掌編小説/巨人族墓遺跡調査 ノート20140712
掌編小説/巨人族墓遺跡調査 ノート20140712
巨人族墓遺跡調査
「奄美さんですね? 私、こういうものです」
「ええ、そうですが……」
昨年の夏、家を訪ねてきた背の高い黒スーツの男が私に名刺をよこした。
株式会社太陽光産業……。
「早速ですが、商談です。七メートル×三メートルの範囲での遺跡調査をお願いしたいんです」
「場所は?」
「市内ですよ」
「この町は独自に抱えている遺跡を調査する『財団』の鼻息が強くてね、私のような民間の、しかもフリーの調査士が勝手に調査できない。もっとも学術調査という形で、大学かなんかでやるぶんには問題はないけど、それなりに時間がかかるんだ」
「大丈夫、そのため、地元議員センセイには常日頃から、支援しているんですよ」
「支援?」
「まあ、いろいろとです」
要は袖の下、政治献金ってやつだろう。
三一一大地震の後、日本列島の原発が一斉に停められた。民主党時代、民間に奨励して太陽光発電を国策としてやっていたのだが、幻想だと気づき、代わりにロシアから天然ガスを買ってきて、それで電力を起こしている。
それでも企業なんかは節税対策とかで、太陽光発電をやるところがまだあった。
男の名刺から察するに、メガソーラの敷設業者なのだろう。実際のところ、このタイプの構造物は敷地の地下を痛めるということはそうない。それでも、変電施設のような構造物が、深掘りしてそこに埋まっている遺構を壊すのだろう。
案内された遺跡地は、大きな港湾を見下ろす西側にある高台にある。大畑遺跡という縄文時代遺跡の一角だ。
「おいおい、ここはけっこう有名な史跡の一角だよ。ほんとに、私なんかが掘っていいのかい?」
「大丈夫ですって……。期間は十日間。報酬は五百万円でどうです?」
「五百万!」
この程度の面積では三十万円が相場だ。
「ただしね、一年間は黙っていて欲しいんですよ」
けっこうヤバイ仕事のような感じがした。しかし、わずか十日で五百万円という魅力には勝てずに、契約書にサインした。
遺跡地は雑木林のただなかで、周囲からは遮蔽されていた。がさ藪を切り払うところまでは、黒スーツの男が手配した造園業者がやった。それからマイクロバスでどこからともなく連れてくる作業員五名を預けられた。寡黙な中高年の男女でよく働いた。彼らに、どういう経緯で、集められたのか、どこに住んでいるのかに踏み込んできくと、一様に口をつぐんだ。連中の特徴的なところは、二メートル前後の長身であったというところだ。
――では、調査結果をいおう。
副葬品がなくて時代は判らなかったのだが、墓だった。土葬によって白骨化した遺体は仰向けに寝かせられていた。ただ、ふつうの大きさではない。漫画『進撃の巨人』にでてくるみたいな、巨体で、五メートル近くもある奴だった。
写真撮影の後、水糸で方眼網で遺構をすっぽりと覆ったヤリカタという測量方法で図化する一方で、現物の骨にはナンバー札を括り付けてどの部位か判るようにした。あとは、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館の骨に詳しいセンセイにでも引き渡せば詳細な分析をして下さるだろう。
しかし、黒いスーツの男は、
「後の処置はこちらでやらせて頂きます」
といって、現金を即座に手渡してくれた。
当然、貰うものも貰ったから、それ以上の深入りは避けた。巨人の骨がどうなったかは、判らない。……この記事を読んだ皆様はお気づきのことであろう。メガソーラ建設業者が、それに伴う遺跡調査をしたというのは建前で、黒スーツの男は、初めから、全身骨格の存在を知っていて、できるだけ傷つけないように、私を使ってほじくりかえさせたのだ。会社の実態も、カルト宗教団体の下部機関といったところだろう。
あれから一年経つ。黒スーツの男との約束は守った。そろそろ自作小説という形で話をしても問題はなかろう。
この町のエリアは、かつて関東の常陸国に編入されていたのが、奈良時代の少し前あたりに、陸奥国に編入されたのだそうだ。常陸といえば、奈良時代に記された『常陸風土記』なる書物があって、「だいだらぼう」あるいは「だいだらぼっち」なる巨人伝説がある。
大きな山に腰をおろして海に手を突っ込み、絶えず貝を食べ貝殻を捨て、積り積もって貝塚になったというのだ。
この町にもまったく同じ伝説があり、さらにおまけがつく。
幕末に石炭が発見され、明治時代ころ、それらは俵に詰められ、内陸部にある鉱山から川船や荷馬車を使って、遺跡がある台地下方にある港湾に運び込まれた。そこから、外国蒸気船が停泊している横浜に石炭が積み込まれ出荷されたのだ。
その際、東京・横浜からやってきた石炭仲買人たちは、地元集落民がやたらと巨体で、二メートルもある長身の者たちが多いのに驚いていたそうだ。
民俗誌に、巨人族伝説は存在する。だが考古学の分野で、巨人族墓遺跡調査の噂はときどききくところだが、私が学界関係の講演に赴いて話題をきいたことは一度もない。
また調査を行った場所も、いまだに森に囲まれた状態で、メガソーラは建設されずにいる。
.
END
.
●引用参考文献/
鈴木林 談「だいだらぼうの里」(本田徳次ほか 著 『いわきの伝説と民話』六三-六五頁 いわき地方史研究会編 一九七七年)
.
※物語は史実・伝承をまじえたフィクションで、作中の「株式会社太陽光発電」も架空の団体です。