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もう一度妻をおとすレシピ 第4冊  作者: 奄美剣星
Ⅰ 随筆
7/100

随筆/でもね ♪ ノート20140326

 ボリュームとスイッチを兼ねた丸いボタンを押す。すると長山洋子の演歌『捨てられて』が始まった。

 ――でもね あの人 悪くないのよ♪

 春の終わり。仕事場からの帰り道だった。

 所用車コロナ・ライトバンは白で、エアコンは装備されていない。カーラジオはAMだけが受信できた。そこで流れてきたのがあの演歌だ。はっきりいっておこう。私は演歌は嫌いだ。しかし、走行中の唯一の気晴らしはそれしかなかったのだ。

 県境近くにある遺跡から宿までは、所用車に乗って、神流川を30分くらい遡ったところだった。県道バイパスの工事が始まるので、縄文時代から平安時代までの遺跡が破壊されることになる。記録をとる必要が生じる。写真や図面だ。

 一人で現場をまかされたばかりのころだ。群馬県藤岡市で仕事をしていた。このとき、関連会社から主張してきた測量士の柚木さんが、同じ宿に泊まることになった。少し年長で、愛想のいい彼とは前の現場で一緒のチームで仕事をしていた。昔、野球部だったかに所属していたとのことで、いずれにせよ体格身長は180センチを超える。

 当時の藤岡の町は、人口が少ないためか、他店との競合をさけて、居酒屋やバーが軒を連ねていなかった。そういうわけで、われわれは、けっこう歩いて梯子をすることになったのだ。一店目は食堂だったか。

 それから二店めで居酒屋に入った。

「奄美君、おすすめの店ってここかい?」

「はいここです。けっこう飲み食いができるわりに、安いんで……」

 午後8時くらいだったか、店に入ると正面にカウンターがあり、奥に、御座敷があった。

 カウンター横のカラオケ用モニターとマイクとがあり、先客が、機嫌よく歌っていた。40過ぎといったかんじのグループだ。感じとしてはPTAの面子といった感じだ。10人くらいの集まりで、着物女性、スーツ姿の男女がいた。

 着物ではないところの、白いスーツを着た若女将が、お通しとメニューを持ってきた。細面で切れ長の目をした、江戸顔の美人だった。30半ばというところか。

 若女将が、「なんになさいます?」といって、帳簿にボールペンをむけた。

 柚木さんが答えた。

「まずは、ビールで乾杯だな。それから焼き鳥だ」

 私がいった。

「北陸では、お世話になりました。さんざん奢っていたたんで、本日だけは、私に奢らせてください」

「ああ、そうかい。そういうことなら、ありがたく戴くよ」

 そんな感じで、北陸に残って続きの仕事をやっているスタッフの噂をしたりして、盛り上がった。

「ときに奄美君。さっきから、なにをみているんだ?」

「あれです」

 私はカラオケモニターのあるところで、唄っている着物夫人と、次を待つスーツの男女を指さした。素人の唄う曲をききながら食べる食事はおぞましいものだが、ここでは案外楽しめた。

 われわれは、歌をきくというよりは、離れたところから、動物園の珍獣を観察する感じで、かれらを肴にした。

 順番待ちの二人は、歳相応に美男美女だった。下駄をはかせて、金城武と小雪ふうとしておこう。金城センセイは、小雪姫の髪を触ったり、背中に手を回したりしていた。最初は御夫婦、あるいは酔った勢いで合意のもと、と思いきや、笑みを浮かべていた、小雪姫が、その手を振り払い、ブチ切れて、店からでていった。

 さて、マイクを握って離さない和服女性だ。着物は白。髪を頭上で束ねていた。色白だった。スポットが汗をキラキラさせている。ハイビスカスのような唇の紅が鮮やかだ。恐らく、体重は80キロ。ぶよ~ん。(克明な描写はあえてさしひかえておこう)

 後背での出来事には、一切構わず、ステージに立つ長山洋子になりきって、可愛く、妖艶に小首をかしげて歌い続けていた。

  ――でもね あの人 悪くないのよ♪

(いや、十分に反則ですって……)

 私と柚木さんは、他の客たちの喧騒に紛れて、笑った。腹を抱えて笑い転げた。

 それにしても、私は、酎ハイを何杯飲んだんだろう。珍しく悪酔いして潰れた。柚木さんと若女将に起こされたのは閉店時間際だった。

     END

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