読書/クレイマン 『恋愛小説』 ノート20160819
カトリーヌ・クレイマン『恋愛小説』永田千奈・訳 角川春樹事務所1999年
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著者カトリーヌ・クレイマンは1938年、フランスで生まれた。高等師範学校で哲学を専攻した後、ソルボンヌ大学で教鞭をとり、執筆活動に入った。ドイツの哲学者マルティンを軸に、昔の教え子で愛人だったユダヤ女性ハンナ、夫をナチ党員に引きずり込んで戦後に学者生命を台無しにした妻のエルフリーデの三者を、それぞれ、三人称第一視点で描いている。物語は、1975年夏に哲学者となったマルチンの弟子で愛人のハンナがドイツに帰国したことに始まる。また、その年を空間軸として、三人が時間を共有した、第二次大戦前まで時間軸を戻して語られる。さて、登場人物であるが、哲学者マルティンの影はあまりにも薄く翻弄される人間そのものを象徴しているかのようで、元愛人ハンナと妻エルフリーデの火花が際立ち時勢の変化を象徴しているかのようである。女たちの戦いと和解がテーマなのかもしれない。400字詰原稿用紙換算450~600頁の長編だ。
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序章 発端
1975年8月15日 フライブルク(ドイツ)
ハンナがドイツに降り立つ。迎えるエルフリーデ。
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第1章 障壁の発生
01 ハンナとマルティン
衰弱したドイツ人哲学者と世話をする妻。愛人は、ショックを覚えつつ、妻について考える。
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02 エルフリーデ
妻は愛人について考える。
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03 ハンナ
妻は愛人に浮気を誘ったのはどちらかと尋ねる。
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04 ハンナ1933 ベルリン 亡命の日
愛人の過去
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05 エルフリーデ
妻の過去。1924年時点では存在を知らなかった。
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06 ハンナ
結婚2度、子供がいない。妻が愛人への攻め処。愛人は人種迫害を受けたところが妻への攻め処。
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07 マルティン 1899、メスキルヒ(ドイツシュワーデン地方)ミミズク
聖歌隊にいた少年時代にみたミミズクの夢。――ミミズクは哲学の象徴。
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08 エルフリーデ
妻は眠る夫を守る。童心に帰っている。愛人はその夫の過去さえ手に入れたいと望む。
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09 ハンナ 1916年1月 カーニヒスベルク(東プロイセン)初めての検査
愛人の少女時代。母マルタ、梅毒にかかっていた。ハンナは保菌している可能性がある。
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10 ハンナ
14歳のときに母から梅毒感染の秘密をききだす。
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11 ハンナ1961年、エルサレム(イスラエル)エマニュエル・カントの日
回想、愛人の裁判傍聴。イスラエルで行われているナチス戦犯アイヒマン裁判。カントを語る。生き残った戦犯たちに精神的にいたぶる法廷に疑問をもち、ニューヨーク誌に訴える。
ドイツ、愛人と妻との火花。
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12 エルフリーデ、1917年、フライブルク結婚の日
妻、大学礼拝堂。第一次世界大戦中、質素な結婚式。
妻、愛人との火花。愛人ではなく愛人という『概念』を愛しているのだ!
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13 ハンナ
1950年8月、イスラエル。ナチスがユダヤ人から奪った財産目録作成のためドイツ来訪。愛人は手紙を書いて哲学者に再会する。1966年、再び哲学者に会う。愛人は『概念』ではなく自分そのものを愛していたのだと主張する。
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14 マルティン 1929年 トーナルベルク(ドイツ、黒い森)終祷
哲学者は、愛人と山小屋での逢瀬のとき、ボイロンの修道院の終祷をみにゆこうと誘う。妻、眠る哲学者につきまとう愛人にバリケードをつくる。愛人は嫌味をこめて褒める。
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15 エルフリーデ、1925年、7月 トーナルベルク(ドイツ、黒い森)山小屋の日
哲学者は、黒い森で、妻や子供と分かれて、山小屋に籠りしばらく瞑想に籠ると宣言。愛人と一緒に終祷をみにゆこう。――哲学の共有。――がない。
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16 エルフリーデ
妻は、哲学者の最後を予感し、愛人を引きあわせた。愛人の存在は結婚から25年後に告白される。
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17 ハンナ
愛人は考える。少女時代の自分が哲学者の前に現れたので新境地を得た。自分がナチス(妻)に追われたことによって哲学者は堕落した。妻は居場所を死守しているのだと考える。
読書/クレイマン『恋愛小説』感想文2/3 ノート20160819
第2章 障壁との対峙
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01 1929年、ハイデルベルク 汽車の日
愛人。マールブルクから哲学者がやってくる。1週間ぶりのデートだ。しかし哲学者はこなかった。軽い男友達のところにゆく。
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02 1950年8月、フライブルク 涙に濡れる手
過去、哲学者は後宮の女の対立を仲裁するかのような態度を示したことがある。妻と愛人。
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03 マルティン 1901年 メスキルヒ(ドイツ、シュワーベン地方)フェイント
哲学者、少年時代サッカーの夢。泥にはまる。フェィントしろ!――自分を誤魔化せ?
