不透明な道筋
「研究体Dの捕獲に失敗した……だと!?」
「……申し訳ございません」
どこかの暗い部屋の中。
誰かが怒鳴る声が聞こえる。
「何を考えてるんだ貴様等は! よりによって部下の不手際で対象を逃がすなど……!」
「……部下の不手際で、とは申しますが。あなた様が連れてきたイグナーツ=アクスが私の部下の命令を無視して対象と接触したことでして」
「……ぐ…………! と、とにかくだ! なんとしてでもあれを見付けろ! あれは、我等の希望なのだからな!」
言いたいことだけ言って部屋から出て行った男を見送り、残されたもう一人は溜め息を吐いた。
「……あのおっさん、本当面倒だなぁ」
「仮にも直属の上司に、そんな台詞を吐くもんじゃないよ」
背後からそんな声を投げかけられ、彼はびくりと肩を震わせる。
彼の背後には、いつの間にか二人の存在が立っていた。
片やは彼と同年代の黒髪の男。もう片方は細身の女性のようなすらりとしたダークグレイの装甲を持つ機械。やけにごつい右腕のアサルトライフルと左腕のスナイパーライフルが印象的だ。
「……それ、仮にも一応お前の上司である俺に言う台詞じゃあ無いよなあ?」
「ふふ、まあそうだね」
にこやかな笑顔でいけしゃあしゃあと答える部下を見て、彼は深々と溜め息を吐いた。
彼は二人を連れて部屋を出る。瞬間、廊下がパッと明るくなった。
「なんというかなぁ、地上よりも地下の方が明るいって変な感じだよな」
『Eigentümer。そうは仰いますが、貴方がご存命の中で太陽の存在した時代は無い筈です』
「わかってる、そんなの。ただの感傷だ」
主人である彼の言葉に、ダークグレイの装甲の頭部がこてりと小首を傾げる。機械である彼女には、彼の言葉の意味がわからないのだ。
それをわかるもう一人は、敢えて何も言わない。彼はそんな男に、全く違う話題を口にした。
「……イグナーツの様子は?」
「すごい興奮してる。麻酔が効いてないと今にも飛び出して行きそうだよ」
「…………そうじゃなくて、左腕は」
「わかるだろう? ―――問題なく修復されたよ」
予想通りの答えに、彼は溜め息を吐く。その言葉の意味を、彼はよく知っている。
だから、余計にやるせない。
「イグナーツはまだ15歳だろう……それなのに、」
「……嫌な話だね。でも、世の中にはあの子みたいな子供は沢山いる」
あんな戦闘狂が何人もいるのは御免だ。彼が抱いた感想を言った当人も感じたのだろう、苦笑を零すのが見えた。
だが、彼の言葉は事実だ。世界を襲う【機病】による被害者は、今尚増え続けている。【機病】の治療法は杳として見つからず、悪戯に時間だけが過ぎていくだけだ。
「…………………彼女の存在が、そんな世界を救うんだ、よな?」
「話によればね」
彼等に突如転がり込んできたその命令は、俄には信じられなかった。ただ、上司が昇進の可能性を夢見て、嬉々とした様子で彼等を連れて地上へと飛び出していったのである。
「……本当に?」
「…………」
「この組織は――――」
彼は、呟く。
呟きに関する答えは、誰も持ち得てはいなかった。
***
「あ、いたた……!」
モルゲンレーテ、地上部。
夜の世界唯一の灯りである星の光により、二つの人影が浮かび上がっていた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。ディールの薬飲んだし……それより、フリューの方こそ大丈夫なの?」
黒髪に青い目の少年と、白く長い髪に赤い目の少女―――ヴァルとフリューである。ヴァルの問いに対し、フリューは不思議そうな様子で僅かに首を傾げ、やがて得心が行ったように笑顔で頷いた。
「大丈夫よ、私、少しだけ頑丈だから。心配してくれてありがとう、ヴァル」
「や、その……大丈夫なら、よかったよ」
青あざだらけだった少女の肌は、ほんの数日で元の白く滑らかなものへと戻っていた。その回復速度はヴァルよりも早く、なんとなく敗北感を感じたのはフリューには秘密である。
「私よりも、ヴァルの方は大丈夫なの?」
「うん、平気。回復薬飲んだから」
「すごいのね、そのお薬。でも、どうやって作るのかしら?」
