随筆/マチヤ医院のアロハ・センセ ノート20140817
マチヤ医院のアロハ・センセ
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実はうちの家内が足を骨折しましたね。
八月十三日十一時前。
お盆の準備・買い出しやら親戚縁者のお宅への挨拶やらでバタバタしておりました。
一通りの買い出しが終わってから、仲人の新盆にゆくため、家内が、
「喪服に合わせたストッキングを買いたいから、セブンイレブンに寄ってよ」
というので、そこにゆきます。
五分ほどして、家内が扉からでてきて、買い物袋の中身をみながら歩いてくると、玄関から駐車場までに、ちょっとした段差があり、そこで足首をひねって、横にすっ転び、、ボキッと激痛が走ったといいます。
車に家内を収容した私は、いったん家に帰り、パソコンで、お盆休暇でもやっている病院を検索してみました。市立の総合病院は十一時で閉店。しかし、そこの紹介で、お盆期間もやっているところを紹介して戴きました。
町医者のそこも十一時までの営業。
「たどり着くのに二十分くらいかかりますが……」といいましたところ、
「そのくらいならいいですよ」
という受付事務の方のお返事がきました。
早速、そこへゆきます。
城跡の町人町だったところ、ただし戦災で江戸の香りはほぼ一掃されて、戦後以降の匂いがするしなびた二階建てビルやらホテル、それに町屋なんかが建ち並んでいます。……そんなわけで、仮にマチヤ医院とでもしておきましょう。
月ぎめ駐車場に二十台ぶんほど借りていて、そこに車を停め、わが肩を家内に貸します。 家内は右手に母から借りた杖を持って、ピョコタンピョコタン、院内へ入っていたわけです。
敷地内のわずかなスペースに植え込みがある薄汚れたコンクリート地の二階建てビル。裏路地に面した北向き扉はくすんだ木製で、そこをくぐった玄関は、病院としては小さなもので、下駄箱の上に乗っかった、ほころびたスリッパに履き替え、板張りの廊下を五歩も進んだ
ところに窓口があり、受付をして頂きます。
横の待合室は、個室病室横にある階段と窓口に挟まれたわずかなスペースで、十人そこらがどうにか座れる廊下です。そのくせ新型液晶テレビがつけっぱなしになっていて、ワイドショーが映っておりました。
木造階段の下から二階を仰ぎ見ると、一般病室があり、そこの階段を婆様職員が、すたこら上がってゆき、食事を届けにゆきました。
白い壁にくすんだ柱と梁、それに木製の窓枠。観葉植物がぽつんと置いてあります。
廊下伝いに受付の一つむこうに歩いた左側が診察室、治療室。右側が手洗い、レントゲン室、手術室となっています。
ゆきかう職員さんは、およそ四人。炊事雑用の婆様、たぶん昔はタカラジェンヌみたいな美人だったであろう事務係の方、年を取った看護師長さんと三十くらいの看護士さんといった女性陣であります。
開けっ放しの診断室は、奥に窓、木製の梁・柱をのぞかせた白壁、廊下側から奥には大きな防犯用モニターがあるのですが、どこの病院にもあるような、パソコンなんて洒落たもんなぞありません。そこに陣取っていたのは、老俳優・西田俊之みたいなでっぷりした体躯に四角い顔。彼をさらに老けさせた感じで、みため九十くらいというとこでしょうか、アロハシャツを着た爺様でありました。
「こんにちは、閉店間際にすみません」
「ああいいよ。どうしたんだい?」
「足の骨を折ったか捻挫したみたいなんですよ」
「はあ、なに? もう一回いって」
窓口から、診察室側にある木製ディスクに移動し座った事務係の女性が、
「あのセンセ、患者さんは足首をグキッとやって、足の骨を折ったか捻挫したみたいだっておっしゃってますよ」
と、大きな声でアロハ・センセに伝えたのであります。
それから、家内の住所氏名年齢、事故の時刻と状況、現在服用している薬の有無を聞いて、事務係がノートしてゆくのであります。
ワオ~、レトロ病院!
などと喜んでいて大丈夫?
爺ちゃんのセンセは、看護師さんの手を借り靴下を脱いだ家内の足を両手で、グギグギ捻って、
「ここはどうだい?」
「痛くありません」
「ここは?」
「ぎゃっ!」
「ここはどうだい?」
「痛くありません」
「ここは?」
「ぎゃっ!」
「じゃっ、レントゲンを撮りましょう」
看護師さんが、中に入ろうとすると。
「あらま、先客患者さんのお婆ちゃま、まだ着替えてた。お手伝いするわね……あ、奄美さん、もうちょっとお待ちください」
といって中でガサゴソやってます。
ソファなんてものはなかったので、怪我した家内に肩を貸し、しばらく廊下でつっ立ていましたところ、ようやく、問題の先客がヨボヨボ杖をついて、「ヒヒヒ、すみませんねえ」とでてきました。
レントゲン撮影が始まったので、私は一人で待合室まで戻ってみました。
閉店間際なもんだから、ソファには、二人ばかり患者さんがいるだけです。
その間、玄関先から、見舞客と思われる家族連れが二組ほど中へ入っては、でてゆきます。
闇関係、あるいは運送業、船乗り……三十代というところでしょうか、日に焼けてポロシャツを着た父親が、小学生くらいの、子役のように綺麗な長い髪の娘さんを連れて、にやつきながら受付に、指でトントンやるだけで、中へ入ってゆきます。私が勝手に、死語になっていたと考えていた、映画『フラガール』世界の言語を流暢にやらかすもんだから、聞き取れません。そのうち、奥で若いオトッツァンは、看護師のオバちゃんとなにやら冗談を言い合って、笑い声がきこえてきたわけです。
それから、看護師さんが私を呼びにきました。
「松葉杖をお貸しします。レンタル代が五千円ですが、通院が終わってお戻し戴いた時にそれはお返しいたしますよ」
とのこと。
診断室にゆくと、アロハ・センセが、
「ああ旦那さん、奥さんのくるぶし下、外側。薬指の奥のここだ、折れてるね。でもほっときゃ治る。気休めにギブスするかい、しなくても大丈夫だけど……」
といって、骨格模型とレントゲン写真フィルムをつかって説明。 家内の足の骨折箇所には、ボールペンで×マークがされてありました。
「お願いします」
「はあ、聞こえんな?」
推定・元タカラジェンヌな、事務員さんが、私の言葉を拡声します。
「左様か。されば、ちょいどけ」
ふんぞりかえった背もたれ椅子から、アロハ・センセは自力で立てず、看護師長の婆ちゃまと、三十過ぎの看護師おネエの手を借りて、どうにか立ち上がり、隣の治療室にヨタヨタゆくのでありました。
事務員さんが、
「じゃあ、旦那様。奥様にギプス処理している間にお支払を……。しめて一万百五十円です」
「カード支払いはできます?」
「すみません、うちは現金のみなんですよ」
家に帰ってから出迎えた母と話しました。
「マチヤ病院かい……」
「九十くらいの爺様センセがいたよ。スタッフの皆さんも大方が年配で、たぶん、センセがお亡くなりになったときが停年なんだろうな」
「凄腕の名医って話だよ。近所の人たちも大怪我すると、あそこで手術してもらったって話をよくきくけどね」
マチヤ医院は年中無休。ただしお盆期間は午前中のみの診察。アロハ・センセによると、家内はその期間、連続三日間通院し、その後は一週間一回の通院でよろしいということになった次第。
END
ノート2014.08.15