表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
blind  作者: けら をばな
3/4

三、夢の終り

 アレスは目を覚ました。ごたごた続きで睡眠不足なのに、眠りが浅かった。窓から外を見た。まだ朝日は上っていないものの、東の空は桔梗色に染まっていた。ふう、と何を考えるのでも無しに一息ついた。扉がこんこんと叩かれた。

「アレス、アレス、……起きているの? アレス……」

 ナレスの声だった。アレスは何事かと不安に急きたてられながら扉を開けた。

「ナレス、こんな時間にどうしたっていうんだ。」

 見ると、ナレスの顔は青白く、酷く悪い。びっくりして咄嗟に肩を抱いた。

「ナレス、駄目だ。起きてちゃ駄目だ。かなり調子が悪そうだよ。直ぐに寝ておいで、ね。一緒に行くから。今すぐお医者様も呼んで来る」

「アレス、駄目よ、アレス。終わってしまう。全部終わってしまう……」

 ナレスの目にはいっぱい涙がたまっている。更に驚愕するアレス。

「どうしたっていうんだ。どこか痛むのかい? とにかく、何が何でも寝ていなきゃ駄目だ」

 ナレスはしかし、その言葉を聞いていないかのように、アレスにしがみついて、涙をとめどなく落とし続けた。

「終わってしまうわ。何もかも。夢も(うつつ)も、全部。終わってしまうの、あなたも私も……」

「終わってしまうって、どうしたっていうんだ。終わりはしない、何も終わりはしないよ。いいから、ね。寝ておいで、お願いだから」

 どうしたらいいか分からず、とにかく子供をなだめるように言い聞かせたが、どうもナレスの耳には届いていないらしい。うわ言のように『終わってしまう』と言い続けている。

「アレス、教会よ、教会に行って」

「教会……?」

 アレスを襲う胸騒ぎ。……まさか、――

「分かった、教会へ行く。直ぐに行くから。ナレス、いいから、部屋で寝ておいで、ね。僕に任せて」

「終わってしまう。本当に、全部終わってしまう」

 ナレスは床に崩れ落ちた。


「ん、待て、そこの者止まれ。こんな時間に何用だ」

 教会前の兵士は此方に向かって来る一人の男を呼び止めた。しかしその男は足を止める気配が無い。

「止まれ。……ん? またお前か。いいから止まれ。おい、待てと……!?」

 兵士は戦慄した。その男の目は黄金に輝き、禍々しい黒紫の光が身体を包んでいる。

「どいてもらおう。通さぬと言うのならば、力ずくにでも通らせてもらう」

「丸腰で、その様な戯言を。……いいから止まれと」

 男は、兵士の鎧の上から腹に拳を叩きつけた。すると、いとも簡単に、男の腕は兵士の身体を突き破ってしまった。

「が、……は、……」

「……はは、なんだ。凄いなコレ。思った以上だ」

 男は他人事のように感心している。兵士を後ろにぽんと放り投げた。重たい鎧を装備した兵士は、容易く宙に浮かび、地面にがしゃんと叩きつけられた。兵士は息絶えている。

 その光景を見ていた他の兵士がひるむ。その者たちに向かって、その男は声高に、

「お前らはこの中に何があるか知らない。どうせ雇われだろう。止めておけ。僕を素直に通せ」

「こ奴め、賊か、『いかれ』か分からぬが、覚悟せい!」

 別の兵士が剣を抜き男に襲いかかった。男はひらりとかわした。そして手の甲で兵士の頭を払った。すると途端に兵士の頭は兜ごと吹き飛んだ。剣がからんからんと地面に落ちた。

「はは。……うーん、ごめんね。殺すつもりはないんだけどな。制御できそうにないや」

 男はにっこりと笑った。他の兵士達は一斉に騒ぎ立てた。

「うろたえるな!」

 その中の、他より派手な鎧を具した兵士が叫んだ。

「出会え出会え! 全ての兵を起こせ! 槍を持て! 世に轟く帝都ロマティが兵の、丸腰の賊に怯んだとなれば末代までの恥辱となるべしや、鋭鋒なる矛を敵に穿ち突き刺せ!」