フリューが首を傾げるのも無理はない。なんせヴァルが取り出した回復薬は、鮮やかな青色をした液体だったのだから。
ヴァルは苦笑を浮かべながら、首を横に振った。
「僕にもよくわからないな。これ、錬金術で創られた薬だから」
「錬金……術?」
錬金術とは、様々な物質や人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みを指す。物質の性質の具現と呼称される「エリクシール」を物質から解放し、「エリクシール」そのものを得ることがその根元的な目的である。その中でも、生きるものすべてに在る「生命」から「エリクシール」を得ること、つまり、「生命のエリクシール」を手に入れ「不老不死」の術を手に入れることこそが錬金術の究極の目的である。……のだが。
このモルゲンレーテにおいては、その究極命題は重視されないものだ。何故なら、世界は都市毎に分断されており、【竜狩り】や商人以外は地上に上がることさえない。故に、知識や学問に各々の偏りがあるのだ。一応、研究都市という名で呼ばれる町は存在しているが、移動に多大なリスクがかかるため、あまり機能していないというのが現状だ。
それでも一部の知識ある者たちが、ある程度の目的を持って学問に励み、薬草を組み合わせて薬品を造り上げたりしたのである。それがこの世界の錬金術だ。
「……ん、んーと……? よくわからないわ、ヴァル……」
「あはは……ごめん。正直な所、僕にもわからないんだ」
現職の錬金術師から聞いた言葉をそっくりそのまま伝えただけで、ヴァルにもこの説明は全く意味がわからなかったりする。わかったことはと言えば、錬金術と言うのは崇高な目的を持って生まれたが、現状では薬品作りが主となっていること。交通の不便さによりこの世界の勉学は町ごとに偏りがあるということくらいだ。
「なんでも、「変質」を重視する技術ではあるみたいだけど」
「変質?」
「そう。たとえば、水を氷にしたりとか、岩を砂にしたり……そういう技術をまとめて『錬金術』って呼ぶんだって。とりあえず、便利な技術って覚えておけばいいと思う」
ヴァルが半ばおざなりに締めくくった言葉に、フリューはこくりと頷いて応える。
道無き道を歩きながら、とはいえ、とヴァルは心中ひとりごちた。
現在、ヴァルとフリューは【機病】の治療法を探す為に旅をしている。その目的に明確な指針は無く、ただ速くそれを見付けなければヴァルは死ぬ。
とりあえず、ディールのノートに書かれていた『機病を治療出来る者がいる』という言葉を頼りに探すしかないだろう。有力な候補地といえば、『遥か北東、当代最高峰の錬金術師がいるとされる町』なのだが、その町が具体的に何処にあるのかわからない。
「…………我ながら、行き当たりばったりだなぁ」
二、三歩先を歩くフリューに聞こえないように、小さく暗い声で呟いたヴァルは深い溜め息を吐き出した。
死にたくない、生きていたい。それはヴァルの本心で、心の底から願っていることだ。
だが、今になって思えば、もう少し事前に準備すべきだったとかそんな事ばかりが頭に浮かんでは消えていく。
「…………ヴァル? どうしたの?」
「え……」
フリューの声に顔を上げれば、彼女は思ったよりも近い位置でヴァルを見つめていて、彼は思わず半歩下がってしまった。心臓の鼓動が乱れ、頬が僅か赤く染まる。
フリューはそれに気付く素振りも見せず、もう一度大丈夫かと口にした。
「あ、えと……うん、大丈夫」
「なら良かった。ずっと黙っていたから、どこか痛いのかなって思ってたの」
「いや、平気だよ。ありがとう」
ヴァルがそう返すと、フリューは嬉しそうな表情でにこりと笑う。
気がかりと言えば、フリューについてもそうだ。
先日襲ってきたイグナーツ=アクスという少年とその上官らしい男に、ダークグレイの装甲を持つ機械兵士。
フリューを捕らえるのが目的と言って嗤った少年のおぞましさは、今でも忘れられない。
「……わからない事だらけだなぁ」
「そうね、わからないことはたくさんあるわ」
フリューは至極真面目な表情をして頷いた。そして、とても自然な動作で彼女は両手を腹に添えて笑う。
