を伏せ、堅苦しく頭を下げた。


「いえ。当然のことをしたまでですので。……失礼いたします」


 エルバートの従者を見送り、私たちもゆっくり同じ方向へ歩きはじめる。


「部屋の用意ができるまで少しかかるだろう。その間に、簡単に城内を案内する。もう暗いから、とりあえず必要な場所だけ」

「ええ、お願い」


 大勢が集まって食事をしている大広間、小腹がすいたときに無心する厨房、付き従えてきた者たちが寝泊まりしている棟へ続く廊下(絶対に行くなと念を押された)、侍女たちが使用する御不浄、井戸、厩。

 城を歩きまわっている間中、誰かに会うと、その誰かは一様に手を上げて声を掛けてきそうに口を開いた。……ところで表情をかたくして、うろ、と視線を彷徨わせ、見ない振りを決めこんだ。

 隣を窺えば、エルバートが剣呑な顔で、あっちへ行けと横柄に顎をしゃくっていた。誰に対してもこんな態度がとれるほど、彼はこの城で一廉(ひとかど)の人物らしかった。

 そして、私を紹介してくれる気がないこともわかった。

 ……怒っているのだろう。彼女の泣き声にすっかり騙され、彼を信じなかった私を。

 とにかく部屋に着いて二人きりになったら、謝らなければ。


「ここが俺の部屋で」


 と言いながら扉の前を通り過ぎ、


「こちらが君の部屋だ」


 と、扉があけ放してある部屋に入った。中で、ライオニーと私の従者たちが、城の侍女と一緒に、部屋を整えていた。

 灯りを灯し、窓を開け放して、衣装箱の覆いを払い、ベッドに真新しい詰め物をしてシーツを張っている。床を掃き清め、馬に積んであった荷物が衣装箱やその傍に片付けられると、埃っぽさがなくなるのを見計らったかのように、食事も運ばれてきた。


「テーブルを俺の部屋から運んできてくれ」


 男たちが出ていき、すぐに四角い小ぶりのテーブルと椅子を二脚持ってきて、部屋の空いた場所に据えた。食事も置かれる。

 最後にレヴィンが、出窓に置いてあった蝋燭台をテーブルの上に持ってきて火を灯した。


「花が欲しいところですね」


 陽気にウィンクする。……たぶん、私のエルバートへの怒りが解けたことを悟ったのだろう。レヴィンだけでなく、ホークやエルンも。知らん顔を決め込んでいるが、ちらちらと私たちを窺っているのがわかる。

 私が散々エルバートを罵っていたことを知っている彼らの、無駄に刺激しないよう気遣っている態度が腫れ物に触るようだ。……とても恥ずかしかった。

 私はそれに気付かない振りで、明るく一つ手を叩いた。


「みんなありがとう! 居心地のいい部屋になったわ。もう今日は遅いから、下がってちょうだい。ゆっくり休んでね」

「あの、お嬢様、俺は従者としてあそこが寝床なんですが」


 レヴィンが隅に置かれた衝立を指差した。


「えっ、そうなの!?」

「とりあえず、レヴィンは俺の部屋にライオニーと居るといい。食事をしながら、彼女に話があるんだ。……彼は呼べばすぐ来られる隣にいる。それでいいだろう?」

「え、ええ。あなたがいいならかまわないけれど」

「では、お嬢様、俺は隣の部屋にいますんで、御用がありましたら、叫んでくだされば、すぐに参ります」


 レヴィンが『叫んで』を強調して、大仰な従者の礼をした。


「叫ぶようなことにはならないと思うわ。……その、冷静に話し合うから」


 喧嘩腰じゃいけませんよと言われたのだと思って、胸の前で掌を合わせたり離したりしながらしどろもどろに弁解してみると、彼は作ったような笑顔になって、


「俺のことは叫んで呼んでくださってけっこうなんで」


 と繰り返した。

 もしかしたら、城内にいる従者を呼ぶときは、叫んで呼ばう慣習でもあるのかもしれない。私が知らないそれを、暗に伝えてくれようとしているのかも。

 私は神妙にうなずいた。


「わかったわ。そうするわ」


 彼はやっと陽気ないつもの様子に戻って、ライオニーたちと部屋を出て行った。

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