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儀式屋の小間使い1「狐者異」

作者: モモスケ

 僕はしきになった。

 いや、正確には儀式屋助手、あるいは下僕。

 それは、一ヶ月前の出来事のせいだ。

 アレに巻き込まれていなければ、僕は今でも儀式屋になることはなかったろうし、これから先も儀式屋になることはなかったと思う。

 しかしながら、そうはならなかった。

 一ヶ月前、自他共に認める臆病者の僕が、あろうことか、一人の少女を助ける為になけなしの勇気か、はたまた単なる下心からか、自らの命を懸けて助けようとするという愚行に走った挙句の結果だった。

 本当に慣れないことはするもんじゃない。

 助けようとした彼女に助けられ、その上、彼女に怪我をさせ入院生活を余儀なくさせるという愚行。

 その責任をとり、彼女が本来やるべきだった儀式屋の仕事を僕が代行することになったのだった。

 そう、助けようとした少女は計らずも儀式屋だった。

 儀式屋・・・ここまで度々出した言葉なのだけれど、皆さんはご存知だろうか?

 そもそも、儀式屋って何ぞや?とお思いの方も多いだろう。

 いや、ほとんどの方がそうであって然るべきで「儀式屋?あぁ、アレね」とか言われると、それはもう同業者か、かつて儀式屋に依頼したことがある者か、そのどちらかで残念至極である。

 何故なら、儀式屋なんて胡散臭いものは一生係わらないで済むなら、係わらない方がいい職業だからだ。

 第一、職業と言っていいのかどうかさえ、怪しいところではあるし、百科事典や国語辞典にも載っていない。

 もっとも、実際存在するからには、必要な仕事であるとは言えるだろう。

いい仕事ではないが、誰かがやらなきゃいけない仕事、そんな感じ・・・らしい。

 らしいと言ったのは、彼女がそう言ったからで、僕自身はその必要性について語るほどの情報は持ち合わせていないから、正直言って分からない。

 分からないが、彼女の代わりにド素人の僕が急遽行かされることになったのは、やはり必要性があってのことなのだろうと思うし、誰かがやらなきゃいけないのだろう。

 実際、今日これからその仕事をしに、正確には彼女の代行をしに依頼人の下へと向かっているところだ。

 彼女から「とりあえず行きなさい」と指示され、依頼人の下へ向かうものの、その依頼内容は一切知らされていない。

 教えられたのは依頼人が駅前の喫茶店で待っているということだけで、依頼人の名前や年齢、容姿についても一切教えてもらっていない。

 ただ一言「会えば分かるわ」とだけ言うと、さっさと行けと僕を送り出した。

 言われるがまま、されるがまま、彼女を入院させた負い目のある僕は従うしかない。

 いや、この程度のことで償いになるのなら安いものと考えるべきなのだろう。

 「会えば分かる」彼女の言葉通り、駅前の喫茶店に着いた僕は彼女に気付いた。

 彼女・彼女と連続で彼女が出てくると、混乱するかもしれないけど、当然のことながら、喫茶店に居た彼女は僕が入院させてしまった彼女ではなく依頼人の女性のことだ。

 そう、依頼人は女性だったのだ。

 しかも、美人だった。

 しかし、おかしかった。

 少しクセのある栗色のセミロングに白い肌、淡い水色のワンピースを着ていて、ノースリーブからは白く華奢な腕が出ている。

 クリクリした瞳がキョロキョロと忙しなく動き、辺りの様子を伺っているようだ。

 何かに怯えるように周囲を気にしながら、サンドイッチを頬張っている。

 その華奢な体とは裏腹に彼女のテーブルの上にはサンドイッチ・スパゲティ・ピザ・サラダ・トーストなど、少なくとも5~6人前はあると思われる沢山の料理が並んでいた。

 一人でこんなに沢山食べるのか?

 いや、というより食べられるのか?

 いくら食べれるにしたって、体のことを気遣えば明らかに食べちゃいけない量の料理を前に彼女はひたすらに、そしてがむしゃらに口いっぱいに頬ばっている。

 彼女の食べっぷりに他の客や店員もチラチラと見ていたが、キョロキョロと辺りを警戒するように見回している彼女の視線とぶつかるとビクッと震えて視線を外していた。

 待ち合わせ場所に指定されていた喫茶店に入ってすぐ、僕には彼女が依頼人であることが分かった。

 大食い女王もビックリするであろう、その食べっぷりを見て分かったのだ。

 男女問わず、大食いの人はいる訳だし、ましてや大食いなのに細身な人もいるのだけれど、彼女の場合は明らかに違ったのだ。

 何と表現するのが適切なのか判断に困るところだけど、はっきりと一言で言うなら「異常」の一言に尽きる。

 普通の大食いって言うのも変な気がするのだけれど、テレビなどで見る大食いタレントが普通とするなら、彼女は明らかに「異常」な大食いだった。

「異常」であり「異質」で、やっていることは食事をしているだけなのに辺りは異様な雰囲気に包まれている。

 依頼人が美人でラッキーなんて気持ちは軽く吹っ飛んでしまった僕はその場で唖然としてしまった。

 これじゃ「会えば分かる」ではなく「見れば分かる」が正しいのだけれど、今はそれどころではない。

 ひたすら食べ続ける彼女の様子をチラチラと伺っていた店員が僕に気付いて声をかけて来た。

 「いらっしゃいませ。お客様、何名様ですか?」

 何名様って、どう見ても一人だろうにテンプレ会話をする女性店員はさらに続ける。

 「喫煙席と禁煙席、どちらがよろしいですか?」

 高校の制服を着た僕にそれを聞くのかよ!

 あっ、言い忘れていたけど僕は今、高校2年生の17歳男子だ。

 僕が「喫煙席でお願いします」と言ったら、そのまま案内する気なのだろうか?

 まあ、法律的には未成年の高校生が喫煙席に座るコト自体は問題無いけど、それを聞くのは問題ありでしょ。

 僕としては、このまま禁煙席で紅茶でも飲みながらマッタリしたいトコなのだけれど、そういう訳にもいかない。

 僕は意を決し「あの人と待ち合わせしてるんです」と彼女を指差し言った。

 彼女っていうのはもちろん、周囲を警戒しながら、ひたすらにがむしゃらに食べ続けている彼女のことだ。

 「かしこまりました」と言いながら、店員は「この二人って、どんな関係なのかしらん?」という目で僕と彼女を交互に見ている。

 どんな関係も何もこれが初見だっての。

 恐る恐る彼女の席に向かって歩いて行く。

 彼女までの距離、あと残り約一メートルってところで彼女が僕の方を向き、目が合った。

 「あっ、あの、どうも。宵山小夜の代理で来ました」

 僕がそう言っても、彼女は目を見開きジッと僕を見ている。

 やっべぇ!やっちまったか?依頼人は彼女に間違いないだろうと踏んだのだけれど、全然全くの人違いで、ただの変な大食い女だったとか?