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04 エルフリーデ
妻も、哲学者が、思想を共有する愛人の存在を失うと、ナチズムに傾倒したことを自覚している。
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05 ハンナ 1922年 ケーニスブルク(東プロイセン)乞食の日
母親の再婚相手。大恐慌。
妻、愛人とランチの準備をする。
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06 ハンナ
1925年、哲学者は愛人に距離をとるように勧める。結婚も可。二人の関係はプラトニックだ!
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07 ハンナ1929年10月、ベルリン 小人の鼻
哲学者が、愛人とその夫ギュンター・シュルテンを歓待。夫が哲学者を敬愛する様に衝撃。愛人は子供のとき母親から小人の鼻が大きくなって人相が変る話をされたことを思い出す。
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08 ハンナ
愛人の学生時代、哲学者は駅にデートに来なかった。しかし精神的には永久に自分が支えないとだめだと悟る。
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09 マルティン1924年、マールブルク 音楽
愛人と哲学者の逢瀬。悪夢。
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10 ハンナ
米国在住の愛人が哲学者からもらった1950年の手紙16通、51年6通、52年3通。愛人夫がドイツにゆくように勧める。――愛人は哲学者の弱さを心でなじる。
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11 ハンナ 1920年、夏 ケーニヒスベルク(東プロイセン)ストルプへの家出
愛人が少女時代の家出した回想。列車に乗って。迫害を受けたユダヤ医師メンデルスゾーンの娘・アンナに会いにゆく。終生の友になった。
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12 ハンナ
愛人、少女時代。家出から帰宅。母マルタがユダヤ人苛めと認めた。メンデルスゾーン家との家族ぐるみの交流が始まる。
愛人、被害者ユダヤ人である自分の優位を主張。ナチ党員だった妻を糾弾。
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13 エルフリーデ 1924年夏、トートナウベルク(ドイツ、黒い森)ギュンター。シュテルン
妻、哲学者に連れられて山小屋へ。学生たちと焚火を囲む。余興で学生たちが逆立ち大会となる。惚れ惚れとみとれていた男子学生がユダヤ人と知り、ドイツ民族の優位が崩れショックを受ける。
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14 エルフリーデ 1933月23日 フライブルク マルヴィナの花
哲学者が、恩師のユダヤ人夫妻の退職を妻に告げる。妻は夫の恩師の夫人を敬愛した。哲学者夫妻は花輪をつくってゲシュタポに息子を逮捕された恩師を慰める。
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15 エルフリーデ
妻、哲学者への評価。ユダヤ人を差別しなかった。
愛人、哲学者夫妻が、公式にヘイト批判をしなかったことへの批判。
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16 マルティン
1944年12月、フライブルク ピアノ
連合国軍の侵攻。哲学者夫妻は故郷を去るとき友人たちとの送別会。エディテットのピアノ。シューベルトのソナタ、変ロ長調。――ピアノソナタ第21番変ロ長調 D960は、1828年9月に作曲された。この曲は作曲者晩年のピアノソナタ3部作(ハ短調、イ長調、本作)の最後を締めくくり、また、作曲者の生涯最後のピアノソナタである。
愛人、イスラエルでゲシュタポ裁判の当事者を弁護することで批判を食らう。その愚痴を妻にこぼす。ぬるくにがい珈琲に象徴される。
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17 1961年、エルサレム(イスラエル)裁判の初日
アイヒマン論争。収容所担当者の裁判。彼は従順な役人だった。愛人は妻にあなたも同じだといった。知っていればと反論する妻。――思考停止は罪だ。
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18 ハンナ 1969年3月4日、パール市 哲学者への判れ
愛人、スイス亡命のドイツ人哲学者ヤスパースの弔辞を読む。戦後も言論の自由の関係で彼の地に残る。妻がユダヤ人。アイヒマン論争の最中、夫のハンリッヒとかの人が愛人を助ける。
愛人、国家について疑問をもちはじめる。――覚醒。
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19 マルティン 1933年5月27日、フライブルク演説
哲学者は、ナチスのために(ニーチェの言葉を引用し)神は死んだと叫ぶ。崩壊の幻覚。
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20 エルフリーデ
妻、夫とヒトラーに酔った時代の記憶。愛人、被害民族代表として、アイヒマン論争と重ね、妻を裁判するつもりになる。
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21 ハンナ 1961年8月、エルサレム(イスラエル) ゴルダ・メール
イスラエル外務大臣ゴルダ・メール♀ 話してみると、中身は、ナチのアイヒマンと同じ国家主義者だった。
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22 ハンナ1962年3月19日、ニューヨーク 選択の日
愛人、居処のニューヨークで交通事故にあった記憶。
妻、それを知る。
読書/クレイマン『恋愛小説』感想文3/3 ノート20160819
第3章 障壁の克服
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01 ハンナ 1970 11月4日 ニューヨーク カーディッシュの日
愛人は夫の葬儀をユダヤ人でないためユダヤ教でできなかった。
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02 ハンナ
愛人。ドイツ化したブルジョア層の両親。少女時代、学校で、キリストを殺したのはユダヤ人だといわれ学校を欠席。
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03 エルフリーデ
戦後、ナチス体制の人々の糾弾。フランス人将校が収容所のアルバムを哲学者にみせる。知らなかったけれど、知っていてどうすることができたのか?
