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とりあえず、平穏をください。  作者: 上条伊織
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 目覚めてからリシールは──絶望した。

 天使のような美少年に既視感があるのは当然だ。なぜなら私は前世で毎日のように彼らを眺めて過ごしたのだから。

 ヨル。

 私がハマっていた乙女ゲームの攻略キャラクターの一人だ。

 ヨルは今の私──リシールの従者で、無邪気な天使として登場していた。

 彼は幼いころ、貧民街の裏路地に捨てられていたのをシャルルット家の暇つぶしに拾われた。そして奴隷のように扱われていたのだがリシールが気に入って従者に取り立てた。それゆえに、リシールに大変な恩義を感じている。そのため、リシールに応えることが彼の生き甲斐であり全てであった。

 さて、そのリシール。つまり私なのだが――。

 リシールの役割は悪役令嬢だ。ヒロインのライバルキャラでありやられ役。

 ヨルルートに入ると、リシールはヨルを使ってヒロインをいじめる。さらにヨルにヒロインに対してハニートラップを仕掛けるよう命じた。

 しかしミイラ取りがミイラになるとはよく言ったもので、彼はヒロインに接するうちに彼女に惹かれていくことになる。

 ゲームのリシールはそれに激しく憤る。そしてヨルにヒロインを殺せと命じるのだ。

 ダウトだ。

 正直プレイしていてリシールは馬鹿じゃないかと思った。ネットでも結構叩かれていた。

 ――自分の従者の性格くらい把握しておけよ。

 ヨルルートのリシールに対するプレイヤー全ての心の叫びである。

 結局、ヨルはリシールの命令には逆らえないがヒロインも殺したくないという思いからこの二つの間に板挟みになる。

 二人とも裏切りたくないヨルが自殺するノーマルエンドでは、リシールは自身の監督不足により神聖な学び舎を穢したとして放校処分を受ける。現代で言う退学処分を申し渡されるのだ。

 ハッピーエンドでは、ヨルの苦悩に気付いたヒロインが担任の教師に相談。その教師から学園長へと話が届き、学園子飼いの諜報員により真偽を確かめられる。そしてリシールは国外追放となる。ヒロインとヨルは結ばれめでたしめでたし、というわけだ。

 まったくもってめでたくない。

 どちらのエンドもリシールにとってはアウトだ。

 そもそも殺人とか私の胃に非常によろしくない。

 ノー・モア暴力。ノー・モア殺人。

 それに、私は前世も合わせれば成人しているのだ。正直、十歳以上年下の子どもをいじめる可能性はないと言っていいだろう。

 それより目下の問題は――。

「私が一人で見知らぬ森っぽいところで放置されていることだよね」

 私が今いる場所――。鬱蒼と茂った木々に太陽が隠され、妙に薄暗い森。

 私は確か、メイドさんに額を触られて――って、思い出した!

 リシールの専属侍女・オルマ。

 彼女はリシールを殺すために送り込まれた刺客だ。

 リシールの祖父は今は隠居して久しいが、かつては国の宰相という立場に長年あったため発言権が強く、王の信頼も厚い。今は相談役として時たま王城に召喚されるそうだ。さらに日記から得られた情報から鑑みるに庶民にとっては非常に良い人物として映っている。と、言うことは貴族にとってはこの上ない邪魔者であるはずだ。彼らにとっては敵にしかなりえない。

 しかし彼を攻撃すれば疑いは必ず自分達の方へ向く。そこまでは思いつくのは簡単だ。

 なら、どうするか。

 彼の弱点を攻撃すれば、失意のうちに引退するのではないかと考えたのだろう。

 自衛することができない「祖父の弱点」になりえたのが私だったのだろう。お爺様は私を溺愛しているようだったし、オルマもそれを見て私を攫い森に置き去りにした。まだ幼い子どもならわざわざ殺さずとも勝手に野垂死ぬとでも思ったのだろう。だけど――。

「私は、かわいいだけの女の子じゃないんだからっ」

 少年漫画が大好きだった私はアクションシーンを再現してみたくて格闘技全般を習っていたんだ。前世のことだけど、型は覚えてる。免許は皆伝させてもらえなかったけど、これでも師範代をやっていたんだ。身体は五歳児だけど何とかなる、と思いたい。

 ただ、一つだけ気になることがある。それは――。

「非常に大きくて素敵な狼が目の前にいることだよね……」

 目が覚めてなんとなくで動き回っていたのがいけなかったのだろうか。普通ではありえないほどの大きさの銀狼を見つけたのだ。

 眠っているのかその目は閉じられているけれど、月明かりに照らされたその姿はとても神秘的に見えた。

 そういえば、リシールはゲームでとても大きな狼をヒロインにけしかけたことがあった。もしかしてこの狼がそうなのだろうか。

「きれいな毛並み。青がかった銀なんて、まるでおとぎ話に出てくる銀狼のアズベルみたい……」

『ほう、小娘。我の名を知っておるのか』

 そのとき、頭に直接響く言葉。耳から入り鼓膜を振動させて伝える音ではなく、頭に直接入り込んで脳内で言葉に変換されたような感覚。

 あたりを見回しても、私と銀狼以外誰もいない。

『現実逃避するのは止めよ。不愉快だ。気づいているのだろう?』

 閉じられた鋭い目を開いた銀狼が身体を持ち上げ、私の目の前まで悠々と歩いてくる。

 目の前まできた銀狼に私は身動きが取れなかった。

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