掌編小説/鬼撃ちの兼好 『Honesty』 ノート20140514
. Honesty
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レディーが呼び止めたとき、即興で風雅に対応できるジェントルマンというのは、そういるもんじゃない。鎌倉時代、宮中で、やんちゃな女官たちは、元服したての若い貴紳が昇殿してくるたびに、風流を理解できるか、男度をチェックしたのだそうな。
宮廷に仕える方々は、朝早くに会議したり事務処理をしたりする。ゆえに朝廷という。まだ暗いうち、御所に昇殿してきた五位以上の高官・殿上人を、女官たちグループが玄関先で出迎えた。
そこで質問。
「ホトトギスをお聞きになりまして?」
若い公卿は答えた。
「いまはホトトギスの季節じゃないでしょ。だから、どうしたというのです?」
おほほほ。
「野暮やわ、この子」
女官たちは五名、扇子をだしてクスクス笑っている。
ヒソヒソ。
「なんだか小馬鹿にしているようだけど。……え、野暮でした? 宮中じゃ使い物にならないかも。僕、もう駄目。……イジイジ」
名家の前途を託され、意気揚々と、おろしたての官服を身につけ、昇殿した青年は、玄関先で、まず女官たちのイジメを受け、しょげてしまうのであった。調子に乗った女官どもは、同じことを、若い貴紳の次に現れた中年の大納言にきいた。
「儂? ホトトギス? 儂に風流を解せよというのが無理な話、光源氏みたいな御仁にききなされ。わははは、わははは……」
「野暮なオヤジ……」
ヒソヒソ。
そして中年の色香漂うイケメンの内大臣がやってきた。また同じ質問をする。
「岩倉できいたような……」
「う~ん。峻厳な岩山と、左京区岩倉町を掛けている。イケテル。……ス・テ・キ。うふ? ぶっきらぼうな大納言のオヤジとは雲泥の差よねえ。
ヒソヒソ。
男たるもの、レディーに笑われない程度の教養を身につけるのがエチケットというもの。……まあ、一般論だが。そのあたり、先の関白殿下なんかは、教養深い大叔母様にみっちり仕込まれたので、モテモテになった、との話だ。
左大臣なんかは、
「コールガールとHしちゃうときも、レディーファーストの精神を忘れるな」
と、おっしゃたそうだ。
この世に女がいなかったら、男は、身だしなみとかしなくなり、ダメ男になっちゃうだろう、っていうのが一般論なのだが……。
こんなふうにジェントルマンを磨きあげるレディーとはどんなにすばらしいかって? ……ぶっちゃけ、そんなの嘘っぱちに決まってるじゃん。ぜんぶ嘘。夏の女はまやかし。本性は「腐女子」そのもの。わがままで、空気は読めない、物欲の塊り。口ばっかで、ここぞってときになると、パニックになる。そして、大事な話をしているときに、自慢話や関係ない話をとうとうと始める。きっと、脳みそが耳や鼻から噴射して空っぽになったに違いない。
ブスどもは、本性を隠して、うまくとりつくろうことでは、男より頭が回る。が、ハタからみればバレバレ。……ほんと、レディーを装ったメスザルどもは、イジケた虫けらだ。そういうイモの前でカッコつけても損損!
もし、この世に、レディーってのが、ほんとにいるなら、ぞっとするような石仏女だね。
と、いうわけで、ミリキ的な女というのは悪女だ。色ボケ野郎が鼻血ブーしているときにみている妄想なんだ。……若者よ、シャキッとせえよ。うりゃあ!
(『徒然草』第百六・百七段)より.
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鳥居をくぐって、五十段の階段を登ったところにある常盤神社の境内。拝殿の手前にあるのが切妻になった社務所だ。若い宮司一人の男所帯なのだが、なぜだか猫耳をつけたゴスロリ衣装の少女が、畳の間に、ちょこん、と座っている。
ご先祖と同じ名をもつ烏帽子・狩衣姿の青年が、正座する猫耳娘に膝枕していた。青年は、彼女のことを夜叉姫と呼んでいた。その子が小首をかしげる。
「にゃん?」
「ごろにゃん!」
ふやけた顔だ。
――し・あ・わ・せ?
彼の名は吉田兼好。常盤神社宮司。独身。
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……しかしアレだよ、青年。平成生まれの君と鎌倉時代のご先祖様って対照的。あのエッセイの著者様って、やけに上から目線で、女性蔑視しているよね。問題じゃない? なんか女性関係でトラウマとかもっているだろ? ……たとえばママが浮気して育児放棄して逃げたとか、初恋の相手が親戚のオネエサンでフラれちゃったとかさあ。ヒソヒソ。