「どうしてすぐにお腹が空いてしまうのかしら? さっき食べたばかりなのに」
「さっきって……うわ、もう五時間も経ってる」
ヴァルが懐中時計を見ると、時計の針は食事をしてから既に半分近く進んでいた。地下ならもう【夜】の時間になっているだろう。フリューが空腹を訴えるのも無理は無い。
いかんせん此処は常に暗い上に目印のようなものが無いので、時間の感覚が曖昧になってしまう。
「今日は此処までにしておこうか」
「わかったわ」
ヴァルはフリューが頷いたのを見て、比較的大きな岩の方へと歩いて行く。否、それは周囲の岩とは違うものだ。他の岩に比べて滑らかな表面をしており、艶やかな光沢が星の光に反射している。ヴァルは黒い革の手袋を外すと、その岩の傍の地面に掌を這わせ始めた。ざら、じゃりと小石と砂が掌に擦れる音が微かに響く中、ヴァルの背後でフリューが不思議そうに問う。
「ヴァル、何をしているの?」
「この岩は町の目印なんだ。だから多分、近くに…………あった」
かちん、と金属質な音がした。砂を払えば、町の名前が刻まれた金属板が見えてくる。
それを強く押すと金属板はがこんと地中へと沈み、同時に滑らかな表面をした岩が音も無く後ろへスライドした。本来岩があった場所には、人一人が通り抜けられる程度の穴がぽっかりと口を開けていた。
「それじゃ、行こうか」
フリューを促してヴァルはその穴へと足を踏み入れると、彼はすぐ傍に備え付けられていたランタンを手に取り灯りを付ける。地面は階段のように段々となっており、それが螺旋階段のようにどこまでも地下に向かって続いていた。
「ヴァルのいた町とは違うのね」
「そうだね、町毎に結構違ってたりするよ」
フリューとヴァルの二人が穴に入ると、岩が再び音も無くスライドして入り口を塞いでしまう。ゆらゆらと頼りなく揺れるランタンの光以外は存在せず、ぼんやりとした光が洞窟の壁を照らした。二人が歩き出せば、かつんかつんと硬質な足音が地下へと響いていく。
「そういえば、ヴァル」
「なに?」
「あなたが飲んでいる薬も、錬金術でつくったものなの?」
「そうだよ。……まぁ、美味しくないけどね」
ヴァルが肯定を返すと、フリューは首を傾げながら疑問を口にした。
「なら、あのお医者様は錬金術師なの?」
「違うよ。錬金術師なのは―――あの人の、息子だよ」
地下深くでちかちかと光が揺らぐ。どうやら、そろそろこの階段の出口に着くらしい。
目を凝らせば、小さな光を持った若い男が手を大きく振っているのが見えた。
***
「フロッシュケニヒの町へようこそ! ……とはいえ、此処は工業街なので、目ぼしいものは存在しないのですが」
おどけた風に歓迎の挨拶をした若い男は、にこにこと人好きのする笑顔でヴァルとフリューを見下ろしている。苦笑を浮かべたヴァルは首元に下げている銀の鎖を引っ張りだした。鎖の先には小さな銀のプレートが付いている。
「アインスの町の【竜狩り】、ヴァールハイト=ゲデヒトニスです。ヴァルと呼んでください。こちらは……えと、僕と共に旅をしてるフリューです」
「よろしく」
「ヴァルさんにフリューさんですか。アインスの町の【竜狩り】さんが……何故、この町に?」
人の良い笑みの下に、ほんの僅かに警戒の色を忍ばせながら若い男は尋ねた。
ヴァルは困ったように眉を下げ、左手の手袋を引き抜いて男に見せる。ヴァルの左手のメタリックシルバーの硬質な輝きに、男は刹那息を呑んだ。
「…………【機病】……」
「……ええ、ですので。此方の【竜狩り】の方に打診を」
「成程、そういうことですか」
納得したような言葉と同時、男の瞳から警戒心がかき消える。おやとヴァルは首を傾げながら、銀の鎖をしまった。
この町の入り口にこんな警備の人間がいただろうか。竜か何かに襲われ警戒をしているのか―――否、竜に襲われたことで身分確認などする必要はないだろう。
「……なにかあったんですか?」
「ああ……もしや、まだアインスの町には報せが届いていませんか?」
ヴァルは男の問いに首を縦に振る。
アインスの町は【軍】管轄の地域の中では辺境の部類に入る。どれくらい辺境なのかと問われれば、軍本部がある首都トゥルーデから何か報せが送られたとして、それがアインスの町に届くのは早くとも二ヶ月、遅くなると半年近くかかるくらいには辺境の土地であった。
