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とりあえず、平穏をください。  作者: 上条伊織
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 リシールとヨルが出会ったのは、リシールが三歳、ヨルが八歳のときである。

 ヨルが下町で拾われたのは、人より薄い色の髪と目をしていたからである。本当の理由はわからないが、間違いないだろう。

 そのころすでにリシールは産まれていて、将来有望であるのも後を継ぐのも確実に彼女であった。それなのに何故、ヨルを拾ったのか。それは未だにわからない。下手すればリシールの地位を脅かす存在にもなりえるのだ。

 だから、リシール付きの執事見習いになると聞いたときは驚いた。

 跡継ぎになる幼い娘の専属だ。人を人と思わないような扱いをする伯爵夫妻だが、肉親としての情はあった。娘の専属は、メイド長をトップに熟練の者達である。

 そこに、拾われてきて日の浅い、それも下町育ちの子どもが加わるのだ。

 それには他の使用人達の反感を買った。

 もともと悪い噂の多い伯爵家に仕える者達だ。根っからの悪人というわけではないが、善人では決してない。

 地味な嫌がらせはだんだんとエスカレートしていき、ついには寒空の下水浸しで締め出された。

 当然のように風邪をひいてしまったヨルは、リシールにうつしてはいけないと隔離された。魔力の暴走を恐れて誰も看病をしない。一人で簡素なベッドで震えていた。

 そうやって熱に魘されていたときにひんやりとしたものが額に乗ったのだ。うすぼんやりとした意識の中でうっすら目を開ければ、銀色の髪をした小さな子どもがこちらを覗き込んでいた。

「はやく、げんきになってね」

 それだけ言い置いて、その子どもはヨルの部屋を出ていく。

 リシールとヨルがちゃんと接触したのはこれが初めてで、どうしてリシールがヨルの部屋にいたのかも、濡れタオルを額に置いてくれたのかもわからない。それでも、ヨルはそれがたまらなく嬉しかった。

(リシール様は僕が必ず守る……!)

 リシールが前伯爵であるカザルスの元へ預けられると聞いたとき、付き添いに真っ先に名乗りを上げたのもそのためだ。カザルスはリシールの祖父で、自分にも身内にも厳しい人であると聞き知っていた。

 リシールがまだ幼子であろうとカザルスならきっと厳しく躾けるだろう。カザルスは妥協をしない。そうやって厳しく育てられたリシールは将来、必ず素晴らしい令嬢になることは必至だ。

 けれど、それでは甘え方を知らない、弱さを見せることのできない令嬢になってしまう。

 それなら、僕が彼女を甘やかす。真綿に包むように、大事にしてあげたい。

 そう、決めた。誓った。それなのに――――……っ!

「リシール様、――……!」

 リシールがいなくなってから四時間と三十分。リシールはまだ五歳児だし、先日魔力暴走を起こしたばかりだ。そんな不安定な状態で一人で放置なんかされたら今度こそ魔力の枯渇で死んでしまう。

 足を縺れさせながらもヨルは必死に走る。挨拶もせずに門を飛び出していくヨルに門番達は引き留めようとしたが、声をかける前に彼の姿は見えなくなった。



 魔力を足裏に放出しながらまさしく風のように駆けるヨル。かえらずの森が小さく見え始めたところで足を止めた。

 刹那、目の前に何かが墜落した。このまま進んでいたら間違いなく潰されていた。砂埃が立ち上り相手の姿は見えないが、そのシルエットは大きい。

 人ではなく、獣のような形をしている。

 警戒しながら相手の出方を(うかが)う。

 こんなに大きな獣は滅多に見ない。それこそ、森の主や(いにしえ)より伝え聞く魔獣くらいしかここまで大きくならないだろう。何よりその場にいるだけで全身が総毛立つ強大な魔力。まず間違いなく、自分では敵わない存在――。

 下手に動けば文字通り瞬殺されるだろう。しかし、この先にはリシールがいる。自衛のできない幼子など、野生動物からすれば格好の餌だ。

 ヨルは自身の魔力を細心の注意を払って体内に収める。限りなく気配をなくし、気取られないように動く。音をたてないように身を引き、十分距離をとってから一気に駆け抜けようとして――――。

 潰された。

「ぐあっ!」

 地面に縫い付けられるように抑えつけられ、たまらず声をあげる。そのまま押しつぶされるのかと身構えたが、動きを抑えられただけでそれ以上に圧されることはなかった。しかし、完璧に動きを封じられてしまった。

『なんだ、小童か。魔力を抑えて音をたてずに来るからまた密猟者かと思った』

 頭に響く、不思議な声。そして感じられる強大な魔力。大きなシルエットの獣はただの魔獣でもなんでもなかった。人語を操る。それはまさしく、聖魔獣の証。

 なぜこんな人里に聖魔獣なんて危険度共にレア度SSS(トリプルエス)ランクが現れるんだ?こんなのに手を出したらまず生きて帰れない。

 このままじゃリシールに何一つ返せないまま死ぬ。それだけは絶対に嫌だ。とにかく、この状況をなんとか回避しなければ――――……。

「アズベル。見知らぬ人を潰しちゃダメ。とにかくその前足どけて。ネコ科みたいに爪を出し入れ出来ないんだから注意してよ」

『なんだ、リシール。構ってもらえないから嫉妬か?』

「二度ときけない口にしてもいいよ?」

『すまん』

 次いで聞こえた会話にヨルの思考は停止した。

 そんな、まさか。いや、でも……。

 ぐるぐると言葉が出てくるだけでまとまらない。混乱している。

 けれど、聞き間違えるなんてありえない。この声は、この魔力は――。

「リシール、さま?」

 見上げたそこには、白銀の髪を揺らす少女の姿があった――――。

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