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04 エルフリーデ
終戦直前、連合軍侵攻。哲学者は55歳にして徴兵される。混乱状態のため家に戻れる。それから弟のところ、引退した学者のところへ逃げる。妻は家を守る。戦後、夫妻は一切の弁明を避ける。精神状態の崩壊。友人・ユダヤ人学者の弾劾によって無一文・失職・貧困となる。妻が第一次大戦次の哲学者の好戦的一面を告げる。愛人は妻が焚き付けたのだろうと責める。妻は否定する。
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05 マルティン 1900年 メスキヒ(ドイツ、シュワーベン地方) 驚愕の道
哲学者、少年時代夢想。老婆の夢。病床の現実に戻る。敗戦。
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06 ハンナ
愛人。親友の恋人を初体験の相手にした。右傾化するイスラエルに反発。ナチ入党した哲学者を許すため妻を弾劾する自分を受け入れ始める。
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07 マルティン1944年10月 ブライザッハ(ドイツ国境)
哲学者エルザス対岸のライン川戦場に立つ。突撃隊、橋の死守。遊んでいた少年にビスケットをやると、爆風で死ぬ。
愛人、妻の誘導に従って両親が準備した初婚相手を愛していなかったから子供ができなかったと、告白。妻は分かれた哲学者へのあてつけだろうと嘲笑する。
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08 ハンナ 1929年1月、ベルリン レモンの朝
愛人、初婚の相手との初夜翌朝。1933年、初婚相手はゲシュタポに追われ亡命。
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09 エルフリーデ 1950 フライブルク 怒りの日
妻、哲学者から愛人の存在を知らされる。愛人が、数日以内に哲学者と再会、妻と出会う。回想。
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10 ハンナ 1940年、ギュルス(フランス) 収容所の泥
愛人、亡命先のパリで、フランスにより敵国人として、ギュルスの収容所へ送る。フランスがドイツに降伏、混乱状態のなか収容所を脱出しハインリヒと再婚。アメリカに亡命する。
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11 ハンナ 1940年7月、モートパン(フランス)
再婚相手と難民化して戦禍を逃れ移動する。
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12 ハンナ1939年4月、パリ ゴミ箱
ナチスに迫害された愛人の母親が、フランスに亡命していた娘を追ってきた。黄金ボタンと兄の形見の十字勲章。シオニズムに傾く愛人。
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13 ハンナ1919年1月15日 ケーニヒスベルク(東プロイセン) 赤き闘士ローザ・ルクセンブルクの死
愛人、母マルタの知人である共産主義者「スパルタクス派」ローザが殺害されたことを知る。
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14 ハンナ
愛人の母マルタ、父親の死後、革命運動参加で哀しみを紛らわしていた。共産主義者ローザの説明。
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15 マルティン1962年5月、デルフォイ(ギリシャ) 牝山羊
哲学者夫妻、ギリシャ旅行にゆく。もう一人の猛き自分に怯える哲学者。病床の夢想。
愛人、妻に駅までのタクシーを呼んでもらい哲学者に触れと別れる。
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16 ハンナ 1940年5月23日 冬季競輪場
ユダヤ人である愛人、亡命先フランス・パリで、敵国人であるという理由で収容所に送られる。そのあたりのことを駅まで送るタクシー運転手に話す。運転手は哲学者に昔ナンパされたのですねといって茶化す。図星をいわれて怒る愛人。
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17 ハンナ1924年 マールブルク 初めてのとき
愛人、憧れの哲学者と初めて出会った日のことを思い出す。フライブルクの駅から列車に乗る。
愛人ハンナ・アーレントは哲学者と再会した4か月後の1975年12月に心臓発作で死去。
哲学者マルティン・ハイデガーは1976年死去。
妻は1992年死去。
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作品の考察
登場人物三人が再会する1975年を軸に、エピソドは回想を主体とし、時系列が乱高下するため、小見出しに、時期を明記している。このノートで哲学者と表記したマルティン夫妻のことは知らなかったが、愛人と表記したハンナの存在は、ユダヤ人女流哲学者でイスラエルによるナチス裁判を批判していたのをNHKの特集番組で知っていた。もちろんここでの恋愛ストリーは虚構である。著者はフランスの女流哲学者だ。昔流行った、本作品は北欧の少女ソフィーをヒロインとしたファンタジー『ソフィーの世界』と同じく哲学小説だ。ファンタジー小説が恋愛小説に置き換えたものといえる。著者の執筆意図は哲学の一般普及であろう。




