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もう一度妻をおとすレシピ 第4冊  作者: 奄美剣星
Ⅴ 催物・紀行
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紀行/熊さんにであった! ノート 20160412

紀行/熊さんにであった! ノート 20160412


 西会津には一生一度の願いをかなえるという神社がある。山祇おおやまづみ神社だ。そこの祭神は『古事記』に登場する大山祇ノ尊を祀っている。――姉を乱暴して天界を追放された粗野な英雄スサオノ尊が下界に下った際、みめうるわしい姫君が、八岐大蛇なるモンスターから生贄になるように要求された。それがクシナダ姫。

 スサオノは怪物を返り討ちにして、美女を救い出した。娘の危機にいかんとも抗することができず夫人と一緒に泣いていたのがパパの大山祇ノ尊だった。英雄は婚約した姫に魔法をかけて櫛に変えて自らの髪にさして神通力をパワーアップ。さらに老夫婦に、九つの酒壺を用意させる。毎度生贄を捧げる祭壇に、酒を置くと、九つの頭をもったヒドラめは、しめしめ酒を飲み酔いつぶれた。そこでトントン首を落としてゆきハッピーエンドを迎えたわけだ。

 大山祇ノ尊は棚から牡丹餅式に現れた娘婿のおかげで、娘を助けてもらえた。とてもラッキーなことだ。その幸運にあやかろうとしたのか、もともとは西日本の神様なのだが、西会津地方でも崇められている。もっとも、縄文時代の昔から、霊峰と呼ばれるちょっとした山々にはそれぞれローカルな神様がいて、後に箔をつけるため、地元の人が全国区で知られているような神様に置き換えたものだ。

 3月19日土曜日朝7時。仕事の都合で新潟市に長期滞在していた私は、彼岸の連休に彼の地を通過することになった。周囲の田野に雪はない。坂道を自家用車で登り、門前町を控えた拝殿前の駐車場に停める。

 ふつうは夫婦一対の形をとる道祖神がここでは童子の形をとっている。そこで二礼二拍一拝。一度坂道をくだって、人界と霊界との結界を示すような川にかかる橋を渡る。するとそこは雪景色。おまけに、「クマが出ますので鈴をつけてください」と書いてあった。――引き返せばいいものを、四キロ先、徒歩のみ許可された参道を登ってゆく。鈴など無論ない。ゆえに、鈴を転がすかのようなわが美声で歌いながらのハイキング。曲目はやっぱりアレに限る。アメリカ民謡『森のくまさん』だ。

 そこから押しなべて坂道だ。砂防ダムプレートがあり、そのあたりは〝鬼が沢〟という地名だということを知った。

 積雪五十センチの参道にズブズブと脚をとられる。吹雪の日であれば雪女にであえることだろう。噂通りの美女なら食われてみるのも悪くない。――などと馬鹿なことをツィートしていると、兎の足跡と糞、それを追いかけるかのように狐の足跡をみつけた。さらに坂道をのぼってゆくと参道は、谷底の川に至る数百メートルはあるだろう絶壁途中の犬走りのようになっていて、山林の木立が途切れた。

 途中には新旧さまざまな形をした道祖神が置かれている。途中の滝には不動尊の祠やら鳥居もあった。

 するとだ。

 直径三十センチばかりの飛び石のような突起が並んでいたのに気づく。足をとられないのでこれは便利、便利。私は、その上をピョンピョンと跳ねて歩く。横をみると同サイズの凹みが併走していた。

 そんなこんなしてやがて二百段だかあるという石段の麓にたどり着いた。雪を被っていてどこが階段だか判らぬところがしばし続き、さらに登ってゆく。上りきると、今度は参道自体が雪に覆われてしまいどこをどう歩いているのかさっぱり判らない。昔の映画『八甲田山』にでてくる陸軍部隊雪中行軍のごとく、私は雪の山中を迷った。

 三十分ほど迷った私は、足跡をたどって元きた石段の頂に戻り、辺りを観察した。山林の大半を占める広葉樹は落葉して裸木だが、いや待て、杉が並木となって山頂方向に続いているではないか、ということに気づいた。とはいえ、陽が高くなってきて温かくなってきたため、あちこち溶けて凹んだ参道に吹き溜まりとなった積雪の底では、解けた水が流れている様子だ。例の突起列は、参道を少し避けた斜面のテラスに続いているので、私もそれをたどって歩いた。

 ほどなく冬季閉鎖しているコテージ風の旅館がみえてきた。参道の終点は谷地となって泉を御手洗としたところがある。ふきだまりになった雪をかきわけ、雪を被った石段を昇った向かい尾根が本殿境内だ。石の鳥居をくぐって、狛犬やら灯篭が多数奉納された境内では積雪一メートル。本殿に参拝して柱をみると、「おじいちゃんが長生きしますように、新潟市××小学校、鈴木×子」というように器物破損の犯人が犯行声明を刻んでいた。おいおい。

 私自身はといえば願い事も特にないので、さしあたり、正月過ぎに亡くなった母方の伯父の冥福を祈って手を合わせる。それから山を下った。下り坂は楽なのでついつい走れる箇所ではあったが走った。上から目線で参道を眺めやると、斜面山肌に雪がなくなっている。

 おお、なるほど、崖の犬走りにある雪の吹き溜まりは、雪崩でできたのものなのかあ。あ、いかん、私は雪崩シーズンの参道を歩いている。さらにだ、飛び石みたいなものは、熊の足で踏み固められた雪が氷板状となったもので、昨夜の温かい雨で周囲が溶け、底だけ残ったもの。凹んでいるのは今朝方通ったからだ。――気づくのが遅い!  

 本殿から一キロほどたえたところで長靴に入った雪をとるため、それを脱ぐと、左フクラハギの肉離れをやった。駐車場まであとあと三キロある。熊がでてきたら、手にしている自動傘を開いて相手を驚かして退散させよう。そんなことを考えつつ、落ちていた枝木を杖にして、山下りを再開。そして正午ごろになってようやく拝殿前にある駐車場にたどり着いた。

 それにしても、ここの神社を詣でると一生一度の願いをかなえてくれるという話を思い出したのは、二日後、新潟の職場に戻る際、会津若松にある母の実家に線香をあげるため立ち寄った際のことだ。――まあ、熊やら雪崩に遭遇しなかったのは、伯父の返礼ということにしておこう。

     了

  ノート2016.04.12


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