不安になっていると、彼女がゴクンと何かを飲み込んだ。

 「ごめんなさい。ちょっと喉に詰まっちゃって」と言うと彼女はコップに入った水を一気に飲み干した。

 どうやら、食べ物を喉に詰まらせてしまったらしい。

 あれだけ頬ばっていれば当然か。

 水を飲み干しナプキンで口周りを拭くと彼女は言った。

 「宵山さんから話は聞いてます。あなたが助手のはやかわかおる君ですね?」

 「はい、そうです。僕がよいやまの助手をしている早河薫です」

 早河薫、それが僕の名前だ。

 そして宵山小夜というのは現役女子高生にして儀式屋を営む僕の命の恩人であり、そのせいで入院生活を余儀なくされ、僕をこの場に送り込んだ少女だ。

 自分の代わりに僕が行くことをちゃんと連絡しておいてくれたようだけど、助手という設定らしい。

 「初めまして、はねかえでです。早河君って話で聞いたとおりの人だったから、一目見て分かりました」

 話で聞いたとおり?彼女に一体どんな紹介をしたんだか気になるところだ。

 「僕のコトどんな風に聞いてます?」と聞くと、「それはちょっと本人の前では・・・」と返された。

 そんな言い難いコトなのか・・・宵山小夜、あいつは一体どんな説明してんだよ。

 「そこ、座っていいですか?」

 「どうぞ」と許可をもらい彼女とテーブルを挟み向かい合って座った。

 僕が席に着くと、さっきの店員が水とメニューを持ってやって来た。

 「ご注文は何になさいますか?」とオーダーを聞きに来ただけのように見えるけど、僕達二人の様子を伺う気満々って感じがアリアリだ。

 レモンティーを注文して、野次馬店員を追い払うと僕は本題に入った。

 「羽美さん、今回の依頼内容について詳細を聞かせていただけますか?」

 一瞬ためらった表情を見せたものの、彼女は語り始めた。

 異変の始まりであり、そして異常の始まりであり、大食いの始まりであるそれは約一ヶ月前あたりから始まったことであるらしい。

 一ヶ月前、それは奇しくも僕が儀式屋代理をするきっかけとなった出来事が起った時期と重なる。

 そんな一ヶ月前のある日、彼女は食欲が強くなっていくことを感じたと言う。

 食欲は日に日に強くなり、食べれば食べるほど空腹感が増して行くと言う。

 結局、今に至っては常に食べ続けていないといられなくなってしまったらしい。

 現に僕に事情を説明している間も食べ続けていた。

 しかし、どんなに食べても不思議と体重が増えることはなかったという。

 むしろ体重は減り続け、挙句の果て栄養不足で大学の授業中に倒れてしまったらしい。

 運ばれた病院では拒食症が疑われたが、彼女自身は食べること自体を拒んでいないし、食べた後、吐き戻すこともしていない。

 拒食症でないなら一体何なのか、医者は色々調べてくれたらしいが、結局原因は分からずじまい。

 所構わず、食べ続けているにも拘らず太るどころか痩せていく彼女に大学内の友人達も気味悪がり、次第に彼女を避けるようになっていったと言う。

 そんな友人達の中で唯一彼女を避けずに接してくれる一番の親友に医学や科学で分からないならばと、オカルトの専門家である儀式屋に相談するように勧められ、今に至るということだった。

 病院で調べても分からなかったか・・・ということはやはりコッチ側の領分ってことだろうか?

 彼女の横にずっと立っている影が関係しているのだろうか?

 彼女が依頼主じゃないかと僕が思った理由は、その異常な食べっぷりだけじゃない。

 彼女の横にヌッと立ってる人影があったからだ。

 例えるならそれは、落書きによくある棒人間のような姿で頭の部分は黒く塗り潰した丸の様な感じだ。

 そいつは、声を発することもなく、ユラユラと細い体を揺すりながらただ立っているだけだった。

 やっぱりこいつが、彼女の異常な食欲の発生源だろうか?

 他の客や店員もこいつの存在に気付いていないし、羽美楓、彼女自身ですら見えていないようだ。

 何で他の人間に見えないモノが僕に見えるのかって?

 それは僕がたいしつだから・・・だそうだ。

 これはオカルトの専門家、儀式屋である宵山小夜から聞いた話なのだけれど、通常なら見ることの出来ない霊・化け物・物の怪・妖怪などと称される存在を認識できる者のことを見鬼体質と言うらしい。

 別の言い方なら、霊感・霊能力とか呼ばれるものだ。

 とはいえ、フィクションの世界、とりわけ漫画の中に出てくるような、異能の力ではなく残念ながら能力バトルしたり、化け物退治したりすることなど出来ない。

 ただ見るだけ聞くだけのシロモノで体質と表現するのが適当なのだろう。

 ちなみに僕の足元には一匹の黒猫がいるが、こいつもただの猫ではない。

 動物を喫茶店の中に連れて来ちゃダメだろ!って思われるかもしれないのだけれど、さっきも言ったとおり、ただの猫ではない・・・そう化け猫なのだ。

 家の近くにある道路で車に轢かれ死んだ黒猫が化けて、化け猫となったのだけれど、なざか僕に懐いて付きまとっていた。

 それを見た宵山小夜が「儀式屋の代理をするなら、使い魔の一匹ぐらいいた方がいいわ。丁度いいじゃない、そのまま使い魔にしちゃいなさい」と言われ、使い魔にしたのだ。

 使い魔と言っても化け猫になったばかりで、人の言葉は喋れないしニャーと鳴くばかりで生きている猫とたいして変わらない。

 とはいえ腐っても化け猫で、彼女の横に立っている棒人間を警戒しているようで毛を逆撫でてシャーと唸っている。

 さてと、これからどうしたらいいものか。

 店員が持ってきたレモンティーにガムシロップをタップリ入れて飲みながら考えてみるもののいい案は浮かばない。

 糖分補給したところでやっぱり素人の僕では無理があるか。

 まあ、今日のところは彼女から詳しい話を聞くだけでいいと言われてるんだけどね。

 「あの、異変が起り始める前に何かあったりしましたか?」

 僕がそう聞くと彼女は少しモジモジしながら「まあ、何かあったと言えばあったんだけど・・・」と言って言いよどんだ。

 「あの、どんな些細なことでもいいので聞かせて下さい。もちろん秘密は守ります」

 秘密は守るとは言ったものの宵山さんには言わない訳にはいかない。

 ごめんね、羽美さん。

 僕に話すかどうかモジモジと考えているようだったが(モジモジしながらも食べ物は口に運んでいた)、意を決したのか彼女は言った。

 「実は・・・こんな風になる少し前に失恋したんです」

 へっ?失恋?それだけ?変なモノや妖しいモノを見たとかじゃないのか?

 どうりで言い難そうにモジモジしてた訳だけど、まさか彼女に憑く化け物は失恋した人にとり憑く妖怪ってことか?

