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もう一度妻をおとすレシピ 第4冊  作者: 奄美剣星
Ⅰ 随筆
13/100

随筆/蝦夷を愛した貴族 ノート20140718

   蝦夷えみしを愛した貴族

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 むかしいた会社で、新潟北部の遺跡調査に多くの同僚と一緒に派遣されたとき、東西三十メートル強の、堀で囲った大型建物の基礎部がでてきたことがあった。

 土を分析すると小鍛冶といって、何か製品を造った痕跡・鍛造剥片というものがでてきた。

 ペラペラした黒っぽい得体のしれないものは、往時、漆を蓄えた壺の蓋にしていた古文書で、縁辺が朽ちて、丸い形で底に付着する・漆紙文書だ。X線写真をみせてもらうと、

「このことつまにも申すべからず」と書かれていた。何やら、機密文書のようだった。

 ほかにも製塩施設、中国唐代の女性皇帝・武則天ぶそくてんがつくらせた則天文字を記した土器がやたらとでてきた。土器の形から九世紀あたりの遺構のようだ。

 関東から、エライ先生がきて、

「常陸国府が置かれていた茨城県石岡市に、鹿ノかのこ遺跡というのがあって、そこでも同じような大工房遺跡が存在した。武器や甲冑を生産した一大拠点で、蝦夷に備えたようだ」

「はあ、対蝦夷戦争ですか……」

「このへんだと、越後国での対北方軍事要塞・岩船柵いわぶねさくというのがあったっていわれている。遺跡はその関連遺跡だったのに違いない」

 同僚が、「『岩船柵』に関した遺跡に違いない。これに関連した面白い資料をみつけた」といって、秋田県郷土史のコピーをくれた。

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 平安時代に出羽国で起きた元慶之乱がんぎょうのらんに関するエピソードだった。九世紀第四四半期、元慶年間に全国規模の干ばつが発生し、朝廷は備蓄食糧を放出して人民に配給した。……坂上田村麻呂を大将軍とした北伐により、朝廷支配下に置かれた蝦夷の地・秋田城という軍事拠点が置かれていたのだが、そこを、圧政に苦しむ被征服民・蝦夷たちが襲いかかった。元慶二年(八七三年)三月のこと、秋田城司、出羽国司といった、前線司令官や太守が、任務を放棄して逃亡した。

 翌四月、朝廷は叛乱鎮圧軍を組織して、彼の地に派遣するのだが、各軍団は、つぎつぎと撃破され、将軍たちは討死するか、九死に一生を得て僅かな手勢とともに脱出するよりほかなかった。そして五月、ついに秋田城が陥落。備蓄してあった大量の武器・食糧が叛乱軍に渡った。この叛乱に乗じて、津軽地方の蝦夷も騒動を起こす。

 そこで新しく出羽国司・出羽権守に起用されたのが藤原保則という男だった。備前国司として実績をあげた人だった。

 保則は、皇族系武門・小野春風を鎮守府将軍に推挙、この人に加えて、坂上田村麻呂のひ孫で陸奥介になっていた坂上田村麻呂とともに、出羽国入りした。彼が少ない兵員に守られて任地に赴いたときは、わずかに三か村しかなかったという。

 挨拶がてら、地域のボス・俘囚三人が陣営に来て、「秋田河から北の地を、治外法権の特区「己地」として欲しい」と要求した。

 保則は、配下に上野国兵六百人と俘囚三百人の兵を集めさせ、さらに朝廷に使者をやって常陸国や武蔵国から二千人を動員させた。こうして備えを万全にした上で、蝦夷たちのところに出向いて腹を割って話し合い、備蓄米を飢饉に苦しむ住民に配給、不正を働いていたという官吏たちを処罰した。

翌・元慶三年(八七四年)に、朝廷が征夷の大軍を送って叛乱軍を鎮めようとすると、「ここにきて腕ずくで抑えたりしたら、彼の地の民の心は未来永劫つかむことはできませんぞ」と朝廷を強く説得して、軍団を解散させた。

 保則の仁政により、叛乱を起こしていた俘囚たちは、続々と投降。乱はついに収まった。そして秋田城は彼の手により再建されることになる。

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 なるほど、そういうわけで、古代越後国北辺にあたるこの遺跡は、蝦夷叛乱に備えた武器工廠だった可能性があるというわけだ。

 余談ながら、近辺にあった往時の軍事キャンプ・岩船柵の兵士は、投降してきた蝦夷たちで構成されていた。百人隊長を意味する官職は佐伯さえきといい、蝦夷たちの多くがこれを姓として名乗った。庶民姓を禁じたのは江戸時代のみで、それ以前は庶民が姓を公に名乗っても問題なかった。佐伯姓は渡辺や刈田と同じたぐいの庶民姓である。

 さらに佐伯姓の一部は、名門貴族・藤原氏にちなんだ、佐藤と改称したのだそうだ。……いや、案外と、藤原保則を慕ったのかもしれない。

     END

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