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気づけば幼子に対してこんなことを言っていた。今まで生きてきた中でこんなことを言ったのは初めてだ。人間に自ら仕えようなんて思ったのも初めてだ。
呼び出す力があれば気まぐれに力を貸すことはあったが、相手の魔力が尽きればすぐに捨てていた。しかし何故だろう。リシールには命尽きるまで傍にいたいと思ってしまう。
「精霊王さんを毎日モフモフしていいの?」
『お前が気にするところはそこなのか……』
伝説級の聖魔獣に対しリシールが気になるのはその一点のみらしい。そのことにいささか落ち込みつつ鷹揚にうなずいたアズベルにリシールは飛びついた。
「精霊王さん、こんな私でよければ、ぜひ契約してください!」
アズベルに抱き着きつつ言うリシールにアズベルは襟首を銜えてその身体を離した。
『抱き着く前に契約しろ』
「でもやり方知らないもん」
リシールの素直な言葉にそういえばまだ幼子だったと思い至る。本来魔力は成長するにつれ保有量が多くなるものだが、彼女はすでに下手な貴族より多くの魔力を持っている。聖魔獣と契約するには多量の魔力が必要となるが、リシールなら大丈夫であろう。
『本来は血の契約、と言いたいところだがここは聖域。血を流すことは我とて許されん。しかし魔力による契約ならできる』
「魔力の契約?」
『そうだ。血の契約はお互いの血を体内に取り込む。魔力はお互いの魔力を交わらせるんだ』
魔力はいろいろなものに宿る。人間は血に宿る魔力で契約を交わすのが常だが、聖域では血はたとえ少量でも流してはいけない。そういう決まりだからだ。
『このままでは難しいか……』
アズベルは目を閉じて力を収縮し始める。すると銀狼の姿が輝き始め、光が治まるとそこには銀の髪に瑠璃色の双眸をした男が立っていた。
『ふむ、こんなものか』
唖然として見上げるリシールに人型となったアズベルはその人間離れした美貌で艶然と微笑む。
『どうした小娘。我に見惚れたか』
「……狼のがいい」
彼女の優先順位は変わらないらしい。美しさよりもモフモフを取った。
『そうか。契約したら子犬サイズになってやるゆえ、しばし我慢しろ』
「? はーい」
契約するためになぜ人型になる必要があるのか不思議に思ったリシールだが魔力による契約を知らなかったのでそのままアズベルに任せた。
『では小娘。目を閉じろ』
アズベルに言われた通りに目を閉じるリシール。
するとアズベルに軽く引き寄せられたかと思うと何かが口に触れる感覚。それが何かと気づく間もないまま、そのまま口腔に形のない何かが流れ込んできた。
「っ!?」
『閉じるな。そのまま飲み込め』
頭に直接響く声に考える間もなく従うリシール。その何かを確認できずに飲み込んだ。
飲み込んだ直後、それは血流に乗って全身を巡りリシールの身体に馴染んでいく。その感覚に身をこわばらせるが、しばらくしてそれは消えていった。
『これによって契約完了だ。これからよろしくな、リシール』
跪いた状態で微笑むアズベルをリシールは無言で見上げると予備動作なくそのきれいな顔をひっぱたいた。