 「あの、他には何かないですか?例えば奇妙なモノをみたとか、不可思議なことがあったとか、ないですか?」

 「んー、特に思い当たらないです。ごめんなさい」とハンバーグの最後の一切れを口に運びながら言った。

 細かい描写は割愛させて頂くが、僕と会話しながらも彼女はナポリタン・ドリア・ピザ・ハンバーグをたいらげている。

 今の彼女なら日本大食い選手権に出場すれば優勝間違いなしかもしれない。

 まあ、そんな大会があるかどうか分からないけれど。

 他に思い当たることがないんじゃしょうがない、僕はケータイ番号を交換して、とりあえず今日は引き上げることにした。

 詳細は聞いたし、僕にこれ以上出来ることもないからね。

 これで僕のケータイに登録された女性の数は羽美さんを含めて四人になった。

 といっても、そのうち二人は母・妹である・・・つまり家族だ。

 そして残りの二人は宵山小夜と羽美楓だ。

 つまり僕のケータイに登録されている女の子は家族を抜いて実質二人だけ、しかも儀式屋とその依頼人だ・・・はあ、頑張らないとな。

 喫茶店を出て軽く落ち込んでいる僕の足に使い魔のクロが擦り寄り、まるでしっかりしろよと言うようにニャーと鳴いた。

 クロって名前の由来は黒猫の化け猫だったからという超短絡的な理由からなのだけれど、こいつだって日本の化け猫なのだから、ジョセフィーヌとか洋風な名前よりも和風でシンプルなクロって名前を気に入っているに違いない。

 「なっ、そうだろ?」と聞くとクロは再びニャーと鳴いた。

 化け猫になりたてのホヤホヤでレベルの低いクロはまだ言葉を話せないのだけれど、レベルアップすれば喋れるようになるらしい。

 という訳で今のニャーは肯定のニャーで「カッコイイ名前で超気に入っているぜ」的な意味だったのだろうと解釈しておこう。

 そうです、ご都合主義です。

 おっと、くだらないこと言ってないで早く宵山さんが入院している病院に行かなくちゃいけない。

 依頼人である羽美楓さんから話を聞いたらすぐ来いと言われてるんだった。

 それに忘れずにお見舞いの品として梅屋の豆大福を買って行かないといけない。

 この前、買い忘れたが為にテレビのリモコンが僕の額に直撃したのは記憶に新しいところだ・・・というかリモコン投げるなよ!

 「食べ物の恨みは怖いわよ」と言っていたけど僕はお前が怖いよ。

 思わず額を擦りながら僕は梅屋に急いだ。

 梅屋の豆大福は人気があるだけに売切れてしまう可能性も十分あるのだ。

 何とか豆大福をGETした僕は急いで、宵山さんが待つ病院へと向かった。



 病院に着いた時には、辺りは暗くなり始めていた。

 彼女が入院している病院は本来なら五時までしか見舞い出来ないはずなのに、彼女に会うのはOKなのだ。

 宵山小夜・・・一体どんな権力を握ってんだ?

 そもそも、僕と同じ都立高校に通う女子高生でありながら裏では儀式屋を営んでいるなんて今更ながら謎すぎる。

 あの出来事がなければ、彼女が儀式屋をやっていることを知ることもなかっただろう。

 いや、話すことさえもなかったかもしれない。

 とはいえ彼女の名前は知っていた。

 なぜなら宵山小夜は有名人だったからだ。

 彼女と僕は別々のクラスだったが、彼女の噂はよく聞いていた。

 成績優秀・スポーツ万能・容姿端麗・明るく社交的な性格、それゆえに男女問わず人気があった。

 バレンタインデーには女子のみならず男子からもチョコを貰いまくったとか、校内の男子の三人に一人は彼女に告白しフラれているとか、たった一人で不良五十人を屠ったとか、痴漢を何度も捕まえているとか、モテ話から武勇伝まで色々な噂があった。

 まあ、噂はともかくとしても、彼女が人気者であったことには間違いない。

 僕自身、廊下で彼女とすれ違う時はついつい見惚れてしまったぐらいだ。

 つまりだ、夜に宵山小夜の病室に見舞いに行くなんて、他の男子や一部女子に知られたら、僕はフルボッコ確定な訳であり、涙を流してうらやましがられただろうけど、真実を知ってしまった僕は憂鬱だった。

 憂鬱とはいえ行かない訳にはいかない。

 僕は彼女の病室に向かった。

 病室まで辿り着き、ドアをノックしようとした瞬間「どうぞ、入って」と彼女の声がした。

 深呼吸を一回してから病室に入るとベッドの上で上半身だけ起こし、本を読んでいる彼女の姿が見えた。

 いつもと同じく白いTシャツに紺色の短パン姿でベッドの上に座っている。

 相変わらず白いTシャツからブラ紐が透けているが、実はワザというかサービスでやっているらしい。

 以前僕が大きなお世話と思いつつもブラ紐透けの件を指摘したところ「あえてよ、サービスでやってるの。まあ、私の場合は「見せブラ」ならぬ魅惑の「魅せブラ」ってとこかしらね」と返された。

 本当にワザとやっているのか恥ずかしくて意地になっているのか分からないけど僕にとってはちょっと得した気分ではある。

 今の彼女をデジカメで撮って写真にしたら宵山小夜ファンクラブ会員に高値で売れるかもしれない。

 まあ、そんなことしたら純情なファンに僕がフルボッコにされそうなので止めておこう。

 僕が病室に入った来たにも係わらず読書をしたまま、こちらをチラリとも見ずに言った。

 「遅かったわね、早河君。で、どうだった?話は聞けたかしら?」

 「ああ、ちゃんと聞いてきたよ。ところでさっきは何で僕が来たのが分かったんだ?まだドアをノックする前だったのに」

 本をパタンと閉じると、ようやく僕の方を向いて言った。

 「マタイチよ。マタイチに見張りをしてもらっているの」

 彼女がそう言うのと同時に白い猫が僕の前に現れた。

 この白い猫こそが化け猫のマタイチ、宵山小夜の使い魔だ。

 マタイチは僕を見上げると、白く美しい姿とは似つかわしくない渋い声で言った

 「これはこれは、早河の旦那じゃないですかい。今宵も元気そうで何よりでさぁ」

 僕の存在にいち早く気付いていたくせに、まるで今気付いたような言い方をする。

 「こんばんは、マタイチ。相変わらずいい声してるね」

 「お褒めにあずかり光栄でさぁ」と言うとマタイチは笑った。

 マタイチは僕の使い魔のクロと違い人の言葉を話すことが出来るんだけど、それはマタイチが化け猫としてのレベルが高いからだ。

 「それじゃ、あっしは見回りに行ってきやす」と言うと病室を出て行った。

 「これ、おみやげの豆大福」と言って豆大福が入った袋を渡すと彼女はやっと笑みをみせ「さすが早河君。出来る男は違うわね」と言いながら袋から豆大福とお茶を取り出していた。

 彼女は豆大福を三個をあっという間にたいらげ、ペットボトルのお茶を飲んでいる。

 「おいしそうだな。僕も食べたいんだけど・・・」と僕が言うと「あら、それなら自分の分も買ってくればよかったじゃない」と彼女は最後の一個の豆大福に手をつけている。

 「いや、それ僕の分も入っていたんですけどね」

 「ああ、どおりで。頼んだのは二個なのに四個入ってるから、なんでだろうとは思ってたのよね。それなら早く言いなさいよ。四個も食べて太ったらどうすんのよ!」

 食べておいて逆ギレかよ!

