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もう一度妻をおとすレシピ 第4冊  作者: 奄美剣星
Ⅲ 読書(訳詩含む)
32/100

読書(詩集)/お気に入りの『ハイネ詩集』2/3 ノート20160823

訳本・著作権切れにつき


P137

樹々は皆

.

樹々はみな鳴って

巣はみな歌う――

みどりの森の管弦楽の

指揮者は誰ぞ?

.

仰山らしくうなずきやめぬ、饒舌的で灰色の

あのなべきれいがそれなのか?

それとも絶えず調子をとってる

衒学的ペダンチックな、あのかっこうか?

.

勿体ぶって指揮者きどりの

あの鵠づるがほんとうにそれか?

みんなが楽器を鳴らしてるとき

ひょろなが脚をがたがた鳴らす。

いや、俺自身の心の中に

森の指揮者は鎮座まします。

いつでもそれがタクトを取ってる、

その名はたぶん「恋の神さま」

.

P138

ああ、わが心あこがる

.

ああ、わが心あこがる

哀しく天き恋のなみだに。

われはおそる、このあこがれの

遂にただあこがれに終わらざるを。

.

ああ、恋の楽しき悩み

その苦き楽しさの、またしても

神々しく強き苦しさもて入り来る、

癒えかけしこの胸に。

.

P139

碧き春のまなざし

.

碧き春のまなざしあまた

草の中よりのぞく。

そはあら屍鬼すみれ、

われは摘みて、花束としぬ。

,

菫摘み、われもの思う。

わが胸に

嘆く思いをすべて

声高に告ぐるうぐいす。

うぐいすの声音も高く

わが胸の想い告ぐれば、

隠したる心の思い

この森に知れわたり足り。

.

P141

君わがかたえを

.

君わがかたえを追い抜きて進むとき

その裾のわずかにわれに触れたれば

わが心はときめきて

美しき君が足跡を急ぎて追いぬ。

.

やがて君ふりむきて

そのつぶら眼のつよくわれをみつめたれば

わが心、居すくみ

君があと追い行きも得ず。

.

P140

姿たおやかなる睡蓮

.

姿たおやかなる睡蓮の花

夢見ここ理に池の中より空を仰げば

月は空より明るき恋の愁わしさもて

花に会釈す。

.

羞らいて花は再び

首を波間にたれしきときに、

その足もとに憐れなる侶の

蒼ざめし面わを認めたり。

.

P168

安らかに眠りいたれど恐ろしき

.

安らかに眠りいたれど恐ろしき

夢に心葉乱れたり。

夢に訪い来りしは

世に美わしき乙女なり。

.

大理石の像のごとくに蒼ざめて

奇しき力、持ちいたり。

真珠のまなこ輝きて

髪のうねりもただならず。

.

おもむろにそのふるまいの静かさにて

乙女の顔の青白さ、

石の姿のその乙女

わがかたわらに臥しにけり。

.

わが心ふるえ波立ち哀しみと

幸いゆえに燃え立ちぬ。

乙女の心波立たず

氷に似たる冷やかさ!

.

「わが心波立ち搏たじ、そは常に

氷のごとく冴え徹る。

しかはあれどもわれ識れり

恋の力の大いさを。

わが頬にわがくちびえるに紅の

色花咲かず、血脈に

血汐流れず、されど君心安かれ

わが思い君を親しみいつくしむ」

.

さらに烈しくわれをまく

乙女の故にわが胸はほとほと覚ゆ苦しさを。

そのとき鶏のときつくる

響きに夢は消え失せぬ。

.

P170

これは古い伝説の森

(『歌の本』第三版序詩)

.

これは古い伝説の森。

菩提樹の花は馨り

ふしぎな月のかがやきは

わが心を魅了する。

.

私は跣足で歩いた。行くにつれて

私の死の眼前の打開けた

大きな城があった。

その破風は高く聳えていた。

君が墓辺に着きしとき

月神もしずしず空ゆ降り来て

君のための弔詞をいえば人々は

こらえ兼ねつつ啜り泣き、鐘の音遠く響き来ぬ。

.

P185

逝く夏

.

黄色い樹の葉がふるえる。

木の根が降っている。

やさしいもの、なつかしいものが残らず

枯れて、沈む、墓の中へ。

.

森の梢の周りに、いたましげに

日没の光がふるえている。

これは、別れを告げてゆく夏の光の

最後のくちづけかも知れない。

.

心の底から

泣かずにはいられない気持ちがする。

今この有様がわたくしに

恋の別れをまたしても思い出させる。

.

お前と別れるさだめだった。

まもなくお前の死ぬことが判っていた。

私は、去ってゆく夏であり、

おまえは枯れてゆく森だった。

.

P187

沈む日

.

沈む日の光は麗し。

されど更にうるわしきは、君が眼のかがやき。

夕映えの紅らみと君が眼と

そは愁わしきわが心に照り入る。

.

夕映えの告ぐるは、別れの思い、

はた、心の闇と心の嘆き。

わが心と君が眼とを遠くへだてて

大海の潮ながるる日は早や近し。

.

P188

異郷を

.

異郷とつくにを旅ゆく夜の道に

心わびしく身は疲れた、

このとき無言の恵み似て

月よみの月の光が流れて来る。

.

和やかな月よ、おんみはその輝きで

まがつみの黒い闇を退かせる。

さればこの心の憂さも散って

眼に溜まる涙の露。

.

P189

いずこに?

.

さまよい疲れし者の

いやはての憩いの木蔭か?

はたラインの岸の菩提樹のもとか?

.

砂漠の砂に、見知らざる人の手の

われを埋むることもあらんか?

はたまた、とある海岸のほとりに

ついの眠りを砂にゆだぬることもありや?

.

とまれ、いずこなりとも神のみそらは

わが憩いをば取り巻かん、

またみそらの星ら奥津城(※古墓)のランプとなりて

夜ごとわが上に懸り手て照らん。

.

P191

それが消える

.

幕は降り、芝居は終わった、

紳士淑女方は家路を辿る。

芝居はどうやら好評らしい。

確かに拍手の音がきこえた。

尊敬すべき観衆は

感謝して拍手を作者におくったのだ。

しかし今、劇場は静まり返り

楽しさも明りも消えた。

.

おや! 音がする、嫌な音だな。

たしか、ひっそりかんとした舞台の近くで鳴った。

たぶん糸が一本、はじけて切れたのだな、梃の古堤琴の糸が。

平土間で鼠どもが

何匹もごそごそ走り回っていまいましいな。

何もかも、脂肪の匂いがくっついているな。

さて灯が消えるぞ。

あれが俺の魂か。

.

ハイネ 『ハイネ詩集』片山敏彦・訳 新潮社1948年

ノート20160823


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