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とりあえず、平穏をください。  作者: 上条伊織
12/17

 シャルルット前伯爵邸では激震がはしっていた。

 つい先日まで臥せっていた当主の孫娘であるリシールが失踪してしまったのだ。

 すぐに屋敷中をくまなく探索したが見つからない。しかし屋敷の門には警備兵が常駐していて、彼らが幼子を見逃すとは思えない。

 何より、リシールの専属侍女であったオルマが先ほどから青い顔をしているのも気にかかる。リシールがいなくなったことに青ざめているというより、何かに怯えているような表情だ。

「……オルマ」

「はっ、はい!」

 びくりと肩を震わせて返事をするオルマ。その動作がどうしても胡散臭く見えて、ヨルは知らず目を細めた。

「オルマ、何を隠してる?」

「隠す?いったい何をですか?」

「僕とオルマはお互いにリシール様の専属の従者と侍女として仕えてきた。お前は常に冷静沈着でどこか冷たい。そんなに青ざめていかにも心配しているような顔をするお前は、怪しい」

「そ、そんなっ。私は、リシール様を案じて……っ」

 オルマが片足を引いたのを見てヨルはオルマを組み伏せた。そして素早く魔力封じの手枷を取り出すとオルマの両手を背後に回してはめる。

「答えろ。リシール様をどこへ連れ去った」

 地面へ引き倒され魔力を封じられたオルマは状況を確認して嗤い始めた。

「くっ、ふふ。あなたは相変わらず、甘いですね」

「なんだと」

 オルマが嗤いながら言葉を発した。

「ダメじゃあないですか。そこまで私の性格を察したのなら、保険をかけているのではないかぐらいまで考えなさいよ。私がリシール様を連れ去ったのなら、未だに私がここにいる理由は?リシール様はいったい、どこにいるんでしょうね?」

 オルマの言葉に感情を乱さないようにしながらヨルは考える。

 オルマがリシールに何かをしたのは間違いない。では、その目的はなんだ。リシール本人は幼子であるし屋敷から出たことは未だにない。リシール本人が狙いではないなら、その本来の矛先は――。

「狙いは旦那様か!?」

「おや、気が付くとは、頭も多少は回るのですね。私への依頼は旦那様の失脚、というより失意」

 オルマは嗤ってヨルを見上げる。

「リシール様がいなくなれば、悲しいでしょう?」

 こちらを見上げるオルマは侍女の顔をしていない。彼女はどこかが壊れた悪魔のような顔をしていた。

「リシール様は『かえらずの森』にいますよ。もっとも、無事かどうかは知りませんが」

「くそっ!」

 ヨルはオルマを放り出すと、屋敷の外へと急いだ。

 ヨルがいなくなったのをみとめて、オルマは起き上がる。関節を外して手かせを外すと、当主のもとへと急いだ。

 オルマがリシールを攫いかえらずの森へ置き去りにしたのは事実だが、それは悪意からによる行為ではない。

 オルマはリシールを殺害するために送り込まれた刺客であったが、リシールに絆され当主に勧誘され――。今は二重間者を行っていた。

 リシールを殺すために潜伏していると臭わせながら相手の情報をシャルルット家へと流していたのだ。

 しかし、相手もいい加減焦れてきた。

 そして先日、接触を試みてきた。そいつは捕えられて拷問にかけられているが、それをばれないためにもリシールを一度屋敷の外へ連れ出す必要があった。

 安全面も考えてドレスも首飾りも防壁を作る魔法を込めていた。それなのに――。

(首飾りが壊されているなんて……!)

 魔力反応を辿ればリシールを置いてきた場所よりさらに奥地にドレスと首飾りの反応がある。そしてつい先ほど、反応が途切れた。

 異界へ気配が入ったときもかろうじてだがつながっていた糸がプツリと切れた感覚がしたのだ。

「旦那様!」

 探していた姿を見つけ、オルマは声をかける。彼女にしては珍しく駆け足だが、そんなことにかまけている暇はない。今は一瞬たりとも気が抜けないのだ。

「旦那様、リシール様の首飾りが壊されました。反応も……途絶えました」

 努めて感情を殺して言うが、声は震えた。彼女の身の安全がわからない。事態を引き起こしたのは自分自身であるから、そのことに自責の念もある。

「敵の目を欺かせるためだけに、リシール様を危険な目に遭わせています。旦那様、私に処罰をお与えください」

 深々と頭を下げる。死ぬのは怖いが、汚れた自分に無垢な笑顔を向けてくれた彼女を失うことの方が怖い。ヨルなら戸惑いなく殺すだろうが、彼はまだ幼い。彼の目が翳るのは、まだ後でいい。

「…………お前に罰を与えるのは、私ではなくリシールだ」

「旦那様!」

 焦れたように声を上げる。そんな希望的観測は聞きたくない。望みの薄い、願望のような命令も聞きたくなかった。

「リシールは無事だ。私の孫は、そう簡単には死なん」

 断定的に言い切る前伯爵の顔は孫を心配する爺の顔ではなく、宰相としての顔だった。

 引退してもうずいぶん経つのに、未だに城に呼ばれる重鎮。彼の才は、息子ではなく孫に受け継がれていた。

「あの子は、聡い上に肝が据わっておる。そう簡単には絶対に死なん」

 彼はリシールを案じていないわけではない。ただ、心配はしていない。彼女は無事だ。長年培ってきた感覚で、そうわかる。

「だから、お前はリシールに受ける罰を覚悟しておけ。あの子は、ああ見えて私の後継候補だ」

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