読書(詩集)/お気に入りの『ハイネ詩集』1/3 ノート20160823
お気に入りの『ハイネ詩集』1/3 ノート20160823
著者/クリスティアン・ヨハン・ハインリヒ・ハイネ(1797.12.13-1856.02.17)ドイツ・デュッセルドルフのユダヤ商人の家に生まれ、フランス・パリで没した。ゲッティンゲン大学を卒業し法学士号取得した。家業を継いで商人となったが法律家を目指してボン大学にゆき、さらに、A・W・シュレーゲルの、ベルリン大学でヘーゲルを学んで作家となる。同時に詩人であり、ジャーナリストである。『歌の本』『アッタ・トロル』『 流刑の神々・精霊物語』を著し、フランス革命に賛同してパリに移住。ロマン主義完成者であるため、「愛と革命の民衆詩人」の異名がある。またゲーテに影響を与えたことでも知られている。
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訳者/片山 敏彦(1898-1961年)詩人。訳文が著作権切れになったので、そのまま使わせていただきました。
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P28
おれは数々の亡霊を
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おれは数々の亡霊を
言葉の力で呼び出した。
そこで奴らは、今となっては
元の闇の世界へ還ろうともせぬ。
それで恐ろしさに心も動転して
大事な咒文の句を失念した。
されば今度は亡霊どものほうが
おれを奴らの霧の家へ連れて行くという仕儀じゃ。
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暗い霊どもよ
そんなに無理におれをせかすな!
この地の上の、薔薇いろの光の中にまだたくさんの楽しみが残っているかもしれぬ。
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おれは姿やさしい花の方へ
やっぱり気を引かれる。
おそれを愛してはいかんということになれば
おれの生きている意味はどこにある?
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おれはたった一度その花を抱いて
熱い心臓へ押しつけたい。
たった一度、口と頬とに口づけして
この幸福な苦しい心をそそぎかけたい!
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たった一度、その口から
愛のこもった言葉が聞きたい!
そうしたら、霊どもよ、即座に
お前たちに随いて暗黒の場所へでも行こう。
霊どもにわしのいうことが解ったと見えて
気味の悪い合点ガテンをした。
それで、恋しい人よ、僕はあなたのところに来た。
僕を愛して下さるかしら?
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P46
君が瞳を見るときは
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君が瞳を見るときは
たちまち消ゆるわが憂い
君に口づけするときは
たちまり晴るるわが思い。
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君がみむねに寄るときは
天の悦びわれに湧き、
君を慕うと告ぐるとき、
涙は激しく流れ落ちたり。
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P117
浄化
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おまえの海の深みにいろ!
狂いじみた夢。
その首高く聳え、
手は伸ばされぬ
陸と海とに祝福を与えつつ。
彼の胸に持てる心臓は、
太陽、
紅に、燃ゆる太陽の心臓は、
恵みの光線
愛に充ちたる優しき光を灌ぎ、
照らしまたあたむ、
陸と海とを。
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鐘の音はおごさかに鳴り渡り、
そのひびき、恰も白鳥らの、
薔薇の鎖て船を曳くごとくに
揺れ辷る船を曳き、緑の岸に至らしむ、
その岸辺なる都に
塔そびえ立つ都に、人々住めり。
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おお、平和んぼ業の不思議さよ! この町の静隠よ!