 「早河君、私を太らせてどうするつもり?まさか、私を自分好みのポッチャリボディにさせてから襲う気なのね?」

 「確かに女性は少しポッチャリしてる方が魅力的だと思うけど、太らせようなんて計画してないから安心しろ」

 「あら、襲う気なのは否定しないのね」

 「襲う気もねぇ!」

 「本当かしら?怪しいもんだわ」と言いながら最後の一個を食べきり、お茶を飲み干すと彼女は言った。

 「それで、早河君、彼女どうだった?」

 「どうって、綺麗な人だったよ」

 「そういうこと聞いてるんじゃないわよ。彼女の様子はどうだったの?何か見えた?」

 宵山さんに促され、僕は羽美さんから聞いたことや彼女の様子を話した。

 一通り僕の話を聞いた後、宵山さんは言った。

 「それは、ね」

 「えっ、まあ、確かに怖いって言えば怖いよな」

 「いや、そうじゃないの。って妖怪の仕業ってことよ」

 妖怪コワイ?そんな名前の妖怪聞いたことがないけど・・・オカルトの専門家である儀式屋が言うのだから存在はするのだろう。

 「漢字だと狐・武者の者・異界の異で狐者異って書くの。怖いって言葉の由来になったと言われている妖怪よ」

 なっ、あの棒人間が怖いの由来?いやいや正直言って全然、怖くなかったんですけど?気味は悪かったけどね。

 「全然怖くないって顔ね。その怖さは狐者異の本質・特性を知れば分かるわ」

 「特性って、人に憑いて食欲を暴走させるってこと?」

 「そうね、それもあるのだけれど、本当に恐ろしいのは恐怖を増幅するってことよ」

 恐怖の増幅・・・些細なことでさえ恐怖を感じるようになり、もとから怖いと思っていることであれば、さらに激しく強烈に恐怖を感じてしまうようだ。

 羽美楓、彼女が何かに怯えているように見えたのはそのせいだったのか。

 だとしたらそれは怖い!ハンパなく怖い!特に小心者で臆病者の僕が憑かれたらまず間違いなく外を歩けなること必至だ。

 そう考えると待ち合わせに駅前の喫茶店まで来た羽美さんは華奢な見た目とは違い結構タフな人なのかもしれない。

 「些細なことでも恐怖を感じるんじゃ、つらいな」

 そう言う僕に宵山さんは黒く艶のある髪を指でクルクルしながら言った。

 「つらいだけならいいんだけどね。恐怖が最高潮に達したら人間はどうなると思う?」

 恐怖が最高潮に達したら・・・一体どうなってしまうんだろう?

 「分からない?それじゃ教えるわ。それはね、死よ。あまりの恐怖を感じたとき人間は死を選ぶのよ」

 死を選ぶって、自殺するってことか?

 「それじゃ、羽美さんは自ら命を絶つようになってしまうってことなのか?」

 「そうね、最悪の場合はそうなるかもね。話を聞く限りでは、まだ初期段階みたいだからいいけど、最終段階まで行ってしまったら命が危ないわ」

 最終段階に行ってしまったら・・・か。

 「それって、つまり最終段階に行くまでに狐者異って奴を祓えれば彼女を助けられるってことか?」

 「そうね、今のうちに狐者異を彼女から引き剥がせれば助けられる。けど、それには彼女の怖いことを知らないといけないわ」

 「怖いことっていったって、人間なら沢山あるだろ?全部聞き出せばいいのか?」

 いきなり怖いことを聞かせてくれって言ったって、羽美さんも戸惑うだろうな。

 まあ、助かる為と言えば協力してくれるだろうけど。

 「ただ怖いことを聞いても意味ないわ。狐者異がとり憑くきっかけとなったことじゃないと意味がないのよ。それに聞いても話してくれないわよ、きっとね」

 「話してくれない?何でだよ?命がかかってるんだろ?」

 「はあ~」とタメ息をつきながら彼女は言った。

 「まさか、その話を羽美さんにするつもりじゃないでしょうね?そんな話を聞かせたって恐怖心をるだけよ」

 それじゃ、どうしろってんだ?

 「それなら、どうやって聞き出せばいいんだよ?」

 「そうね、信頼を築くしかないわね。だから明日から彼女の側に居なさい」

 「はい?ごめん、何言ってるのか分からないんだけど」

 「だ・か・ら!羽美さんに二十四時間密着しなさいって言ってんの!彼女には私から上味く言っておいてあげるから大丈夫よ」

 「大丈夫って、彼女が大丈夫でも僕がダメだっての。学校はどうすんだよ?」

 「いいじゃない、そんなの。学校なんて休んじゃえばいいのよ。本当なら私が直接彼女の側に居れればいいのだけれど、生憎こんな状態だから無理なのよね」

 「こんな状態だから」のところを強調しながら彼女は言った。

 宵山小夜をこんな状態、つまり怪我人にしたのは間違いなく紛うことなく僕な訳で、そのことを言われると反論のしようもない。

 それに今日初めて会ったとはいえ、羽美さんの命に係わるとなれば、ほっとく訳にもいかないよな。

 「分かったよ」

 「それじゃ違うわね、早河君」

 違う?何を言い出してんだこいつ。

 「違うってなんだよ?意味が分からないぞ」

 「返事が違うのよ。返事はイエス!マイロード!と答えなさい」

 「はっ?今度は何のアニメだよ!」

 入院生活の退屈しのぎにということで、宵山さんにアニメのDVDを貸したのだけれど、それ以来彼女はアニメにはまり、色々なアニメを見まくっているのだ。

 それはそれでいいのだけれど、その影響を如実に受けてそれを僕にまで強要してくるのは勘弁してほしいところだ。

 「人を操る力を持つ主人公が己の野望の為に他人を騙し利用する素敵アニメよ。ああ、そんな力が私も欲しいわ」

 「君にそんな力がなくって良かったよ。神様に感謝したいね」

 はあっとタメ息をつきながら彼女は言った。

 「なにバカなことを言ってるのよ、早河君。私ならその力を有意義に使うわ。世のため人のためにね」

 信じられねぇー、絶対悪用しそう。

 僕の疑いの視線を感じてか彼女は言った。

 「信用してないのね」

 「信用出来ないね」

 「それなら、心を操って無理やり信用させるしかないわね、フフフッ・・・」

 コワッ!怖いことを怖い笑みを浮かべて言うなよ!

 「怖いこと言うな!ってか第一そんな力ないんだろ?実はあるとか言わないよな?」

 「確かにないわ。けど、力を手に入れる方法は知ってるわよ。やらないだけ。かなり危ない方法なのよね。知りたい?」

 危ない方法?知りたいような・・・いや、知らない方が身のためのような気がする。

 というか余計なことを知るって、完全に死亡フラグだろ。

 「いえ、結構です。あっ、もうこんな時間だ。帰らないと」

 「そう、残念ね。教えてあげようと思ったのに。それじゃ、羽美さんのことよろしくね」

 「ああ、分かってるよ」

 「違うでしょ?」

 宵山さんはサッサとやりなさいよといった顔で僕を見ている。

 しょうがない・・・僕は覚悟を決めて大声で叫んだ。

 「イエス!マイロード!」

 ああ、恥ずかしすぎる。

 恥ずかしさに耐えて言った僕に冷静に宵山さんは言った。

 「ここは病院なのよ?しかも夜だし、大声出しちゃダメよ」

 そのとおりでした、ごめんなさい。ああ、恥ずかしすぎるっていうか情けなさすぎる。

 「ごめん・・・気をつけるよ」

 「だ・か・ら、違うでしょ?」

 夜の病室でアニオタ少女にダメ出しされてる僕って一体・・・何だか泣けてきた。

 「イエス、マイロード・・・」

 つぶやくように言うと、僕は病室を後にした。



 次の日、学校をサボった僕は羽美楓さんとの待ち合わせ場所に向かった。

 朝、家族に怪しまれないよう普段と同じように制服を着て家を出てから「風邪をひいたので今日は休みます」と学校にケータイで電話したのだった。

 電話に出た担任からは「あっそう、お大事に」と言われ少しも怪しまれることはなく、これも常日頃真面目に授業を受けているからだろう。

 これでも僕は高校に入ってから無遅刻無欠席の模範学生なのだ・・・といっても成績の方は模範的とは限らないのだけれど。

 サボりに成功した僕は公園のトイレで私服に着替えると待ち合わせ場所に向かった。

 待ち合わせの場所は彼女が通う大学の正門前だ。

 朝、約束どおりの時間に待ち合わせ場所に立っていたが彼女はなかなか現れない。

 どうしたんだろう?まさか、急に段階が進んだとかじゃないよな?

