読書/伊藤潤『横浜1963』 ノート20160806
伊藤潤 『横浜1963』 文芸春秋 2016
1頁600~800字相当×300頁⇒400字詰原稿用紙450~600枚相当。現代ミステリで社会派・警察モノであるためかトリックは重視せず、1963年当時の治外法権的な米軍基地・港湾都市の世界観・登場人物の掘り下げを重視し、容疑者は二人に絞っている。第1章で容疑者エイキンズ中佐が登場し第2章でキャンベル中佐が浮上する。犯人は米国軍人キャンベル。物語で人生大転換となるのは被害者赤沢美香子、殺人犯キャンベルの2人。ヒロインと準主役である。ハードボイルドタッチな探偵役刑事はソニー沢田、相棒役は日系人憲兵ショーンだ。ショーンは第1章12節で初出し次章から本格始動する。
登場人物
〈浜中食品関係者〉
●赤沢美香子27……被害者。浜中食品の才媛。ヒロイン。ソニーは悲惨な母親の人生とヒロインとを重ねる。父・慎吉、身元確認と遺骨引取のため神奈川県警にくる。
●三島千秋20前半……赤沢に憧れる後輩。ソニーに好意。犯人にマークされる女子社員。英語が得意でクリスチャン。
●その他……川島社長、小池管理部長。
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〈神奈川県警関係者〉
●重藤敏子20前半……ソニーの同僚。1章9節で聞き込みを手伝う。
●ソニー沢田24……(三人称一視点述者ファクター)探偵役。「横浜港女性変死事件」専任捜査員。県警本部外事部刑事。父親米人・母親日本人娼婦で容貌は白人そのもの。過去境遇ゆえの視点で日米を見、弱者の痛みを知る。未婚である母親が、「ハーフとして堂々と生きろ」として命名した(第1章12節)。
●神奈川県警関係者……刑事部長警視正・川本正勝。刑事部捜査課第一課課長・福西徳三、三浦一也23。外事課長大西、重藤敏子、大村、森田。鑑識課長警視庄吉、菅野。
〈在日米軍横浜基地関係者〉
●ショーン坂口……米軍憲兵隊NIS隊員。兵曹長。相棒役。外見はソニーとは正反対で見た目は日本人そのものである小柄な日系人、よきアメリカ人になろうと心掛ける。人種差別から戦前に日系人顔役だった祖父の暗殺、戦時中に家族の収容所生活、自らの従軍を体験した。キャンベル中佐に取り立てられる。ソニーとの共通点は正義漢で意志が強いところ。ソニーの痒いところ掻いてくれる分身ともいえる。妻アネット。
●ガース・エドワース……佐世保の憲兵・兵曹長。ネイビー・ナイフの所見、ヒントをショーンにいう。
●アンソニー・キャンベル中佐……犯人(準主役)。英雄だがロドニー中佐をかばって負傷した後、戦場に立てなくなり民間人女性対象の殺人鬼と化す。白人で白豪主義者。表面上は陽気だ。
●ロドニー・エイキンス中佐……容疑者。キャンベルの同僚で彼に助けてもらった恩義があり犯罪をもみ消した。温厚な人物。白人。
●ロブ軍曹……ソニーが少年時代に出会った黒人下士官。除隊本国帰国後に警察官となる。ソニーが刑事となる裏動機。
〈その他〉
●笹部熊吉52……事件の第一目撃者。片腕を失くした傷痍軍人。旧帝国海軍駆逐艦竹軍水兵。
プロット
(序章)プロローグ
(第1章)ARIA.1 立ち入り禁止
(第2章)ARIA.2 よそ者たち
(第3章)ARIA.X 汚れた血
内訳
(序章)プロローグ 5-8頁
事件の発生。横浜港にて、傷痍軍人・笹部熊吉が釣りをしている際、高級車に乗った犯人の米軍中佐と日本人女性(赤沢美香子)を目撃した(直後、女性が殺される)。
(第1章)ARIA.1 立ち入り禁止
01 探偵役刑事登場 11-22頁
探偵役・主人公警察官ソニー・沢田登場。中国マフィア・ウォンとの麻薬取引をしにゆき逮捕する。
02 (会議)遺体安置室 22―35頁
関係者一同が介する会議。死体は若い日本人女性、強姦され首を絞められ米国ネービーナイフで腹を刺され海に投棄される。金髪を引きちぎっていた。犯人は白人!