蒸し暑く饒舌なるなりわいの
陰気なる騒音はやみて。
朗らかにものの音澄める、清らけき大路をば、
白衣着て人のら往き
手にせるはしゅろの枝。
遇う人は互に眺め、
おのずから心つたわり、悦びておののき顫う。
愛の想いと、完備なる捨離のこころに。
くちづけを額に交わして
仰ぎみる
「世を救う者」の太陽の心臓よ、
そは照れり、赤き血の光そそぎて
悦びに人らを結び、そは照れり。
かくて福祉は三重に重なりて人らに称なう
「世を救う人の子に栄えあれ」と。
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P122
難破者
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望みも恋も総べて砕けてわれは吠ゆる波に打ち上げられし屍のごとく
海ぎしに横たわる、
荒れ果てて淋しくつづく海ぎしに。
わが前には水の砂漠、
うしろには愁いと惨めさ、
頭上には走りゆく雲、
雲らは形なく灰いろの大気の娘。
雲らは海より、霧のつるべにて
水を汲みあげ
重たげに、それを搬び、しれを搬び
たびたび海へ灌ぎ灑ぎ入る、
その慰めもなく無益なる営みは
われらの生活に似る。
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波はつぶやき鷗は叫び、
古きさまざまの思い出は、わが心の中を吹き靡き
忘れ至る数々の夢、消えいたる姿らが
悩ましき楽しさもて、わが胸に浮かび出ず。
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北方に一人のおみな住めり。
美しきおみな、威厳ありて美しきおみな、
丈高く糸杉のごとき姿、
艶けく白き着物を纏い、
あたかも幸福なる髪の毛は
あたかも幸福なる夜の暗さに似て、
編みたる髪を冠のごとくに巻ける頭より溢れ滾れつつ
夢みがちなる美わしき波形を描き、
ほの白く妙なる面輪をつつむ
ほの白く妙なる面輪より、大きく強き眼の光は
黒き太陽のごとくに照る。
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おんみ黒き太陽よ、われは幾たび
恍惚と、火に酔いて
おんみより強気感動の炎を呑み
佇み、且つよろめきしよ!――
さてまた鳩のごと柔和なる微笑みは高くそりかえりたる誇らしき唇のほとりに漾い、
高くそれい帰りたる誇らしきその唇は
言葉を意いぬ。その言葉、月の光のごとくに優しく
薔薇の香りのごとく妙なりき。
さればわが魂は昂まりて
空に飛びぬ、鷲のごとくに。
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沈黙せよ、波と鷗。
一切は過ぎ去りぬ、恋も望みも、
望みも恋も今は無く、われは渚に横たわる。
難破せる、寂しき男、
われはこの燃ゆる顔をば
濡れたる砂に押し当てつ。
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P128
問い
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寂しい夜の海ぎしに
若者が一人立っている。
胸には愁いが充ちており、頭は懐疑で一杯だ。
若者は憂鬱な声で波に問う。
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「人生の謎を解いてくれ。
一番古いむつかしい謎を、
エジプトの僧の頭巾を冠った頭、
ターバンを巻いた頭や、黒の縁無し帽をかぶった頭、
さては鬘をつけた碩学の頭や、
その他蒸すnの人間の哀れな汗ばんだ頭が
考えあぐねたあの謎を。
いったい、人間の意義とは何だ?
人間はどこから来て、どこへ行くのだ?
あの天上の、金に光る星々には、何者が住んでいるのだ?」
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波は果てしないつぶやきを繰り返し、
嵐が吹き、雲が飛び、
星々は光る、無関心に冷たく。
そして一人の愚者が返事を待っている。
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P126
森に行かん
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花ひらき諸鳥はうたう
みどりなす森に行かまし。
われやがて墓に憩わば
耳も眼も土を被りて、
花ひらく姿も見得じ。
鳥の声聴いも得らざれば。
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P127
ありとあらゆる花々は
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ありとあらゆる花々は
照らす日に顔を上げ、
ありとあらゆる河は皆
照る海へ急ぎゆく。
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わが歌はことごとく
照る恋ゆえにふるえ出ず。
おんみらよ、憂いの歌よ、
わが涙わが嘆息を待ちて旅せよ!
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P128
麗しく金色に照る
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麗しく、金色に照る星よ、
いと遠きかのひとに言い告げよ、
われ今も、心病み面は蒼ざめ
渝らざる思いに生くと。
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P136
蝶
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蝶、花うなばらを恋い
その花をめぐりて
金じきに柔らかき日の光ごころ漂う。
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さて薔薇は誰を恋せる?
それをこそわれは知りたし。
歌うたう鶯か?
うち黙す夕べの明星か?
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誰を薔薇の慕えるか知りざれど
薔薇よ、蝶よ、日の光よ、
夕星よ、たそがれに啼く鶯よ、
おんみらのすべをわれは慕う。
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ハイネ 『ハイネ詩集』片山敏彦・訳 新潮社1948年