 最悪の事態を想像しながら待っていると、ここの生徒と思しき女性に声をかけられた。

 「あの、もしかして、君は早河薫君かな?」

 「そうですけど・・・僕に何か?」

 声をかけて来た女性は白衣姿にメガネをかけて、いかにも工学部ですって感じだが、両手にはコンビニのレジ袋を持っていた。

 コンビニのレジ袋からは大量の菓子パン・惣菜パン・スナック菓子などが見えている。

 ジャンケンにでも負けて、買出しをさせられてるのかな?

 「実は楓に頼まれて来たのよ。儀式屋の男の子が来るから、自分の代わりに待ち合わせ場所に行って来てほしいって頼まれたのよ。あっ、私は佐藤真紀、羽美楓の友達です」

 自分の代わりにって・・・羽美さんに何かあったのか?

 「羽美さんは大丈夫ですか?」

 「ええ、実験中に具合が悪くなって倒れたの。今は医務室で休んでいるわ。医務室まで案内するからついて来てくれる?」

 「はい、分かりました。あの、よかったら荷物持ちましょうか?」

 「あっ、そう?じゃあ、悪いけど一つ持ってくれる?」

 佐藤さんから袋を受け取り、彼女の後について歩いて行く。

 この人は僕が儀式屋(代理なのだけど)であることを知っているようだけど、羽美さんが言っていた友人か?

 「楓から聞いていたけど、儀式屋が君みたいな高校生だなんて驚きね。あの子に儀式屋に相談するように言ったのは私なのだけど、まさか高校生とは思わなかったわ」

 「そうですか?まあ、僕はまだ助手なんですけどね」

 やはりこの人、佐藤さんが羽美さんの言っていた友人のようだ。

 彼女の後を歩いて実験棟の中にあるという医務室へと向かう。

 そういえば僕、大学のキャンパス内に入るのってこれが初めてだ。

 朝だというのに実験棟の前には複数の学生達が集まり、何やら騒いでいた。

 「実験中に」とか「爆発が」とか所々聞こえてきた。

 どうやら実験中に事故か何かがあったらしい。

 「あの、爆発事故とかあったみたいですけど大丈夫ですか?」

 「ああ、たいしたことないわ。みんな騒ぎ過ぎなのよね。気にしなくて大丈夫だから、ついて来て」

 佐藤さんの後について工業化学科の実験棟に入る。

 羽美さん、佐藤さんの二人は工業化学科なのだ。

 実験棟の一階にある医務室の前まで来ると佐藤さんは言った。

 「早河君、楓の姿を見ても驚かないでくれる?」

 突然そう言われて戸惑っている僕に佐藤さんは続けた。

 「もし驚いて君が大きな声とか出すと、楓が怖がるからさ。お願いね」

 「はい、分かりました」

 医務室に入ると、ベッドが二つ並んでいて、そのうちの一つにまるで繭のように白い毛布に包まった羽美さんの姿が見えた。

 ベッドの上で丸くなり、毛布の中から顔だけ出している。

 その顔は疲れきったようで昨日会った時と比べると別人のようだ。

 か細く震える声で彼女は言った。

 「ほら、買って来たよ」と佐藤さんはコンビニのレジ袋を静かにベッドに置いた。

 やっぱりか・・・佐藤さんが彼女の友達と聞いて、もしやと思ったのだけれど、予想どおり彼女のための食料だったのだ。

 僕も手にしていたレジ袋を彼女を怖がらせないように、そっとベッドに置く。

 羽美さんはレジ袋からパンやお菓子を取り出し、がむしゃらに食べ始めた。

 その様子は凄まじく、まるで飢えた獣の如く貪り、あっという間に全てを食べ尽くした。

 余程お腹が空いていたのか、この前見た食べっぷりをはるかに上回る食べっぷりである。

 「楓、落ち着いた?」

 「うん、落ち着いたよ。ありがとうね」

 落ち着いた羽美さんは佐藤さんからミネラルウォーターを受け取るとゴクゴクと飲み干し、大きくタメ息をついた。

 コンビニのレジ袋二つ分のパンや菓子を食べた彼女のお腹は妊婦のように膨れているにも係わらず、腕は昨日より細くなって見える。

 素人の僕が見ても火を見るより明らかだった。

 間違いなく悪化している・・・しかも急激に。

 昨日、僕と別れた後、彼女の身に何かがあったのだ。

 さらに痩せた羽身さんと反比例するように彼女の横に立つ狐者異の身長が伸びている。

 昨日初めて見た時は僕と同じくらいの高さだったのに今では僕を見下ろしていた。

 こいつが、彼女の異常食欲の原因であり彼女が太らない・・いや、太れない原因なのだ。

 いくら沢山食べようと、こいつが彼女の生体エネルギーを吸収し続ける限り、彼女は衰弱し続ける。

 こいつのせいで彼女の生活はメチャクチャになり、体はボロボロになり命さえも危険な状態になっているのだ。

 羽美さんから生体エネルギーを吸い取り大きくなった狐者異は不気味にユラユラと揺れている。

 僕の横にピッタリとついている使い魔のクロは牙を剥き出しにして威嚇している。

 僕も歯を剥き出しにして威嚇してやりたいところだ。

 「楓、私と早河君はちょっと外行って来るから、ここで休んでてね」

 佐藤さんがそう言うと彼女は毛布に包まったまま小さく頷いた。

 「それじゃ、早河君行こう」

 佐藤さんに促され医務室を後にした。

 医務室を出ると佐藤さんが言った。

 「さっき実験中に事故があったのかって聞いたよね?その事故現場に居たのよ、私と楓もね」

 事故現場に彼女は居たのか・・・彼女の状態が悪化したのはそのせいか?

 狐者異のせいで恐怖心が増幅されている彼女にとっては、たとえ小さな事故であってもその恐怖は絶大なものになってしまうのかもしれない。

 「羽美さんがあんな風になったのは、その事故のせいってことですか?」

 僕が聞くと佐藤さんは首を横に振り言った。

 「違うの、事故が起る少し前なのよ。楓が突然おかしくなって、それから事故がおこったのよ・・・」

 彼女の様子がおかしくなってから事故が起った・・・まさか羽美さん、いや狐者異の仕業なのか?

