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Beloved daughter

作者: 本栖川かおる

この作品は、他サイト企画「リレー小説」に参加した作品です。オムニバス企画なので、物語は完結します。「未来ノート」をテーマにしたリレー企画です。

【第一幕】 - Encounter -


 何気なく寄った骨董屋で、一冊のノートを見つけ手に取った。パラパラと頁を捲るが何も書かれていない。そう。この時は忘れていた――かつて母と交わした言葉を。


「それが気になりますかな?」

 店主が後ろで手を組み、奥から近寄ってきた。優しそうなご老人だ。

「あ、はい。なぜノートが骨董屋さんにあるのかと思って」

 店の中には、大きな彫刻や箱に仕舞われた掛け軸などが所狭しと並べられている。そんな雑多な中にあったノートが異彩を放っていた。特に変わったところなど無いごく普通の大学ノート。なぜ、こんな場所に。

 ――それに……。

「表紙に書かれた言葉が気になるのかな?」

 そう。表紙に書かれた言葉がとても気になった。


『未来ノート』


 黒のマジックで、決して上手いとは言えない字で書かれていた。

「ええ。中には何も書いていないようですし。何なんだろうなって……」

 店主は丸いレンズの眼鏡からこぼれる優しい(まなこ)で、私に説明をし始める。微笑みながらゆっくりと――ゆっくりと。


 店主の話では、将来こうなりたいとかこうであって欲しいとノートに書けば、その願いが叶うらしい。とても信じられる話ではなかった。

「このノートお使いになったのですか?」

 話が本当であれば、持っている人は必ず使いたくなるはず。こんな寂れた――と言っては失礼かもしれないけれど、小奇麗な骨董屋にすることだって夢ではないはず。それが、薄暗く少しカビ臭い店舗のままなのだから、ノートの話だって疑わしい。

「わしゃもうこの歳じゃ。あとはのんびりと過ごせればそれでええ。だからそのノートは使っておらんよ」

「そうなんですか……」

 やはり、何の変哲もない大学ノートに未来を作る力などあるはずはない。予想通りの答えが返って来て、そう思いはしたものの、何故か落胆した自分がいる。私は何を期待していたのだろうか。

「それを持っていきなされ」

 手に持っていたノートを元の場所へ置こうとしたとき、思いもしなかった言葉が私の耳に届いた。

「いいんですか?」

「本物かどうかワシには分からんが、ここで埋もれているよりはお嬢さんに使ってもらった方がノートも幸せじゃろうて」

 これが『未来ノート』との出会いだった。




【第二幕】 - Wish -


 私は買い物してきた食材を、そぞろに冷蔵庫へ入れる。そして、ダイニングテーブルに腰を掛けてノートを置く。本物なのだろうか。そればかりが気になる。

 見た目は普通の大学ノート。誰かが自分の夢を書くために作った、だたのノートかもしれない。でももし本物であれば、私は何を未来に望むのだろうか。将来の夢なんて沢山あったのに、自分の未来を決めなさいと目の前に突きつけられると、どうしていいのか分からない。私は立て肘で頭をもたれ目を瞑る。


「ただいまー」

 玄関口で大きな声とともにドタドタとした足音が響く。娘が学校から帰って来たのだ。私は顔を上げ、駆け込んで来た娘の顔を見る。少し生意気になってきたけれど、明日、五月三十日で七歳になる小学二年生の愛娘。

「おかえり」

「ママ、おやつ何?」

 学校から帰ってくると、ランドセルを部屋に放り投げた娘が必ず言う言葉。おやつを強請(ねだ)らないようになるのはもう少し先かな。

「冷蔵庫にゼリーが入ってるでしょ? それを食べていいわ」

 娘は冷蔵庫からゼリーを取り出し、私の前に座り食べ始めた。一心不乱にゼリーを食べる娘を見て微笑ましく思う。

「今日もハルナちゃんと遊ぶの?」

「うん」

「車には気をつけるのよ?」

「うん。わかってる」

 本当にわかっているのだろうか。そんな会話をしたのも束の間、娘はあっと言う間にゼリーを平らげ遊びにいってしまった。


 夕方、家の電話がけたたましく鳴った。夕食の準備を始めようと台所に立ったときだ。電話を受け、私は力なくその場に崩れ落ちる。娘が遊んでいる場所へ車が突っ込んで事故にあったと、警察からの知らせだった。