03 聞き込み 36-48頁
主人公の過去と世界観の紹介。敗戦と復興の20年。日本の裏を象徴する、しかし古武士のように育った青年像。
04 過去事件紹介 48-58頁
世界観。放火犯米兵の立件エピソド。当時の治外法権ぶり。
05 被害者の紹介。58-78頁
被害者紹介。ソニーが赤沢美香子の会社を訪ねる。会社、アパート、将来の抱負。ソニーの過去。世界観、景観変化。
06 被害者の紹介 78-88頁
被害者の親が安置所を訪ねてくる。身元確認。
07 被害者の紹介 88-98頁
三島千秋登場。ソニーに赤沢の紹介。英語学習に意欲的でクリスチャンになったばかりだと知らされる。
08 リミットの設定 98-103頁
7月19日金曜日。米軍がからんだ事件と判り上層部が及び腰となる。06情報を提示するソニー。その熱意で捜査中止は7月いっぱいまでという条件で継続が上役から許可される。
09 仮説 103-112頁
20日土曜日。ソニー、重藤敏子とカップルを装って米軍レストランでの聞き込み。被害者と接点をもった容疑者キャンベルの存在を知る。
10 裏動機 112-126頁
米軍レストラン聞き込み中のソニー、黒人下士官ロブとの出会いを回想。除隊帰国するロブが警察官になるという言葉に刑事となることを決めるソニー。
11 リミット切れ(挫折) 126-134頁
英語スキルアップを目的に赤沢美香子が通いだしたプロテスタント系の古い教会がらみで犯人キャンベルの上司・エイキンス中佐との接触に成功するソニー。しかしリミットはそこで切れた。
12 再起・リミットの取り消し(第2章との連結節)134-142頁
米軍憲兵隊NISに直談判。担当者がたまたまよきアメリカ人になろうと精進する日系人の熱血漢ショーンだったためよき協力者になってくれた。
(第2章)ARIA.2 よそ者たち
01 ショーン坂口の祖父の暗殺 145-153頁
回想。少年時代。白人社会の町で日系人社会の顔役だったためマフィアに暗殺された。
02 基地内の教会で 153-157頁
ショーン坂口、エイキンズ中佐と接点を持つ。日本語が堪能で学んでいることを知る(容疑者)。
03 真犯人を確信するショーン 157-167頁
佐世保の繁華街で二等水兵がネイビー・ナイフを振り回す事件があり、身柄を引き取るように命じられる。船便でそこを訪ねたショーンは、佐世保の憲兵ガースから、9か月前、柿ノ浦漁港での日本人女性教師・田辺清美25歳殺害事件のファイルをみせてもらう。横浜の手口とそっくりだ。第一発見者・笹部熊吉に接触するショーン坂口。車に被害者を乗せていた犯人は(熱心に日本語を学んでいる様子はなかった)と証言。写真をみせて真犯人を確信する。熊吉は外国人で背格好の似たエイキンスの顔に指を衝きたてた(実はキャンベル)。
04 真犯人キャンベルの紹介 167-176頁
朝鮮戦争での負傷兵で片脚をひきずるところをダンスの場で子供が真似てもそれをさらに真似て一緒に踊る陽気な一面をもつ。上司キャンベルと繁華街に飲みにゆくショーン。キャンベルにエイキンズが容疑者ではないかと相談すると庇いだしたので違和感を覚える。
05 ソニー沢田の来訪 176-190頁
9月17日。横須賀米軍基地に沢田がショーンを訪ねる。同月13日横浜フランス山で(米基地の)子供達に日本語を教える女子大生が一連の事件と同様の手口で殺害されたため協力を求めてきた。協力するかどうか葛藤する。尊敬するケネディー大統領の言葉が自分の良心と重なる。ソニー沢田の職務に対する熱意を感じ取るショーン。信頼関係を構築。
06 190-201頁
関東大震災で崩壊した旧フランス領事館公邸跡で、女子大生が強姦され遺体が破棄された場所をソニーとショーンが検分。犯人が吐き捨てたと推定されるガムを発見(唾液から血液型が特定できる)。白豪意識・進駐軍意識たけなわな兵士たちがショーンとソニーを待ち伏せしてリンチにする。親友エイキンズ中佐を庇うキャンベル中佐の差し金と察する。
07 201-207頁
シナモン・ガムの科学分析。米軍配給品と判明。
ショーンの家族の過去。祖父の暗殺。白人社会で有色人種の生きる方法。
リンチから一か月後、10月23日。証言者発見をソニー沢田から電話報告できく。
08 証言者の少年 207-218頁
被害者女子大生・横浜国大4回生・市川早苗・福島県白河出身。米国への憧れが強く英語を学んでいた。第一の殺人被害者との共通点がある。ソニー沢田&ショーン坂口組はエイキンズ中佐。横浜繁華街踊り場のあるような店で、不良少年から、エイキンズ中佐と女子大生の姿をみたという証言を得る(※車はエイキンズだが運転していたのはキャンベル。外国人識別ができない日本人たち)。