 「あの、その事故の原因ってなんだったんですか?」

 「それが・・・調べたんだけど分からないの。表向きは分析装置が爆発したってことになってるんだけど、違うの。色々調べたけど機械類に異常はなかったのよ。壊れ方もおかしいし」

 考えたくはないけど、事故の原因は羽美さんなのかもしれない。

 佐藤さんも直接口にはしないけれど、関係あると思っているから事故のことを僕に喋ったのだろう。

 しかし、狐者異がやったのだとすればかなりマズイ。

 羽美さんの生体エネルギーを大量に搾取した狐者異は現実に物質破壊を行えるほどに力を増しているってことだ。

 「あの、彼女の様子がおかしくなった時、どんな状況だったんですか?」

 「どんなって・・・実験室で私は院生の田宮って先輩と・・・その、話してたの。そしたらそこに楓が入って来て、急に悲鳴を上げておかしくなって・・・」

 「へっ?それだけですか?他に何か変なこと、なかったですか?」

 「特になかったと思うわ」

 特になし・・・か、いや本当にそうなのだろうか?

 佐藤さんには怖くなくても、羽美さんにとっては怖いことなのかもしれない。

 「佐藤さん、その事故が起った実験室に行ってもいいですか?」

 「ええ、大丈夫よ。それじゃ、ついて来て」

 佐藤さんに案内され実験室に向かう。

 実験室のドアには「立ち入り禁止」と書かれた紙が貼ってあったが、佐藤さんは構わずに入って行く。

 彼女に続いて実験室に入ると、床に散らばっているガラス片を男が一人で片付けをしていた。

 彼の横には無残に壊れた機械があるが、まるで巨人による空手チョップでもくらったかのように真っ二つになっていて、壊れ方がおかしいと言っていたのも頷ける。

 「真紀、楓は大丈夫か?」と片付けをしていた男が佐藤さんに声をかけた。

 「ええ、大丈夫ですよ、田宮先輩。今は少し落ち着いています」

 田宮先輩?もしかしてこの人が実験室で佐藤さんと会話してたっていう先輩か?

 「そうか、よかった。で、その子は誰かな?」と僕を見て彼は言った。

 「ああ、えーっと、この子は・・・その、楓の従兄弟なんです。今日は楓に会いに来たんですけど・・・」

 とっさについた佐藤さんの嘘に乗っかって僕は挨拶をした。

 「初めまして、僕は楓姉さんの従兄弟の早河って言います」

 「そうか、それは大変だったね。せっかく来たのに・・・もう楓には会ったかい?」

 「はい、さっき会いました。少し様子がおかしかったですけど」

 彼は、そう言う僕の肩に手を回してポンポン叩いた。

 僕を気遣ってくれているのだろう。

 「あの、楓姉さんがあんな風になってしまったことに何か心当たりありませんか?」

 「いや、今朝、ああなる前に一度会ってるんだけど、その時には何ともなかったな。まあ、最近落ち着きがないっていうか、何かに怯えてるような感じはあったけど、あそこまでじゃなかった」

 おかしくなる前に一度会っているのか・・・もしかしたらこの先輩が羽美さんにとっての怖いことかと思ったけど違うようだ。

 じゃあ、一体何なんだ?

 彼女はこの実験室に入って、強い恐怖を感じたはずなのだけれど、見回しても壊れた機械やビーカーにフラスコ、試験管などのガラス器具があるだけだ。

 この実験室を使って研究していた彼女にとっては見慣れたありふれた風景でしかないはずなのだ。

 ここの何処に恐怖を感じたんだ?

 狐者異がとり憑いた原因となった怖いモノってやつを特定しないと狐者異を祓うことは出来ないと宵山さんは言っていたし、僕は今日そのためにここに来たのに・・・。

 このままじゃ、羽美さんがとり殺されてしまう。

 チクショウ、どうすりゃいいんだ?

 あー、ダメだ、落ち着け僕。とりあえず、宵山さんに連絡しよう。

 「あの、佐藤さん。僕、ちょっと電話して来ます」と告げると僕は実験室を後にした。

 実験室を出ると、人気のない場所に行き宵山さんが入院している病院に電話をかけた。

 もちろん彼女のケータイ番号は知ってるのだけれど、病院内では常にケータイの電源を切っているのだ。

 病院に電話すると宵山さんに折り返し電話してくれるよう伝えてくれとお願いし電話を切った。

 ああ、早く電話して来てくれよ!と祈るようにケータイを握り締めているとすぐにケータイが震えて着信を知らせる。

 来た!宵山さんのケータイからだった。

 「もしもし、宵山さん?」

 「ええ、何かあったの?」

 僕は今日起ったことを彼女に説明した。

 僕の説明を聞いた後、彼女は言った。

 「確認したいんだけど、羽美さんは失恋したって言っていたのよね?」

 「ああ、そうだよ」

 「それで、実験室に佐藤さんとその田宮って先輩が二人で居るところに羽美さんは入って来ておかしくなった・・・でいいのね?」

 「ああ、それで間違いない」

 「そう、分かったわ。それじゃ、一刻も早く、儀式を行うしかないわね」

 「儀式を行うって、狐者異が憑く原因になった怖いモノが分からないと儀式は出来ないって言ってなかった?」

 「話を聞いて大体は分かったわ。羽美さんの怖いモノがね」

 分かったって、この場にいる僕ですら見当もつかないのに?

 さすがプロの儀式屋、宵山小夜って感じだ。

 「それじゃ、僕はどうしたらいい?」

 「早河君に渡しておいた紙、持ってるわよね?」

 僕は愛用のメッセンジャーバッグから折り畳まれた紙を取り出した。

 その紙を開くと奇妙な図形と文字が描いてあった。

 「持ってるけど、この図形は何なんだ?」

 「そうね、それは儀式を行うための必要な陣よ。それを何処か地面に描いてほしいの。儀式用チョーク渡したでしょ?それを使って。あと、文字とか絶対に間違えないでね。間違えると儀式は失敗だから」

 「分かった。どんな場所がいいんだ?」

 「そうね、出来るだけ人気がない場所がいいわね。私はこれからそっちに行くからそれまでには終わらせておいて。あとコレ重要なんだけど、羽美さん・佐藤さん・田宮さんの三人を絶対に三人揃って会わせないようにして」

