随筆/もう一度妻をおとすレシピ 野菜のジャルディニェール ノート20140220
野菜のジャルディニェール
JARDINER DE LEGUMES
二十四節季でいまを「雨水」といいますが、先日、大雪が降りました。しかしまあ、溶けた庭をみてみると、福寿草の黄色い花が昼に咲いては夕べに閉じるということを繰り返しています。やっぱり春なのですねえ。などと感慨深く仔犬の散歩を終えた貴男が庭を眺めていると、猫がそこを横切って、途中で、こちらを振りむきました。すると、貴男の脳裏に舞台が現れます。
キャストは全員猫。
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11時39分。寝台特急『メイル』号発車直前だった。
ひそひそ声が聞こえてきた。
「スキャンブル、スキャンブルはどこだ? ツメキリでも捜しているのか? 奴をみつけないと列車が発車できない!」
車掌に、駅員に、駅長の娘さんまで、てんやわんやの大騒ぎだ。
「スキャンブル、スキャンブルはどこだ。もう11時42分になったぞ。急げや急げ、奴がいなけりゃ、特急はホームをでれない」
出発のシグナルがとっくに点滅していた。
乗客は、皆、おかんむりだった。
そのとき、奴がやってきた。スキャンプルだ。優雅な歩調で後部車両にむかって歩きだしながらうそぶいた。
「手荷物車で手間取ってしまった。いや、すまないねえ」
スキャンブルが、みなをみやった。碧玉のような双眼が閃光を放つ。
きらっ。
シグナルがGOサインをだした。
――さあゆこう。北半球へ、北国へ、出発進行!
ツアーの支配人はスキャンブル。通路づたいに、一等車から三等車まで、みてまわり、切符を拝見しながら、乗客を一人残らずチェックした。どんな事態にもすばやく対応、どんな乗客の考えもいいあてた。運転士、車掌、カードゲームに興じる運び屋にいたるまで奴が仕切った。
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ブロードウェイの『キャッツ』で大当たりしたT・S・エリオットの滑稽詩、『鉄道猫スキャンブルシャンクス』を思いだし閃いた貴男は、厨房に駆けだし、せわしげに冷蔵庫から、
ニンジン、ジャガイモ、カブ、グリンピース、いんげん、パセリ、バターといた野菜にバターをひっぱりだしました。
野菜を賽の目にそろえて切ります。そいつらのうち、火の通りがわるい奴から、塩を加えて沸騰させた鍋に放り込んでゆくのです。ジャガイモ、カブ、インゲン、ニンジン、グリンピースの順ね。
野菜がゆであがったところで、水気を切って、温かいうちに深めの鉢に突っ込み、溶かしバターとパセリの微塵切りを加えればできあがり。
ともかく春だあ~。
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そしてランチタイム。
盛り付けた料理をリビングに運ぶのです。
春は、スプリング。貴男は、ぴょんぴょん、跳ねるようにスキップしながら奥方を呼びにゆきます。
「貴男って翔んでるわね」
「翔ばせたのは君さ」
そういって彼女の顎に手を添え、片手で猫のポーズをして片目をつぶる貴男。
――キャーッツ♫
そして本日も、貴男の奥方は、イ・チ・コ・ロ。
END
引用参考文献/
●「野菜のジャルディニェール」(猪本典子編『修道院のレシピ』朝日出版社2002年 P245)より
● T・S・エリオット 著 池田雅之 訳 「鉄道猫スキャンブルシャンクス」(小池滋 編『英国鉄道文学傑作選』筑摩書房 2000年 P236-241)より