09 デスリミットの設定 218-234頁
10月27日。横須賀基地内の教会でエイキンズと言葉を交わすショーン。ソニーと組んで捜査をするショーンに釘を刺すキャンベル。一見して被差別的な上司を振る舞う陽気なキャンベルが白豪主義者の凶暴性をだしてくる。エイキンズがベトナム戦線にゆく輸送船に乗ること、お目付け役で自分が下についてゆくことをソニー沢田に伝える。
10 234-238頁
戦場に赴こうとするエイキンズとショーン。それぞれが横浜との別れに感慨をかみしめる。ミスリーダーとしてのエイキンズを偽善者として盛り上げる(※実はそのままイイ奴)。
(第3章)ARIA.X 汚れた血
01 ソニーの世界観 241-248頁
ある程度米兵犯人を追いつめたとして手柄をたてたソニー刑事と褒められた一方で組織の和を崩したと責める上司の警部。つづいて神奈川県警屋上にて。重藤敏子と森田が結婚すると告げる。男女の意外な結びつきに驚く。世界観(ベトナム戦争から撤収するにできないアメリカのジレンマ)が主人公の人生観・今回の捜査の意気込みにリンクする。
02 閃き 輸送艦にて 248-254頁
一連の事件の容疑者であるエイキンズ中佐とショーン兵曹長を乗せたベトナムへむかう輸送艦。引っ越しの最中での忘れ物から、捜査に見落としがなかったかを自問するショーン。熊吉と不良少年証言者2人がみたエイキンズ中佐を真犯人とみてよいのか? ボブデュランの音楽フォークとカントリー&ウェスタンの違い。
03 閃き 売春窟にて 254-260頁
オリンピックを前に売春窟の一掃を命じられるソニー沢田。日本人を装った中国娼婦とのやりとりでボブデュランの音楽フォークとカントリー&ウェスタンが切り口に。ショーンと同じ結論に達する。
04 トリック(※日本人証言者2人の勘違い)の解明 輸送艦上 260-268頁
拳銃携帯したソニー沢田は、エイキンズ中佐がベトナムにゆくときに売り払った相手が犯人だと推理した。証言者の不良少年・和夫に張りこみを手伝わせる(和夫はソニーに憧れて刑事になろうとしていた)。エイキンズが売却したアメ車テンペストが、女子大生殺人現場フランス領事館跡地付近にあるラブホテルにむかっていることを推測したソニー、覆面パトカーのカローラで追う。
05 トリック(※日本人証言者2人の勘違い)の解明 輸送艦上 268-274頁
車中にあったボブデュランのカセットカートリッジ、エイキンズ中佐が犯罪全容を告白し始める。私ではなく私たちの犯罪というエイキンズ。
06 横浜にて 274-279頁
エイキンズ中佐は、犯行に使われた車をキャンベル中佐に譲った。ここで真犯人が確定する。
07 トリックの解明 輸送艦にて 279-282頁
キャンベル中佐、ラブホテルから女性を連れ出し、フランス公使邸跡地の犯行現場へ。
08 トリックの解明 輸送艦にて 282-286頁
戦場では人種を差別しない、しかし平時には白豪主義まるだしになる米国白人軍人の気風だしのキャンベル中佐がエイキンズの命の恩人。ゆえにすべてを知っている、信仰に厚いエイキンズ中佐がキャンベルを庇い。自分の車まで差し出していた。すべてをショーンに告白したエイキンズ中佐が自死を計る。
09 デスリミット始動・全容解明 横浜ラブホテル 289-292頁
女性を殺そうと図るキャンベル中佐。ついに凶器のネイビーナイフを鞘から抜いたニューナンブ拳銃を構える主人公。
10 デスリミット始動・全容解明 輸送艦上 292-296頁
ショーンの説得を無視して甲板から海に投身しようとするエイキンズ中佐。
11 横浜(現行犯)・デスリミット回収 全容解明 296-300頁
乱暴され殺されかけていた女性は三島千秋(横浜港事件被害者の食品会社後輩・才媛)。助けたソニーとは相互に好意があり食事に誘おうと考える。そこに女子大生殺害事件発見者である老人と犬が現れ、警察への通報を依頼する。
12 輸送艦上・デスリミット回収 全容解明 300-303頁
ショーン、容疑者エイキンズ中佐の腰にしがみつき投身自殺を阻止する。
13 後日談 303-307頁
第1回衛星放送でケネディー大統領暗殺を報じる。オリンピックによる国民のトラウマの解消。横浜港事件被害者美香子のために一矢報いたことで娼婦であった母親の無念さ・自己のトラウマの解決。人生最大懸案の解決。
了
読後感想:
第2章部分から第2探偵役・相棒ショーン登場、第3章部分で第1・第2探偵役が交互にでてくるカットバック手法がうるさくもあったが、プロゆえにそれも覚悟の上で効果を計ったプロットだったのだろう。しかしまあ確かに魔界横浜を舞台にしたハードボイルドとして捉えることもできクールだった。