 四人の兵士が今度は槍を持って男に襲いかかった。

「そっか、そうだね。丸腰に殺されたとなったら都合(バツ)が悪いか」

 男は先ほどの兵士が持っていた剣を拾った。繰り出される槍に向かってさっと剣を振った。

 すると槍はいとも簡単に切断された。

 兵士は驚くも、槍を捨て、いち早く腰の剣を抜き構えた。しかし既に一人の兵士は首と身体とが離れていた。兵士は男を見た。その手に持つ剣までもが、禍々しい光に覆われている。

「クッ、おのれ!」

 三人に減った兵士が同時に男に剣を振りかざす。後ろに飛びのきながら剣を下から振り上げる。すると、剣の間合いよりも離れている筈なのに、一人の兵は腰から肩まで鎧ごと真っ二つに切られた。切られた側も、他の兵士も何をされたか理解できない。

「あは、本当にすごいや。何でも出来ちゃう」

 と切った側も驚きながら、笑っている。がくがくと震える二人の兵士。

 構わず男は剣をすっと軽く横一線に薙ぎ払った。二人の兵士は、同時に鎧ごと腹を真っ二つにされた。どさりと地に落ちる。

「ああ、別に切る必要はなかったかな。まあ、いっか。」

構わず男は教会に向かった。外には先ほど威勢よく鬨の声をあげた兵士しか残っていない。

「おのれ悪魔め!」

 最後の一人となった兵士は、剣を抜いた。

「悪魔? 僕が? ……そっか、悪魔か」

 男は累々の死体を見た。

「そうだな、これは。確かに悪魔の所業でしか無いや」

 兵士は男が言い終わるや否や剣を構え躍りかかった。しかし、二、三歩行った所で、頭から足まで真っ二つに割れた。既に男の剣は振り下ろされていた。

「なんともな。つい先日まで神だ何だと言っていた僕が、このザマさ。嘘みたいだ」

 男は教会の内へ入った。


「スウバ、君を、助けに来たよ」

「すと、……らあで?」

 その男、ストラーデは、少女の前まで来た。ストラーデは法陣へ足を踏み入れた。少女は不安げにストラーデの姿を見た。ストラーデの拳は、持っている剣は、血に赤々と染まっている。

「怖がらないで。僕は君を助けに来たんだ」

 ストラーデはにっこりと微笑みながら、少女を拘束する鎖に剣を突き刺した。巻きついている輪っかも力ずくで壊した。

「嫌だったろう、苦しかったろう」

 ストラーデは少女の足を、先ほどまで鉄に支配されていた足をさすった。そして夢と同じように、両の膝を地に付き、足先に口付けた。

「ストラーデ様! ……あなたは、あなたって人はッ!!」

 アレスが、兵士を引き連れて降りて来た。ストラーデは立ち上がり、アレスを見下した。

「アレスさん、どうか引いてくれ。僕はあなただけは殺したくない」

「どうして、……どうしてこんなことを!」

 ストラーデは少女を見た。少女は戸惑いながらも、自分の足を不思議そうにさすっている。

「良かったね。でも、もう少し待ってね」

 ストラーデは少女の頭を撫で、そしてまたアレスに対峙した。

「スウバを助けたい。それだけだ」

「その御方が。……その御方が居なくなったらどうなるか、分かっているでしょう!」

「アレスさん、この街は大丈夫だよ。あなた達はやっていける。生きる方法など、いくらでもある。やっていけるさ」

「そんな、そんなこと……」

「やっていくしかないんだよ。そうだろう。こんな少女を犠牲にした繁栄なんて、間違っているさ。そう思うだろう。アレスさん、あなただって、この街の伝承なんか信じちゃいないだろう。この子はね、捕えられたんだよ。ヨンドルとかいう魔術師に」

「そんな、そんなこと、……そうだとしても、それでも妻は、……その子がいなければ妻は生きて行けない……!!」

「それでも、生きて行くしか無いさ。……生きて行けなきゃ、運命だと思って諦めるんだな」

「ストラーデ……ストラーデ、貴様!」

 かっと目を見開き、ストラーデを見た。アレスの視線が、はっきりと敵意に変じた。対してストラーデは、寂しげにアレスをただじっと見つめ返している。

「アレス、あんたは妻を助けたい。そして僕はこの子を、スウバを助けたい。そういうことだ。どうやら僕とあんたは同じなんだ。そして何より、二人同時には助けられない。……でも、力は僕にある。助かるのは、スウバだ」

