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頭をやさしく撫でられる感覚に微睡みながらリシールはうっすらと目を開けた。
焦点が定まらない視界に自分の頭をやさしく撫でる影が入る。黒くて長い髪をしている。
『精霊王を従えたものが年端もいかぬ幼子とは――。やれ、精霊王は幼女趣味か?』
リシールの白銀の髪を梳きながらやさしい声音で影は歌うように言葉を続ける。
『もう少し眠れ。お前がここにいれば精霊王は必ず来る』
リシールの意識が再び沈んでいく。
最後に見たのは鮮血のように紅い、真紅の瞳だった――。
アズベルは森を駆けていた。リシールと共にいたとき闇の精霊たちが二人(一人と一匹?)を襲った。
――魔法じゃない。あれは精霊そのものの攻撃!
アズベルは森の奥地へと駆ける。子犬姿だったアズベルだけ森の入り口近くまで飛ばされたのだ。リシールは今、一人でいる。
闇の精霊の多くは従うことをしない。闇を愛する孤高の存在である。だから闇の精霊魔法を扱うことのできる人間は希少価値が高い。
それは人間だけでなく、人間より魔法の優れた森人族や妖精とて同じだ。
しかし、例外が一種族だけ存在する。
「魔族」だ。
魔族は闇に生きるものだ。古来より魔族と闇の精霊は共存していた。よって、魔族はどの魔法よりも闇魔法を得意とする。
――だが、精霊そのものを従うことなど不可能だ!
精霊とてどんなに微弱なものでも意思が存在する。リシールが名付けたヴィントやリュムがそれに分類される。彼らは力は弱いが気に入った者には条件なく加護を与える。使役させることもできるのだ。
それに、いくら子犬姿だったからといってもアズベルは精霊王だ。並みの精霊が王であるアズベルを吹き飛ばすことはできない。
――魔王……!
アズベルは確信していた。はるか昔、たった一度だけ会った存在だが間違いない。
――闇の精霊そのものを従わせるだけの力が魔王には存在する!
アズベルは風をまとった。途端にアズベルの姿が掻き消える。視認する速度を超えたのだ。
急がなければリシールの身に危険が迫る。これは決定事項であった。
人間族には多種多様な人種が存在するが、一つだけ共通項がある。それは貴族と平民、白人と黒人と黄色人種、関係ない。必ず現れる特徴だ。
それは髪と目の「色」。
それらの色が薄ければ薄いほど、魔力の純度は高いものとなる。
リシールの髪は白銀、目は透明感のある青色だ。
アズベルは焦る。魔王は感情が希薄ではある。しかしそれは他人のものではないもの限定だ。
リシールはアズベルの使役者だ。アズベルが他人の所有物になっているのだ。
けれど、魔王はそうとは捉えない。
リシールがアズベルのものだと捉えるだろう。
アズベルと魔王の力はほぼ同等。一度会っただけの同じ王を所有物とした人間に興味がわくのは必然でもある。
魔王は他人のものを欲しがる性癖がある。一度欲しいと思ったものには異常なまでの執着を持ち、手に入らないのであれば壊そうとする。
リシールは幼子であるが美しい。そしてその存在の稀有さにも魔王は惹かれるはずだ。手元に置きたいと考える。それならどうするのが最善か―――…。
契約すれば、お互いがお互いを縛る。
そう考えたら終わりだ。
この森は精霊王と魔王が一時とはいえ共存した場所だ。魔力の密度が高すぎる。
このままでは自由に契約破棄ができなくなる可能性がある。しかも魔族は、契約主を花嫁に迎える。このままでは、リシールが魔王の花嫁となってしまう。
――あんの色情魔が!
精霊王、自分のことを棚上げしている。
リシールと己のつながりを表す契約痕の軌跡を辿っていたアズベルだが、不意に足を止める。どうやら、そう簡単には辿りつかせてくれないようだ。
『魔物風情が邪魔をするな』
アズベルが吼えるが魔王の眷属は意に介さない。
ただ王の命令に従うのみ。すなわちアズベルを魔王のもとへ行かせないだけだ。
『たったこれだけの数で我を足止めだと?笑わせてくれるな!』
数えるのも億劫なほどの魔物にアズベルは躍りかかった。