随筆/ダニの砂時計 ノート20140816
ダニの砂時計
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八月十三日、盆休みの初日。田舎でその準備をしており、自家用車に乗って、家内とあちこちの店に買い物にでかけた。
その帰り、新盆の仲人宅を訪ねるため、喪服にあわせたストッキングを買いたいと家内がいうのでセブンイレブンに寄ったところ、僅かな段差で左足骨折してしまった。
十三といえば金曜日。キリスト教的には縁起が悪い。しかし仏教でいえば十三塚というのがあって、とても縁起のいい神聖な数値だ。そこからとってか、かつて絞首刑台に続く階段は十三階段であった。だからしかしけっきょく、縁起が良すぎると縁起が悪いことと等しくなってしまうのだろうか。
かくいう私は十三代目である。……映画『超高速参勤交代』の舞台になった磐城国にあった小藩・湯長屋藩領があった福島県いわき市に先祖代々住んでいる。
今年の春、お誘いがあって、新潟県の遺跡調査にでかけていた。
持って行った小説の中にラブクラフトの『クトゥルー神話』がある。戦前のアメリカSFなのだが、そっちのカテゴリよりも、ホラーやファンタジー的な性格が強い。はっきりいって小説としてはダメで、ちっとも面白くない。読んでるとあくびが絶えない。
ただ、アイディアは素晴らしく、設定をちゃっかり頂いた後世の作品には、映画『エイリアン』や『ミスト』なんかがある。……私が所持しているのも、楽しみというよりは、ネタ本としての役割からだ。
全集所収の「眠れる山の声」という短編には、ミ=ゴ(Mi-go)またはユゴスと呼ばれる異星生物が登場する。それはまさしく『エイリアン』そのものだ。
恒星系間飛行を翼をつかって飛ぶ。蟹みたいな頭で触手があり、アメリカ東部の山岳地帯で密かに鉱山採掘をしているのだ。邪神を崇拝しているのだが特に地球征服を目論んでいるというわけではない。しかし秘密を知った人間は、捕えて脳だけ器用に切りとって生かしたまま、母星に連れ去るのだという、悪趣味な種族だ。
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現場の主任調査員は若手の夏川氏だ。
遺跡調査に誘った営業部長はむかしいた会社の上司で、彼の考えによると、
「君の経歴だと主任調査員にできるけど、若手の夏川君の実績が足りなくってさ、育てるって意味で主任にしたんだ。もう一人、サポート役の調査員をつけておくよ。柴田君だ」
柴田氏も以前いた会社の先輩で、仙台で主任調査員をやっていた。
契約社員として一年つきあうことになったここの会社では、一切の責任をとらなくてよいという部長の言葉を受けて、春から始めている。
遺跡現場にあるプレハブ事務所は、冷房が効いていて、長年テントで仕事をしていた私にとっては快適だった。事務室はプレハブ二階にある。ゼネコンタイプの作業スタイルを管理することは、経験がなく、サポート役の調査員のほうがむしろありがたい。
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空っ梅雨な六月で異常な炎天の朝だった。
出勤すると夏川氏は、現場を見下ろす窓から外をみていた。
朝方だ、テーブルの上に、小さくうごめく複数の虫の存在に気づいた。
「ダニ?」
「そうみたいです。知らずに腕を窓枠に乗せたら、奴らめが僕の腕を噛んだんです。もちろん、ライターであぶって報復してやりました」
やがて柴田氏が出勤してきた。
「本当にダニかい?」
私は天井をみやった。天井からポタポタ落ちてくる。まるで砂時計。……わが机の上と窓枠の二か所だ。
「半端じゃない数でまるで絨毯ですよ」
柴田氏はルーペでみやった。
「なるほど、ダニだ……」
拡大すると、邪悪なる種族ミ=ゴみたいな姿が写った。
ダニがなぜいたのか。……職場内部で二つの仮説が挙げられた。
第一は、柴田氏の説で、天井板の間に巣食っていて、この炎天で落ちてきた奴に違いないというもの。
第二は、作業員の小父さんの説で、天井裏に鳥の死骸があって、そこに発生したダニが落ちてきているというもの。
それから十日間、内勤の人たちがバルサンを何回か焚いたのが効果的だったのか、だんだん、少なくなってきた。
柴田氏がいうには、
「炎天下で屋根がやけて、天井板に潜んでいたダニが、耐えきれなくなって逃げた結果、下に落ちてきたに違いない」
と仮説を立てた。
ダニを介して、ツツガムシ病、日本紅斑熱、ライム病ほかの病原菌が発症して重病になるケースは多々ある。しかし幸いそこでは、十か所ばかり刺されて痒くなっただけで、軟膏を塗ったら治った。
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やがて、八月になって、私はお盆休みで帰省した。
懸案があった。
野良猫がわずかな隙間から、ふだん人がいない離れに入り込んで、巣にしていたのだ。二匹の若い黒猫で、蒲団に足形や、木葉、血液なんかが付着していた。マーキングしたかもしれない。わずかに尿の匂いがした。
先月、私は大工道具を持ちだして、みつけた通り道の孔を塞いだのだが、中にあって彼らがクッションにしていた積んである布団を処分する暇がなかった。
そいつを、お盆期間である昨日・可燃ゴミの日で、処分したのだ。
しかし、明け方、寝覚めが痒い。手・足・腹……みればあちこち虫刺されの痕があるではないか。
家内が、ぴょんぴょん跳ねているノミをみつけた。
「こっれて、奄美くんのズボンに付着していたのよ」
十三世紀、モンゴル帝国の支配下にあった中国・雲南で、ネズミが大発生。それに寄生していたノミにはペスト菌がついていた。そのため、東欧まで支配領域を広げていた同帝国は瓦解。隣接する欧州全土も人口が半減した。
邪悪だ!
END
ノート 2014.08.16