随筆/いつまでたっても狼なのよ♪ ノート20140323
三年くらい、家内を親元に預け、単身赴任していた時期があった。
たまに帰宅すると、町場にあるファミレスにでかけて、朝食をとったものだった。地中海の海辺に合いそうな黄色と白の壁で、天蓋が大きな窓にかかっていた。
アーチになった二重扉をくぐって、右にむかえば喫煙席、左にむかえば禁煙席になる。私たちは、カウンター前を抜けて、左奥の席に着いた。
プラネタリウムのある女子高跡地に建てられた大きな公民館が、桜並木の道路を挟んだむこう側にみえる。窓際に寄ったお決まりの禁煙席に座るのだが、その日は、四人組の老紳士たちに占拠されていたので、手洗いに近い壁際の席に座った。
紳士たちは、むかしのプレイボーイだろうか、パナマ帽を被ったり、スーツの下にウエスタンみたいなチョッキをつけていりした。
隣に座っていたのは、ロートレックの絵にでてくるような、ご婦人がた二人だ。黒のマダムと赤のマダム。五十代後半というところだろうか。喋り方からそんな感じがするのだが、ドレスアップしており、艶やかで、いかにも「マダム」という感じがした。バーの店主、いやいや、ファミレス界隈は街でもちょっとした資産家が住んでいて、そこらの有閑夫人かもしれない。
色香という灯に惑わされた、雄という性の蛾どもの目線がむけられた。このうちの一人が、飛び出してきて、親しげにマダムたちに話しだした。
旅行先での出来事で高さ三メートルは超えるだろう山車が見事だったとか、地元の競馬場でなんとかという騎手が乗った馬がいい走りっぷりだったとか、そんな話で盛り上がっていた。十分くらいして、その紳士が、「じゃあ、また!」と片手を上げ会計しにいった。
マダム二人は、エスプレッソのカップを手にとり、また、クラッシックコンサートなんかの話をしだした。
そこへだ。さっきの四人組のうち、また違う紳士が、玄関にでてゆく前に、テーブル席のひとつを引いて、座ってきた。
「いやあ、奥さんたち、お若くてきれいですね」
「?」マダムたち、今回はつれない態度だ。紳士に、会話を遮られたのが不快らしい。
「あれっ、さっきのヤツとお知り合いなんでしょ?」
「いえ、まったく存じませんわ。勝手に話しておられただけで……」
「えっ……」
この老紳士は四人組のなかでは、もっとも細身で、小柄だった。もっともおどけていて、お調子者のようにもみえた。彼は、「あちゃあ……」と小さくつぶやくと、逃げるように、仲間たちのいるカウンターに小走りしていった。
マダムたちは見送ることもなく、コンサートの話題を続けた。
私と家内は、隣席での不思議なやりとりをみながら、食後に運ばれてきたシークワサー・ジュースのグラスに、ストローを突っ込んだ。
昔日の歌手・ピンクレディーの作品にあったなあ。
「男は狼なのよ、気をつけなさい~♪」
とか。……二人のマダムを前に狼さんの牙はボロボロだったけど。
END
ノート2014.03.23