 私は着の身着の儘で病院に行ったが、時すでに遅く、娘は変わり果てた姿となっていた。私は子供のように大きな声を出し泣き喚く。ずっと――ずっと。


 どれくらい時間が経ったのだろうか。私は看護婦になだめられながら廊下の長椅子に腰を下ろした。泣き叫びはしないものの、止まることをしらない涙が、項垂れて目を覆っている手のひらから流れている。

『未来ノート……』

 考えることを許さなかった空白の脳が、そのフレーズを叩き出した。

 そうだ。あのノートに書けば娘は死なないかもしれない。そう思うと、居ても立ってもいられず急いで家に戻った。

 息を切らせながら玄関を開け、ダイニングテーブルの上を見る。木目のテーブルに自分が置いたときのままのノートがあった。私はペンを握り締め、書いた。書き続けた。何度も、何度も。


「一生、元気な娘と一緒にいられますように」と。




【第三幕】 - Repeat -


「ママ、おはよう」

 いつの間にかテーブルにうつ伏して寝てしまった私の腕を揺する娘がいた。

「サトコ!」

 私は娘を力いっぱい抱きしめそう叫んだ。ノートだ。未来ノートに書いたことで願いが叶ったんだ。本物だったんだ。ありがとう、ありがとう。何度も何度も感謝した。

「どうしたの? ママ」

 娘は、なぜ抱きしめられているのか分からなかったのだろう。不思議そうに私に尋ねた。

「ううん。なんでもないよ。ごめんね」

 抱きついていた娘から離れて肩を抱き答えた。

「そうだ、サトコ。今日誕生日でしょ。パパも一緒にお外でご飯食べようか。好きなもの食べていいわよ」

 迎える事ができなかった誕生日を、盛大にやろうと思った。七歳になった娘を祝ってあげたかった。しかし、娘は変なことを言い始める。

「ママ。私の誕生日明日だよ? 五月三十日だよ? 忘れちゃったの?」

 そんなはずはない。昨日……五月二十九日の夕方を覚えている。あの鳴ってはいけない電話は夕方に鳴った。私は慌てて日捲りカレンダーを見る。


『五月二十八日』


 朝起きて、眠い目を擦りながら日を捲るのが日課のカレンダー。それが二十八日を示していると言う事は今日は二十九日。そんな……。

 ――ノート! 私は昨日何度も書きなぐったノートを見ようとテーブルの上を見た。

 ――ない。ノートどころかテーブルには何も載っていなかった。

 ――夢? あれは夢だったの? そう考えるしかなかった。


 私は娘を学校に送り出した後、何もすることが出来なかった。する気力がなかった。夢にしては、あまりにも現実味がありすぎたからだと思う。娘を失ったときの胸の痛みがまだ残っている。でもノートはない。娘もちゃんと学校へ行った。あれは本当に夢だったのだろうか。


「ただいまー」

 玄関口で大きな声とともにドタドタとした足音が響く。娘が学校から帰って来たのだ。ソファーに座り込んでいる間に、かなりの時間が過ぎていたことに気が付いた。

「おかえり」と言ってみたものの、未だにこれが現実なのか夢なのかも理解出来ていない。相変わらずランドセルを部屋に投げ込むと、いつもの言葉を言う娘。私は、おやつの場所を娘に教えた。

「いってきまーす」

「待って! サトコ!」

 ゼリーを食べ終わった娘を急いで引き止める。

「ハルナちゃんのところにいくのよね?」

「うん」

「車が絶対通らない広い場所で遊びなさい。なんだったら、ウチに連れて来てもいいから」

 昨日のことが夢だったのか、本当だったのか。今が夢なのか、現実なのか。そんなことを考える余地はなかったけれど、そう言わずにはいられなかった。娘は、分かったと言って玄関の扉を閉めた。


