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10代という年齢で生涯を終えた私は、何の因果か生きていた。
否、それには少々語弊がある。正確には転生していて、前世の記憶を思い出したといった感じだ。
私がそれを理解したのはベッドの上。私の頭にその前世の記憶とこの体の5年分の記憶があるから、そうなのだと思う。
体の記憶では名前はリシール=アズベシャン=シャルルット。辺境伯であるシャルルット伯爵家の一人娘で次期女伯爵となる5歳児。
しかし戦がなくなって100余年。お飾りの無能な伯爵と呼ばれ始めて久しいのに、改めない父親と散財の限りを尽くす母親の間に生まれた私は、幼いころよりシャルルット家前当主であるお爺様のところへ預けられているみたい。というのも、リシールは毎日日記を欠かさずに書いていたみたいで、ここでの生活がどのようなものか、どんなふうに過ごしていたのかが書かれていた。
ベッドの上で日記を読んでいると部屋のドアが開いて由緒正しい感じのメイド服を着た女性が入ってきた。前世の私と同じくらいの年齢だ。
ベッドで起き上がってその女性を見た私と彼女は当然のように目が合う。彼女は一瞬呆けたような顔をして、それから驚いたように目を見開き、息を呑んで目に涙を浮かべた。
「……ぁ」
かすれた声を出した私に慌てたように水差しで喉を潤してくれた彼女は、自分の頬を赤くなるくらい強くつねったあと、走るようにして部屋を出て行った。
しばらくして遠くからガシャンと何かが倒れる音とバリーンと何かが割れる音がして、それからまるで地響きのような足音が近づいてきた。
「リシール!」
まず飛び込んできたのは記憶をたどるに私のお爺様。還暦を迎えて久しいはずなのに未だに王城に召喚されるこの国の重鎮の一人である。日記には〈おじいさまは前のサイショウっていう人〉と書いてあったので、おそらくサイショウというのは宰相なのだろう。5歳児に何を教えているんだと思った私は多分、普通だ。
お爺様は、綺麗に撫でつけられていたはずの銀髪を少し乱し、息も乱していることからよほど急いで駆け付けてきてくれたのだとわかる。
「リシール様っ!」
続いて入ってきた10歳くらいの天使のような見た目の少年。使用人だろうか。執事服のような服を着ている。将来有望そう、というよりすでに有望な少年になぜか既視感を覚えた。
「リシール、大丈夫か?私が誰かわかるか?」
「リシール様、僕、ヨルです。リシール様の従者のヨルです!」
我先にと話しかけてきてやれ体は平気かほしいものはないかと聞いてくる二人に私はなんて答えればいいのかとあたふたする。
言葉をはさむ隙がないほどの怒涛の質問攻めに終わりを告げたのは白衣を着た老齢の医者の声だった。
白い髪と長いひげをした小柄な医者はその見た目からは想像つかないほどの大音声で二人を叱りつけて黙らせると、部屋の外へ閉め出した。
伯爵家当主を叱りつける偉人におろおろする私に一転変わって柔和な顔を見せた老医は、私にやさしく話しかけてきた。
「リシール様。この現状はわかっていますか?」
私は黙って首を振る。なんだか言葉を発してはいけないような雰囲気だ。
「リシール様はまだ禁止されている魔法を使おうとして、暴発されたのですよ」
それを聞いてリシールの記憶を探る。確かに、中庭で何かをしようとした記憶がある。
その何かをは魔法だったのか。
ひとり納得している私に老医はにこやかに、私にとっては地獄の選択肢を突きつけてきた。
「リシール様。痛い注射と苦い粉薬、どちらがよろしいですか?」
私は黙って老医から顔を背けた。どちらも大嫌いだからだ。だというのに老医は私の顔を両手で掴んで自分の方へと向ける。
私、病人なんですけど!?
そう言えたら良かったのだが、老医の笑顔が怖い。キラキラした笑顔なのに背後が禍々しいっていったいどんな現象だ。
青ざめた私の反応に満足したのか、老医は「冗談ですよ」と笑ってしばらくは大人しくしているようにと厳命して部屋を出て行った。
後に残ったメイドに二人のことを聞けば、老医に私の部屋に近づくのはしばらく禁止されたらしい。なんでも老医はこの屋敷のお抱え医師らしく、病人に対しての判断はたとえ当主といえども破れないらしい。
「お爺様も、ヨルも、心配性」
私がそうつぶやけば、メイド――オルマは微笑んだ。
「お二人だけでなく、屋敷中の者達がお嬢様のことを心配していらっしゃいますよ」
もちろん、私も。と言葉を続けたオルマは私の額に手を当てて何かをつぶやいた。
「さ、お嬢様。もう少しお休みください。まだまだ体調は万全ではないのですから」
その言葉を聞き終えた瞬間、急激な眠気がきた。
さっきまで全然眠くなかったのに―――…。
そう思いながら、リシールの意識は落ちていった。