 ストラーデは剣を投げ捨てた。そして、拳を天にかざし、歯を食いしばり、めいっぱい握り締め、地面に、法陣をめがけて思いっきり叩きつけた。

 地面が割れた。閃光を放って、法陣が崩れた。……すると、地面が突如隆起しだした。天井が割れた。何人かの兵がその下敷きになった。アレスは怒りに震えている。

「皆ども、かかれ!」

 アレスは目を見開き力いっぱい叫んだ。兵士らが、隆起する地面に、落ちて迫りくる天井に構わず、熱り立ってストラーデに向かった。ストラーデは少女を胸に抱いた。ストラーデは落ちてくる天井に拳をつき立てながら、剣を拾い向かって来る兵士を撫で切りにした。

「ストラーデ!」

 アレスは叫びながら剣を振りかざた。ストラーデはその腹に、さっくりと剣をつき立てた。

「く……どうして……!! こんな……こんな事が……!! ナレス……ああ、ナレス……」

 アレスの目から大粒の涙が零れ落ちた。

「……さよなら、アレス」

 ストラーデは剣を引きぬいた。どさっとアレスの身体は地に落ちた。

 同時に地面の隆起はおさまった。どうやら元の高さまで戻ったようだ。ストラーデはアレスの顔を見た。悔しそうな、恨めしそうな死に顔を晒している。

「アレス、こうするしか無かったんだ。こうするべきだったんだ」

教会の外でぱちぱちと手を叩く音がした。老人がこちらを見て口元だけで笑っていた。

「どうやら首尾よくいったようでございますね!! おめでとうございます!!」

 老人の声が、以前より明らかに若くなっていた。明瞭で快活な声だった。

 不図、助け出した少女がストラーデから離れ立ち上がった。少女は来ていた服をするすると脱いで床に落とし、白い翼を背中から出した。

 すると辺りに一陣の風が起こり、教会が吹き飛んでしまった。

少女は空に昇った。

 翼は朝日を吸い紅く染まり、褐色の肌は光を受け、てらてらと輝いていた。この世のものと思えぬほど、美しかった。

少女が手を天にかざした。

 ストラーデは天を仰ぎ見た。空に、幾つも星のような小さな光が現れた。次の瞬間無数の大きな色々の光の柱が街の至る所に落ちて来た。柱に叩きつけられる家々、何事かと街中が大混乱になる。人が、建物が、その下敷きになった。騒ぐ声がする、泣く声がする。

「こ、これは一体……」

 その光の柱が一斉に、更に虹色に光り輝き出した。するとどうであろうか、街全体の景色が変じて、ことごとく灰に染まった。灰に染まったというより、色を抜かれたようであった。

 美しかった風景も、装飾も、人も宝石も水も、一斉に同様の灰になった。

その中でストラーデは唖然と一人立ち尽くした。

 街の景色を飲みつくすと、次第に光の柱は消えてなくなった。

 老人の方を見た。しかしそこに老人の姿は無かった。突如、ストラーデの上半身は、竜に噛み砕かれた。途端に、身体は粉々の砂となった。辺りに飛び散った血も直ぐに砂に変じた。

 竜は飛翔し、スウバに近づいた。

「……スウバ様。雷に打たれ我が背に乗せし貴方様を落とし、この三十年(みそとせ)(かん)、助け出す事、(あたわ)ず……。どうかなんなりと御処罰ください」

「ルベス、ストラーデは殺してしまったの?」

「はい。力の有る者故、生かしておいては後々厄介でございますが故。……ならなかったで御座いましょうか?」

「ううん。ちょっと、かわいそうかなって、思っちゃって。それだけ」

 スウバは教会のあった場所を見下ろし、次いで天を仰いだ。

「行こう」

 少女と竜は天に昇り、壊滅した街を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