 そして夕方、鳴ってはいけない電話が鳴った。警察からだ。公園に仕掛けられていた爆弾が爆発し、娘が巻き添えをくったと。私はその場で意識を失い倒れてしまった。


「ママ、おはよう」

 そう言って私の腕を揺する娘に起こされる。電話を受けた後の記憶がない。いつのまにかテーブルにうつ伏して寝ていた自分に気が付いた。私は慌てて日捲りカレンダーを見た。


『五月二十八日』


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 私は力の限り叫んだ! そして震えた。自分を抱きしめて震えた。怖かった。何もかもが――。




【第四幕】 - Beloved daughter -


 私は五月二十九日を何度、ううん、何十度過ごしただろう。娘を外出させなかったり、娘と一緒に出かけ最大の注意を払っても、原因は違えど必ず娘は変わり果てた姿となった。

 私の精神は崩壊していた。ノートは手元にはない。ノートを求めて骨董屋に出向いたこともあるけれど、いつも店は閉まっていて呼んでも誰も出なかった。

 もう打つ手はなかった。私は一生、五月二十九日を過ごし、短い時間を娘と一緒に過ごす。

 そう。間違ってはいない。あの日ノートに書いた言葉の通り、娘の元気な姿を一生見て過ごす事が出来る。夕方までは――。



「ママ。ママってば。ママ! おやつどこー!」

 腕を捕まれ、激しく揺すられて私は目を覚ました。変わらずダイニングテーブルで寝てしまっていたのだった。また五月二十九日がやって来たのだ。私にはもう悲しむ感情などなかった。今日もまた娘は変わり果てた姿となり、また明日がダイニングテーブルにやってくる。その繰り返し。

「あ、ごめんねサトコ。お母さん寝ちゃってたみたい」

 そう娘に言ったことに違和感を感じた。


『朝じゃない!』


 私は、何度も見て嫌になった日捲りカレンダーを見る。


『五月二十九日』


 五月二十八日が切り取られていて、二十九日を示していた。それだけではない。テーブルの上には『未来ノート』と書かれたものがあった。骨董屋からもらってきたノート。未来を決められるノート。必死でどんなことを書こうか悩んでいたノート。

 ふと、何かが私の頬を流れた。現実なんだ。戻って来たんだ、あの悪夢から開放されたんだ。

「ママ、どうしたの? 大丈夫?」

 心配そうに下から覗き込む娘に、涙を拭き笑って見せた。

「ごめんねサトコ。大丈夫だよ。おやつ食べようか」

 私は立ち上がり、冷蔵庫からゼリーを出して娘に渡した。


『未来ノート』と書かれた表紙を見て思い出した。

 昔、お母さんがノートの話をしていた。なんでも叶ってしまうノートを手に入れて使ったことがあると言っていた。それを聞いた私は信じなくて、お母さんの作り話を笑ったんだった。今は、あの話は本当だったのではと思える。

 ここにあるノートが本物かどうかは分からない。だけど、これが本物でも偽物でも、私には必要のないものであることは確かだった。


『未来が分かっている人生って、案外つまらないものよ。未来が分からないからこそ、人間って一生懸命になれるんじゃないかな』


 お母さんが言っていた言葉が胸を突いた。

 その通りだよねっ! 明里ママ!




【最終幕】 - The last action -


 私は未来ノートを持って、譲ってくれた骨董屋に顔を出した。

「おや。お嬢さん。例のノートは使ってみたかね?」

 そんな会話から始まって、自分が見た夢の話を店主にする。

「そうかい。それは辛い思いをしたね……」

 店主は少し涙ぐんでいるように見えた。私はノートを店主へと返し、私には必要のないものだったと伝えた。

「お嬢さんは良い選択をしなさったように思います。愛してくれたお母様や、愛している娘さんがその選択をさせてくれたのかもしれませんね」


 店主はそう言ってにこりと笑ってくれた。

オチは定番中の定番ですので、そこをつっこまないようにw

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