 そう言うと、宵山さんは電話を切った。

 三人を会わせないようにって言ってたけど、こうしてる間に会ってしまったら大変だ。

 僕は急いで医務室に行った。

 医務室には羽美さんと佐藤さんが居た。

 佐藤さんを医務室から連れ出し、事情を説明し、広くて人気のない場所がないか聞いた。

 「それなら、ここの屋上じゃ、ダメかしら?」

 「いいと思います」

 「それじゃ、屋上の鍵を借りてくるからちょっと待ってて」

 そう言うと、佐藤さんは駆け出して行った。

 医務室の前で待っていると、早くも鍵を持って来てくれた。

 「ありがとうございます。それじゃ、僕は屋上に行って来ますんで、羽美さんのことよろしくお願いします」

 「ええ、分かったわ。私達三人が三人揃って顔を会わせなければいいのね?」

 「そうです、お願いしますね」

 そう言うと、僕は屋上に急いだ。

 屋上に着くと、宵山さんから渡されていたチョークと紙を取り出す。

 紙を広げ、そこに描かれている図形と文字を屋上の床に描かなくてはいけないのだ。

 その図形とは三角形の各頂点に円があり、三角形の中心にも円が描かれている。

 合計四つの円の周りと中心には、それぞれミミズが這ったような文字が書かれている。

 よし、こいつを描きゃいいんだな。

 チョークで落書きなんて小学生の時以来だ。

 描き始めて三十分くらいたってから、ケータイが震えて着信を知らせる。

 ケータイの画面を見ると宵山小夜と表示されている。

 大学に着いたら電話するって言っていたけど、もう着いたのか。

 「はい。もしもし、宵山さん?」

 「ええ、私よ。今大学の前まで来てるわ。準備は整った?」

 「ああ、もう終すぐわるよ」

 「そう、それじゃそこに行くから場所を教えて」

 「第一実験棟の屋上に居るよ。迎えに行かなくて大丈夫か?」

 「マタイチがいるから大丈夫よ。それじゃ行くから、陣を完成させといてね」

 そう言うと宵山さんは電話を切った。

 電話の後、陣を完成させると、屋上に若い男におんぶされながら宵山さんがやって来た。

 その男、歳は二十代前半くらい、切れ長の目に黒色の長髪、紺色の作務衣に足袋を履き、若き陶芸家のようだ。

 彼は僕を見ると爽やかな笑顔を浮かべて言った。

 「早河の旦那、相変わらず元気そうでなによりでさぁ」と見た目とは反対に渋い声で喋るこの男、実は人間じゃない。

 彼は宵山小夜の使い魔であり、化け猫マタイチの変化した姿なのだ。

 「こんにちは、マタイチ。相変わらずいい声してるね」

 「お褒めにあずかり光栄でさぁ」と言うと男前バージョンのマタイチは笑った。

 「二人とも、お約束の挨拶交わしてないで、さっさと儀式を始めるわよ」

 そう言うと宵山さんはマタイチから降りて松葉杖を突いている。

 さすがに病室に居る時と違いTシャツ・短パンではなく灰色のキャスケットを被り、赤いポロシャツにカーキ色のカーゴパンツを履いていた。

 制服姿と部屋着姿しか見たことなかったけど、ボーイッシュな格好もなかなか可愛い。

 「何ボケッとしてるのよ、早く佐藤さんと先輩を連れて来なさい。その間に私はあなたが描いた陣のチェックをしとくから」

 宵山さんの指示に従い、僕は二人を屋上へと連れ出した。

 そして指示に従い三角陣の頂点にある円の中に佐藤さんと田宮さんの二人を立たせる。

 「一体何の冗談だ?」と当然の質問をする田宮さんを佐藤さんが羽美さんためだと何とか説得してくれた。

 そして最後に医務室から羽美さんを連れ出す。

 怯える羽美さんに目隠しをして連れ出すのだが、これがかなり時間が掛かった。

 時間を掛けてゆっくりと階段を上り、何とか屋上まで連れて来ると、三角陣の中心に彼女を座らせる。

 そして三角形の頂点にある残り二つの円それぞれに宵山さんと僕がたった。

 「それでは、狐者異を祓う儀式を行います。羽美さん、目隠しを取って下さい」

 宵山さんの言葉に従い恐る恐る彼女は目隠しを取った。

 彼女の真正面には佐藤さんと先輩が寄り添うように立っている。

 二人が立つには円が小さすぎるためだ。

 寄り添う二人の姿を見た瞬間、羽美さんが悲鳴を上げた。

 まるで、ものすごく怖いホラー映画を見ているように悲鳴を上げ頭を押さえている。

 何なんだ?一体何が怖いって言うんだ?

 羽美さんの悲鳴と呼応するように狐者異がさらに大きくなり、暴れだした。

 腕を振り回し、屋上の床にヒビが入り、フェンスは飴細工のようにグニャリと曲がる。

 「マタイチ、狐者異を押さえて!」

 男前バージョンだったマタイチは瞬時に大きな化け猫に変わり、狐者異に飛び掛った。

 コンクリートにヒビを入れるほどのパワーを持つ狐者異だったが、化け猫の本性を現したマタイチに簡単に押さえつけられた。

 さすが、マタイチだ。

 かつて、マタイチは化け猫の王と呼ばれていたらしいが、それも頷けるほどの圧倒的な力だ。

 マタイチが狐者異を押さえ込むと宵山さんは言った。

 「羽美さん、何がそんなに怖いの?言って」

 「イヤだ、イヤだ、イヤだぁーーーーーーーー!」

 イヤだと叫びながら、羽美さんは激しく首を振っている。

 「ねえ、羽美さん。あなた、あそこに居る彼のことが好きなのよね?」

 宵山さんが田宮さんを指差し言った。

 その言葉に羽美さんは小さく頷いた。

 一ヶ月前に失恋したって言ってたけど、その相手が先輩の田宮さんだったのか・・・。

 「けど、彼には他に好きな人がいた。そして、それはあなたが良く知る人・・・あなたの親友、佐藤さんだった。そうよね?」

 羽美さんは小さく頷く。

 「それを知った時、あなたの心に恐ろしい感情が芽生えた。けど、あなたはそれに気付かないフリをしていた。そうよね?」

 その質問には反応せず羽美さんは下を向いたままじっとしているが、構わず宵山さんは続けた。

 「あなたは、二人が影で付き合っていることと、自分の中にある感情に気付かないフリをしてきた。それなのに今日、実験室に居る二人を見てしまった。その時、隠していた感情がムクムク沸き起こってきた」

 「違う、違う、違う!」

 否定する羽美さんを無視して、宵山さんは続けた。

 「違わないわ。だって、あなたの気持ちを知っていたクセに影でコソコソとやってたのよ?親友づらして、あなたのことを騙してたのよ?そりゃ、憎いわよね?」

 「違う、そんなこと・・・思ってない」

 「嘘ついてないで、本当のこと言ったらどう?憎いんでしょ?死んじゃえばいいって思ったんでしょ?」

 「やめて!どうして、そんなこと言うの?お願いだからやめて!」

 羽美さんは涙を滲ませながら、懇願するようにいった。

 彼女を助けるはずなのに、追い詰めてどうすんだよ!

