1-9
大変長らくお待たせしました。
やっとこさ難産が終わりました。
屋根の上 ローラン
王子が飛び出してすぐに追いかけ始めたものの、途中で見失ってしまった。
まさか屋根伝いに移動している僕よりも早いなんて!
「くっ! 人が多すぎてどれがアリューゼ様か分からない! アリューゼ様! アリューゼ様ー!」
僕が、いくら叫んで辺りを見回しても王子の姿は見えなかった。
白銀の鎧を身にまとっているとはいえ、この人ゴミ。
兜を付けていない王子を探すのは、容易な作業ではない。
人の流れは、東から西へと移動している。
おそらく、この人ゴミの反対方向へと向かっているだろう。
ただ、それと同時に南門でも何か起こったのか、人が北へと移動している。
「多分、王子が向かったのは東門だと思うけど……、万が一南門だったら……あっ!」
ほんの一瞬の気の迷いが生じた瞬間、足場を踏み外してしまった。
ま、拙い! いくら身が軽いとはいえ3階から落ちたら!
落ちる瞬間そんな事を考えながら周囲を見回すが、足場や掴まれそうな場所などない。
「拙い! 人の上に落ちる!?」
最悪の事態に一瞬目を瞑ってしまった。
もう落ちてしまう!
だが、一向に浮遊感はなく恐る恐る目を開けると、僕のベルトを掴んで支えてくれている男が居た。
「おいおい、自殺したいのかい?」
「あ、いえ、考え事をしてたらバランスを」
一瞬何が起こったのか分からないながらも自分の状況を咄嗟に説明していた。
そんな僕の様子がおかしかったのか、男は少し笑いながらも引き寄せてくれた。
「おかしな坊主だな、こんな危ないところを歩てたらダメだろう」
「坊主ではないのですが……、とりあえず、危ないところをありがとうございます。少し人を探しておりますので、失礼します」
「人? もしかして銀色っぽい鎧を着た少年を探しているのかい?」
先を急ごうとした瞬間にそう言われ、一瞬驚いた。
なんで知っているのだろう、と。
僕は身構えつつ彼の方に振り返りながら訪ねるた。
「すみません、何故銀色の鎧を着た人物を探していると思われたので?」
「あぁ、それは、至って簡単な話だよ」
男はそう言って一瞬もったいぶるような仕草をしながらも続きを話し始める。
「人がみんな西門や北門に向かう中、君は東門の方へと向かっていた。そして、私が先ほど東門へ人ごみの中を突っ切っていく銀の鎧を着た人物を見かけたからだ。まぁ要はあてずっぽうという奴だ」
男はそう言うと、少し肩を上下させた。
「……。情報をありがとうございます。では僕は急ぎますのでこれで」
僕がそう言うと、男はニヤニヤと笑いながら見送ってきた。
まったくもって君の悪い男だ。
東門付近 アリューゼ
人ごみをかきわけて何とか東門に着くと、そこは阿鼻叫喚の地獄だった。
「た、助けてくれ!」
「や、いやだ! 死にたくない!」
ある者は魔物に追いかけられ、またある者は馬乗りになられながら弄られていた。
そんな中でも東門の前では、未だに兵たちが必死の抵抗をしており、魔物を少しでも押しとどめようと必死の防戦を繰り広げていた。
「耐えろ! ここが完全に抜かれたらそれこそ終わりだ!」
「し、しかし、中からも叫び声が!」
「今はここを防ぐことを考えろ! 中の事は中にいる奴に任せるしかない!」
そして、そんな怒号が飛び交う中で一人悠然と俺の方に近づく奴が居た。
そう、例の銀髪の女だ。
俺も奴を視認すると同時に盾と片手剣を構える。
じりじりと近づいてくる奴の一挙手一投足を見逃さないように凝視していると、一瞬揺れたかと思ったのと同時に一気に距離を詰めてきた。
「なぁ!?」
咄嗟に出した盾に奴の手にしていたナイフが当たったのだろう。
激しい金属音が辺りに鳴り響く。
奴は、こちらが防いだのが気に食わないのか、叫びながら俺の急所を狙って何度も斬りかかってきた。
「があ゛ぁぁぁぁぁ! 死ね! 死ね! 死ねぇぇぇ!」
「グッ! くっ! く、くそ、手が出ない」
奴の激しい攻撃は、やむことなく俺の喉、脇、足を狙ってくる。
その攻撃を時に盾で、時に武器で逸らしているものの、腕や太ももなどに浅い切り傷が大量に出来上がり始めた。
「ハァハァハァ……、まずい。このままでは……」
分かってはいた。
実力差があることは。
分かってはいた。
奴が早いことは。
ただ、それでも父を殺し、仲間を、爺を大切な人達をその手にかけてきた奴を許すことができない!
「負けられない! 負けられないんだ!」
俺がそう叫ぶと、一瞬奴はビクッと動きを止めたように見えた。
その一瞬の隙がこれまで手出しできなかった俺の最初で最後のチャンス。
そう思って、差し違える覚悟で奴目掛けて剣を振り下ろした。
……はずだったのだが、いつの間にか出てきた男に剣が止められた。
俺は何が起こったのか、咄嗟に判断できないでいた。
何故なら、奴の後ろに仮面を被った男が突然出てきて、俺の剣を素手で(・・・)止めているのだ。
「なっ……」
「全く危ない奴だな。ラース。死ぬ気か?」
「な、なぜお前が居る!? プライド! 邪魔をするな!」
プライドと呼ばれた男は、女が怒気と殺気をはらんだ叫びに対しても平然と笑いながら続けた。
「主君の命だ。引き揚げるぞ、ラース」
「な、なにを言っている!? 主君が許した仇討ちだぞ!? 主君の命で追いかけていた!」
引き揚げろと言われたのに対して、食い下がったラースだった。
だが、男が先ほどまでの気味の悪い笑みを消して放った一言で一気に顔色が変わった。
「事態が変わったんだよ。それにお前忘れたわけじゃないだろうな? 契約を(・・・)」
「クッ……。分かった……」
渋々了承したラースにプライドは一瞬消えた笑顔に戻り、俺の方を見てくる。
「生憎とこちらの事情が変わったのでな。君には申し訳ないが、ここで今日は終いだ。また次の機会に……」
男はそう言うのと同時に影の中へと消えていった。
消えたのを確認した俺は、その場にへたり込んでしまった。
恐らく時間にしてほんの数分。
たったそれだけの時間だったが、奴にボロボロにされ、そして最後の一撃さえもナイフでいなされそうだった。
そう、完全に負けていた、それを敵の都合で見逃してもらったのだ……。
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょぉぉぉぉぉ!」
悔しかった。
敵わないまでも、相打ちにならできると思っていたのに。
それすら敵わない相手だった。
力が足りない。
俺には圧倒的に力が足りない。
力を手に入れないと……。
俺が一人悔しさを噛みしめていると、俺を呼んでいる声が聞こえてきた。
「アリューゼさまー! アリューゼさまー! どちらですか!? 返事をください!」
徐々に近づいてくる声は、俺の事を見つけたのだろう、突然止まった。
「アリューゼ様! 今治療いたします! 誰か! 誰かぁ!」
彼の叫び声を最後に、俺は意識を手放すのだった。
今後もご後援よろしくお願いしますm(__)m