《 灰色 》
魔王を討ち果たして10年の時が過ぎた。
人類の平和を脅かす最悪最凶の存在である魔王がいない世界は平和で皆が笑う幸せな世界…とはいかないようだ。
絶対的な支配者を失ったことで、魔物共は凶暴化し自らのテリトリーを拡大しようと今まで被害の無かった地域にも侵攻を図り人間への被害は10年前とは比べものにならない程に増大した。
それに加えて魔物同士が争い合うようになり、結果魔物の個々の強さが年々上がり冒険者ギルドでも手が付けられないという始末。
魔王の存在。それ自体が魔物にとって最大の抑止力だったのだと気付かされる。
勇者にとってはなんとも皮肉な話だ。
そして更に手に負えないのが人間同士の同族争いだ。人類共通の敵、世界を魔王が統べていた頃は各国が同盟を結び魔王打倒・魔物の対策に手を取り合い協力関係にあったが頂点に君臨していた魔王が討ち果たされた今となっては、その不在の頂点を狙い国の勢力図を広げようといつ争いが起きてもおかしくない状況にある
そして一騎当千の最強の戦力である勇者を各国が引き抜こうと多大な人員を動員して探しまわったが遂に勇者を見つけた者はいない
もはやこの世界に正義や悪は存在しないのかもしれない
そしてその元・勇者はというと10年前に役目を終え世界を旅する流浪人になっていた。戦いの為でなく世界の為でもなく目的もなく、そんな行く宛なく流れる雲のように自由な旅も今の彼には許されるだろう。
ガチャリガチャリと腰に携えた剣が小気味良い一定のリズムで音を奏でる
白に近い灰色のマントを背に纏い、これまた灰色のズボンに旅人の服。胸当て等の最低限の銀色の軽装を身に付けて、どこまでも続いているかのような平坦な田舎道を黒髪の男は歩く。
旅の途中、魔物も近隣には生息しないのどかな村があると知ってそこを次の目的地とした
今時珍しい場所もあったものだと、小さな平穏に心嬉しく想う
だがその期待は村が徐々に近付くにつれ希薄なものとなっていった
歩を進めるにつれ、空へと昇る黒煙が霧散しているのが分かる
焦げた臭いが鼻を不快にさせる
どうやらパンを焼いている訳ではないようだ
火事でも起きたのだろうか?
胸騒ぎがする。悪い予感というものは不思議とよくあたるものだ。たまには外れてくれと毎度願うものだが今回はどうだろうか。
そんなことを考え、自然と歩みが早まる
その嫌な予感が私を急かしているかのようだ
辿り着いた私は目の前の光景に唖然となる。私の期待に反して予想は的中してしまったようだ。この惨状はそれ以上かもしれない。
草木は無く家々は半壊し崩れ、黒く焦げた酷い火傷痕のある死体がそこらに転がっている。
村の中へと歩を進める。生存者がいるかもしれない。そう思いはすれどこの状況では希望というにはあまりに心許ない。
知った情報通り魔物の襲撃にあったわけでは無さそうだ。切り傷や牙による攻撃など生物的な傷痕が看られない、何かが奪われた形跡も自衛の為に争った痕跡すらも見受けられない。
何か大規模な爆発でも起きたかのような。そんな惨状であった。魔法の類いだろうか。だが村一つ吹き飛ばす程の術者がいるとは考え辛いが…
燻っている火や、黒煙をみる限りナニかが起きてからそう時間は経っていないようだ。
崩壊した村の中心部まで来たところで思いがけず足を止めた。そして小さな少女が横たわっているのを認知した時にはすでに駆け出していた。
細い手を取り脈があることに安堵する。泥や埃で汚れているが外傷は見当たらない。気を失っているようだが一体何があったというのだろう。
銀髪の少女の無事を確認し安心と同時に一つの疑問が浮かぶ
この少女は小さな傷一つ・些細な火傷の痕すら見当たらないのだ
取りあえずこの子を安全な場所へ連れていくことにした。抱き抱えようと頭を持ち上げるとその銀髪の少女の首に掛かるアミュレットが目に入る
この子の両親からの授かり物であろうか。しかしこれは魔石か?そして中央に嵌められているのは魔玉なのか?こんな希少なものがどうして
魔石とは書いて字の如く魔力を宿した鉱石の事である。
魔力とはこの世界では魔法・魔術を用いる際に使うエネルギー源で生物からしか発生しない。
普段からも微弱に溢れ出ているが、その大きくは魔法・魔術を使用した際に媒体を失った魔力がやがて分散され空気中を漂う。
これを多く含む鉱石が魔石と呼ばれる。
主に魔族が多く生息する地域で発見されるがその理由は人間より魔族の方が潜在魔力が圧倒的に高く、魔族間では争い事も頻発する為魔法・魔術の使用頻度が高く、魔力がより多く満ちているからだ
その魔力が稀に空気中の一点に留まり長い年月を経て超高密度に圧縮され球体にかたどられたものが魔玉と呼ばれる。
私も数度しか見たことがないような希少な代物だ
美しい装飾が施された銀の魔石が輝きを放ち、その中央には漆喰の黒い魔玉が嵌められたアミュレット。
見る者を魅了する黒紫の魔玉は禍々しくも妖しく太陽の光を吸い取っているかのようだ
思わず手が伸びそうになるが、その手を下げる
禁断の果実を口にした者達はきっと今の私のような心境であったのだろうと思う
アミュレットを少女の胸元に納め、白く細い身体をあらためて抱き抱える。
このまま放って置くわけにはいかない。近くの街に連れて行き、そこにこの少女を託そう。
私は少女を背に担ぎ村を後にした