「なんでも、軍の研究施設がある都市ブラウバルトで兵器の暴走があったらしいのですが……それにより、町はほぼ壊滅状態で…………しかも、総統がお亡くなりに……」
「え!?」
ブラウバルトの町は首都に向かう道から若干西に逸れた場所にある大きな都市なのだが、それよりも大きな事件に気を取られてしまう。
総統―――即ち、【軍】管轄の地域を治める事実上の頂点の人間が死んだということだ。予想もしなかった大事件にヴァルは目を見開く。それを見て気分を良くしたか、男は声を顰めて話の続きを語った。
「それで、副総統であったツェンダー様が総統の地位に収まったのですが……それはともかく。ブラウバルトで働いていた軍の関係者によると、ですね。なんでも兵器の暴走直前に、見知らぬ男女の二人組が軍の研究施設に侵入していたようなんですよ」
「……男女の二人組……ですか」
「ええ、軍は一応重要参考人として、その二人を指名手配した……みたいですけど。どちらにもまともな絵が無くってね、とりあえず、男女二人組の旅人には注意しろってことみたいですよ」
町一つを壊滅状態にまで追い込んだ凶悪犯の対応にしては、些かおざなり過ぎないだろうか。
ヴァルと同じことを思っているのか、男は肩を竦めて呆れたように話を締めくくった。……と、そこで二人の背後から力無い少女の声が聞こえてくる。
「……もう話は終わったかしら……?」
二人が振り返ると、今にも倒れてしまいそうなフリューの姿が視界に映った。そろそろ待つのも限界なのだろう。
フリューの姿を見た男が苦笑して、ヴァル達に道を譲る。
「いや、長々とお話して申し訳ない」
「いいえ、情報ありがとうございます」
「何もない町で恐縮ですが、是非とも楽しんでいってくださいね」
その男の言葉を最後に、二人はフロッシュケニヒの町へと足を踏み入れた。
「わ……っ! すごい……!」
足を一歩踏み入れるなり、フリューが目を輝かせる。彼女が驚くのも無理は無い。
フロッシュケニヒの町は、まがりなりにも町の体裁を保っていたアインスの町とは全く異なった造りをしているのだから。
「梯子と木の板がたくさんあるわ……!」
フロッシュケニヒの町は縦穴のように下へ下へと向かう構造になっており、家はその縦穴の壁を削るような形で造られている。壁を結ぶのは、縄梯子や木の板で造られた足場だ。さながら工事現場と言うべきだろう。
人口太陽だけは町の入り口より少し上にある天井にあるのがわかるが、今は【夜】のせいか光を失っていた。
「フリュー、今日はもう宿に行って休もう。一日中歩き続けて疲れたでしょう?」
「そう、ね……ちょっと、疲れたかもしれないわ……」
地下都市は基本的に【夜】になると、宿屋以外のすべての店の運営が停止する。
食事をするにも寝るにしても、結局は宿に行く以外の道は無いのだ。
「……ねぇ、ヴァル。宿へ行ったら、おいしいご飯は食べられるかしら?」
「うーん……多分、食べられるんじゃないかな?」
ヴァルもこの町へ来たことはあるが、すぐにアインスの町へとんぼ返りしてしまうので、食事に関してはよくわからないのだが。不味くは無いだろうと思いながら彼が肯定を返せば、少女の顔がぱあっと明るく染まった。
***
「ほら、これでも食いな」
「ありがとうございます」
宿屋の主人がテーブルに置いた食事からは、ほかほかと湯気が昇っている。
ガーリックライスにレタスと竜の肉を細切れにしたものを添え、更に特製のたれをかけた一品と、コンソメで味付けされたスープだ。フリューは料理がテーブルに置かれるのを見るなり、真紅の瞳を爛々と輝かせて、嬉々とした様子でガーリックライスにスプーンを差し入れていた。
「それにしても、地上は大変だろうになんでわざわざ?」
「えっと、ちょっとした所用で……ところで、お聞きしたいことがあるのですが」
「なんだ?」
「『【機病】を治せる者が錬金術の最高峰と言われる町にいる』という噂を聞いたのですが……そんな話を何か聞いたことは無いでしょうか?」
ヴァルの問いに主人は胡乱な表情を向けると、難しい顔をして考え込む。
