掌編小説/妄想探偵事務所、アスリート脱ぐ ノート20160614
掌編小説/妄想探偵事務所、アスリート脱ぐ ノート20160614
※物語に登場する人物・奄美剣聖および娘・紗理奈はあくまで架空の存在です。
妄想探偵事務所、アスリート脱ぐ
私・奄美剣星は娘・紗理奈と並んでリビングのソファに腰を下ろしてアイス・スケートのテレビ番組を視聴していた。羽生結弦の華麗な演技に続いて浅田真央が円熟の演技をした。そういえばソチ・オリンピックあたりの選手に村主章枝という選手がいたのを思いだした。
背はそう高くはなく超美形というほどでもない、しかし痩せていて四肢が長く物腰に優雅さがあった。憂いだ顔が堪らない。
羽生がでてきたとき娘が歓声をあげた。
その横で端末モニターを持つ私は村主選手をwiki検索した。――引退、オフィシャルサイト、え、週刊誌の袋とじになったグラビアでヌード。――信じられない。私のなかの清楚なイメージの村主が……。どうしてそんなことになったのだろう。動機は? そこから芸能界に入ってゆくというのか? それを契機に結婚して家庭人になるのか。あるいはあるいはあるいはあるいはあるいは……まさかまさかまさかまさか……いや、私の村主に限ってそんなことはないはずだ、しかし、その後の消息が判らない。彼女はあっちの世界にデビューしてしまうのか。端末液晶を持つ手が震えてきた。
――もしかしたら検索していると村主のヌード写真がヒットするかもしれない。い、いけない。私の中の聖域に住むアイドルを、自分で汚してしまってよいのか。私は猛烈に動揺した。
羽生が四回転ジャンプした。
娘が歓声をあげた。
丸眼鏡をかけた奄美の娘・紗理奈は、私に似て超美形である。実の父親がいうのだから間違いあるまい。……その娘がちらりと液晶をのぞきこんだ。演目が終わると震えの泊まらない私に話しかけてきた。
「村主章枝……パパ、どうして検索しているの?」
「いっ、いや、ちょっとね」
「少し前のアスリートでしょ? ちょっと探偵しちゃおうっかなあ」
「いえ、探偵しないで下さい」
そんなことをいっていると、浅田真央の演目になった。娘がテレビ画面を視ている。――今がチャンスだ! 私はENTERキーを押した。すると検索画面となる。そこに村主章枝の四文字を打ち込む。
「ねえ、パパ。なにを検索するのかなあ? パパがそんなことをする動機は? いったい何のために?」娘がこっちをみた。
ドキッ。
「紗理奈君――だから探偵しないで下さい」
娘がテレビ画面に目をやった。もう一度ENTER。
しかしヌードはヒットしなかった。
それもそうだ。元アスリートのヌードだからブランド価値がある。ブラックサイトでもない限り閲覧できないのだろう。私は救われた思いで端末をシャットダウンしたのだった。葛藤の五分間。
了




