1.5
リシールは夢を見ていた。
そう認識できたのは彼女の精神が成熟していたからであろう。それに彼女は前世で通り魔に殺されるまでは夢小説だったりライトノベルだったりと読み漁っていたので、順応力は人一倍高かった。
そのため彼女は今見ているものが夢であり、なんの手も入れられていないゲームそのものだということが理解できていたのだ。
「なんなのよ!私が、いったい何をしたというんですのっ!?」
長い銀髪と青い目をした10代後半ぐらいの少女が裾の長いドレスで必死に暗い夜道を走っていた。
顔は泥に塗れていて、化粧は剥がれ落ちている。
乙女ゲーム『君と僕の狂想曲』のエンディング、リシール=アズベシャン=シャルルットが逃げている姿だ。後方には王宮の近衛兵らしき姿が多数見られる。
「くっ、アズベル!あの者達を葬りなさい!」
自分の使役獣に命じるが、彼は動かなかった。呼び出された魔獣はただ静かにリシールを見つめた。
「アズベル!聞こえなかったの!?あの者達を殺しなさい!」
再度命じるが彼は首を横に振った。
『主よ、もう、終いだ』
「何を言っているんですの?私は、リシール=アズベシャン=シャルルット。次代のシャルルット伯にして国の最高峰の魔法士ですのよ!?」
ヒステリックに叫ぶリシールにアズベルは悲しそうに一度目を伏せる。再び目を開けたとき、そこには何も見受けられなかった。
『主の魔力はすでにない。我だけはなく他の魔獣までもを飼ったのだ。お前の身の内にある力はすべて、喰らいつくされた』
たんたんと事実を告げるアズベルにリシールは右手を振りかぶる。しかしそれはアズベルが放った風の精霊魔法によってはじかれる。
「魔獣風情が……!」
風で体を拘束されたリシールは恨みのこもった目でアズベルを睨み付ける。
『それでも、そなたが我の主であったのは事実。安心されよ、痛みはない』
アズベルの目が冷たい銀に色を変える。そして拘束されていたリシールの足元から順に凍り始める。
「やめなさい!私を殺したらあなただって消える定めよ!」
『承知の上だ。主の間違いを正せなかった我も同罪なのだから』
リシールの言葉はそれが最後だった。
物言わぬ氷像になったリシールをアズベルは見据え、それを自らの尾で砕く。
次いで毛先から徐々に光の粒となって消えていく己の身体を見てアズベルは空へと駆け上った。
光の粒が舞い散る六花と変じ、季節外れの雪となって王都に降り注ぐ。
その雪は地面に落ちる前に消失し、あとには何も残っていなかった――。