 「おい、どういうつもりだよ!彼女は依頼人だろ?助けるんじゃないのかよ!」

 「助手は黙ってなさい。やめないわよ、本心を言ってくれるまではね。ねえ、憎いんでしょ?」

 「ちっ、違う・・・違うの・・・私は、私は・・・」

 「私は何?本当のことを言いなさい!」

 「私は・・・真紀が憎い・・・先輩が憎い・・・死ねって思うほど憎い・・・そんなこと思う自分が・・・怖い」

 自分が怖い・・・彼女の怖いモノって自分自身だったのか。

 普段は抑えていた気付かないフリをしていた嫉妬心、それが今朝、実験室で二人の仲を見てしまったがために抑えきれなくなってしまったのか。

 そして、そんな自分の中の恐ろしい感情に強く恐怖した・・・それが狐者異にとり憑かれた原因だったのだ。

 羽美さんと狐者異の間に赤い糸が現れた。

 次の瞬間、宵山さんが呪文を呟くと僕の周りが光始め、僕の頭上に巨大な左手が現れた。

 その手には出刃包丁のような物が握られている。

 巨大な左手は赤い糸目掛けて、出刃包丁を振り落とした。

 すると赤い糸は真っ二つになり狐者異は叫び声を上げ、羽美さんはその場に横たわった。

 赤い糸を真っ二つにすると巨大な左手は消えた。

 「分離完了よ、マタイチ食べちゃって」

 宵山さんの指示を受けて巨大化け猫バージョンのマタイチは頭から狐者異を丸呑みしてしまった。

 「はい、無事終了です。お疲れ様でした」

 そっけなく、そしてあっけなく宵山さんはそう言い放った。




 僕と男前バージョンのマタイチですっかり腰を抜かしてしまった羽美さんと佐藤さんを医務室へと連れて行った。

 二人の先輩であり二人を弄んだダメ男、田宮さんはいつの間にか姿を消していた。

 二人を弄んだ・・・そう、ことの真相はこうだ。

 田宮さんは・・・いや田宮の野郎は羽美さん・佐藤さんの両方と付き合っていたのだ。

 しかし、羽美さんは二股をかけられていたことに気付いて、田宮さんと別れた。

 羽美さんが言っていた「失恋した」とはこのことだったのだ。

 そして、佐藤さんに嫉妬し、そんな自分に恐怖し狐者異にとり憑かれてしまう。

 その後、異変を感じ儀式屋に相談、僕が代理として派遣される。

 僕と会った次の日、羽美さんは実験室で佐藤さん・田宮の野郎二人の会話を聞いてしまう。

 「本当に楓とは別れたのね?」

 「ああ、向こうから別れを切り出して来た」

 という会話をしていたらしい。

 つまり、佐藤さんも二股をかけられていることを知っていて、羽美さんと別れるようにように田宮の野郎に言っていた。

 友達に遠慮して身を引いた羽美さんとしては、裏切られた気分だった訳で、そこで一気に憎しみが募り、殺意を抱いた。

 そして、友人とかつての恋人に対して殺意を抱いた自分自身に強い恐怖を感じ、狐者異が暴走、実験装置破壊、羽美さんの状態が悪化というのが一連の流れなのだけれど。

 「それにしても僕の話を聞いただけで、よく分かったな」

 いつもの病室、宵山小夜の病室に戻って来た僕はベッドに座っている彼女に言った。

 「何が?」

 「何がって、あの三人の関係とかだよ。僕は直に会っているのに全然気付かなかったよ」

 「そうね、一言で言うなら勘ね。女の勘よ」

 「女の勘ねぇ」

 「そうよ、ピーンときたわ。男一人に女二人、これはもう恋の三角関係に違いないって、そう思った訳よ」

 何が女の勘だよ!

 それは勘じゃなくて、ワイドショー的勘ぐりだ!

 「まったく、間違ってたらどうする気だったんだ?」

 「そうねぇ、その時はその時よ」

 「行き当たりばったりかよ!だいたい、彼女達をあのままにして良かったのか?」

 僕と人間モードのマタイチで羽美さんと佐藤さん二人を医務室に運んだ後、そのまま僕達は帰って来たのだった。

 「良いも何も、本人達がそっとしてくれって言ってる訳だし、私達が首を突っ込む話じゃないわ」

 「確かにそうだけどさ、あの後あの二人は絶対、喧嘩してるぞ」

 「そうね、喧嘩出来るなら、まだマシよね。そもそも最初からぶつかり合ってれば、こんな面倒なことにはならなかったでしょうね」

 「そういうものかねぇ。まあ、僕としてはさっぱり理解できないけどね」

 「理解できないって何が?」

 「何がって、そんなことで人を殺そうと思うなんて理解できないね。それに佐藤さんだって二股かけられてるの知ってたなら、田宮の野郎なんかとは、さっさと別れりゃいいのに」

 「そうね、早河君って人を好きになったことってないでしょ?」

 「いやいや、僕だって人を好きになったことぐらいあるぞ」

 「あっ、近所のお姉さんとか幼稚園の先生とかそういうのはダメよ?」

 えっ、えーと、それダメだとないかも・・・。

 「その様子だと、なさそうね。早河君ってそんな感じするわ」

 何か凄くバカにされてる気がする。

 「そう言うお前はあるのかよ!」

 「お前?今、お前って言った?」

 「いや・・・宵山さんはあるの?」

 「宵山さん?」

 「失礼しました。宵山様はあるので御座いましょうか?」

 「さあ、どうかしらね?秘密よ」

 「言い直させといて、秘密かよ!」

 「私のことはともかく、他に聞きたいことはないの?」

 「そうだ、あの巨大な左手と出刃包丁は何?」

 「ああ、あれは閻魔の小太刀よ」

 「えんま?」

 「閻魔大王のことよ。そもそも、早河君に描いてもらった陣は閻魔の小太刀を召喚するための召喚陣なの。閻魔の小太刀には悪しき繋がりを断つ力があるわ。今回の場合は狐者異と羽美さんとの繋がりを断ち切ったのよ」

 「繋がりって、あの赤い糸が?」

 「そうよ。そのために羽美さんには繋がりとなった怖いモノを言ってもらう必要があったのよ。可哀想なことをしたけれど、そうしないと赤い糸を出現させられないからね」

 「なるほどねぇ、それじゃ、その閻魔の小太刀が出てから凄い疲労感があるのはどうして?」

 「ああ、それはね、早河君の役割が依り代と贄だったからよ」

 やっぱりか・・・どうせそんなことだろうとは思ったけどね。

 タメ息をつく僕に彼女は言った。

 「しょうがないわね。ご褒美をあげるわ。マタイチ、アレ出して」

 宵山さんの言葉にベッドの下で丸くなっていた猫バージョンのマタイチは起き上がると、口から黒いビー玉のようなものを吐き出した。

 「褒美ってコレ?」

 「そうよ、それは狐者異の魂なの。それあげるからクロちゃんに食べさせてあげて」

 クロってのは僕の使い魔で、今も僕の足に引っ付いているんだけど、こいつにこんな物食べさせて大丈夫なのか?

 僕は黒いビー玉のような狐者異の魂を拾い上げ言った。

 「こんな物食べさせて大丈夫か?」

 「大丈夫よ。大丈夫などころか、レベルアップ出来るわよ」

 「レベルアップ?」

 「妖怪は自分より強い妖怪や人間の魂を食べることでレベルアップすることが出来るのよ。マタイチが食べてもたいして意味ないから、あげるわ」

 魂食べてレベルアップって、まるでモンスター育成ゲームみたいな設定だな。

 クロにやると美味そうに食べた。

 おっ、これでクロもレベルアップか!と思い見ていたがニャーと鳴くばかりで変化がない。

 「そんな直ぐに変化しないわよ。それより、私もお腹すいたわ」

 「へー、そうなんだ」

 何か嫌な予感がする。

 「早河君、あんみつ買って来て。福豆庵のあんみつよ」

 「何で僕が買って来なきゃいけないんだ?」

 「自分で買いに行きたいのだけれど、怪我してるから難しいのよねぇ」

 それを言われると何にも言えねぇ。

 「分かった、分かりました。買ってくるよ」

 僕が買いに行こうとすると引き止められた。

 「違うでしょ?」

 「違う?違うって何がだよ」

 「返事よ。返事が違うわ」

 そう言われて思い出した。

 ああ、アレか・・・恥を忍び涙を堪え僕は叫んだ。

 「イエス!マイロード!」

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