何か知っているのだろうか。いや、きっと何も知るまい。そんな思考が一瞬ヴァルの頭に過ぎっては消える。
難しい顔をして考え込んでいた主人は、漸う唇を動かした。
「…………いや、俺はそんな噂は聞いたこと無いな」
答えは、果たして後者であった。
想像できなかったわけではない。というよりも、むしろ圧倒的にこの可能性の方が高かったことをわかっているのに、それでも胸の内に失望にも似た思いが広がっていく。
「……そう、ですか。すいません、変な質問をして」
「いや、いいよ。気にすんな。それより、何か食いたいもんがあったら呼んでくれよな」
「はい、そうさせていただきます」
主人が食堂の奥へ引っ込んだのを確認し、ヴァルは密かに溜息を吐いた。それに対して、彼の前に座っているフリューが不思議そうに首を傾げる。
「……困った顔、してるわ」
「え……そうかな」
「ええ」
フリューは手に持っていたスプーンを静かに置くと、ヴァルの顔を真正面に見つめた。
食堂の仄かな灯りに彼女の白銀の髪が反射して、微かに光を帯びているような印象を抱く。
「ねぇ、ヴァル」
「……うん?」
「私ね、探すものは簡単に見つからないものだと思うの」
それは軽やかに言われた言葉なのに、ヴァルはなんとなくひどく重たい響きを持っているように聞こえたのだ。
考えれば、それもなんとなく想像がつく。フリューリング=D=フリューゲル。何者かの手により囚われ、記憶を失い、ヴァルと会うまでただひたすら歩き続けてきた少女。
そんなフリューはヴァルを見つめたまま、ふわりと綻ぶように微笑んだ。
「でも。私は探すもの、見つけられたわ」
「……何を、見つけたの?」
それはひどくたおやかで、穏やかで、あまりにも幸せそうな微笑みで。
ヴァルの口から思わず、そんな言葉が零れ落ちる。
「ふふ……ひみつ、よ」
くすくすと笑いながら、フリューは答えを返した。
そして彼女はそのまま右手を高々と伸ばすと、凛と通る声で告げた。
「―――おかわり」
「はいよっ!」
厨房から響く、主人の勇ましい声。いきなりの話題の切り替わりように、ヴァルはただ苦笑する。
手を下ろしたフリューはヴァルを見て、にっこりと楽しそうに笑った。
「ほら、お待ちどう様」
「ありがとう!」
奥から現れた主人が料理を一皿持ってくる。先程と同じ料理だが、スープの代わりにこれまた美味しそうなケーキが付いていた。フリューが嬉しそうに笑いながら礼を言うと、主人は照れ臭そうに頬をかく。と、そこで彼はふと思い出したようにヴァルを見る。
「……そうだ。おれにはお前の言ってた噂っつうのに聞き覚えはないけどよ、この町に来てる錬金術師様なら知ってるんじゃねぇか?」
「……錬金術師?」
「ああ。元々、この町には専門の知識持ってる医者も薬師もいねぇからさぁ、一つか二つ離れた町からわざわざ来てくれるんだよ。ありがてぇ限りだよ」
成程、蛇の道は蛇。錬金術師の町での噂ならば錬金術師に尋ねるのがいいのでは、ということか。主人の言葉に納得して頷くと、ヴァルは問いを投げかけた。
「この宿に泊っているんですか?」
「ん? あー……まぁ、な」
歯切れの悪い返事に、ヴァルは内心首を傾げる。主人は酷く言い辛そうな表情で「ああ」だとか「ううん」だとか口にした後、ヴァルの疑問の答えを返してくれた。
「……その人、な。数日前から地上から帰ってきてないんだよ」
「えぇ!?」
錬金術師が地上に行った挙句に、数日間音信不通。なんとも笑えない話である。
折角手に届きそうだった手がかりが届かなかったということもあるし、それになにより。
「あの人もまだ若ぇのにしっかりしてるけどさ…………やっぱこう……連絡ないと心配になるっつうか……なぁ、たしかあんた『竜狩り』さんだろ?」
「……ええ、まあ……」
思考の途中、主人がヴァルに話しかけてきた。
ヴァルがそれに曖昧な答えを返すと、主人は両手を合わせながら頭を下げてくる。
「その錬金術師さんの行方、探せるなら探してくれないかな?」
答えは、返すまでも無かった。
この話が笑えない何よりの理由。それは、その錬金術師がヴァルの知り合いである可能性が高いということだったりするのだ。