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Fable of Nomad~モルゲンレーテの残照~  作者: 夕子
第一章:【ヴェルトの始動】
2/30

真白の星

***注意***

この話は死ぬ、流血などの残酷な描写がございます。

また、グロテスクな描写が多々ありますので、そのようなものが苦手な方はこの話を読まないことをお勧めします。




朝を迎えることの無い闇夜の世界【モルゲンレーテ】



光を求めて彷徨う理性無き竜に怯え、地下でひっそりと暮らす人々にとっての脅威は、何も竜だけではない。


例えば、竜と同じように人を襲う魔物。


例えば、ひとの言葉を解しながら、人に害為す吸血鬼。


そして、【機病(きびょう)



肉体の欠損と同時に発病する、原因不明の奇病。

その症例は、欠損した部位が鋼―――否、欠損した部位の形をした兵器によって補われるというもの。

凄まじい激痛と精神的ショックにより、発病と同時に死ぬことも少なくない。

だが、それよりも何よりも恐ろしいのは、その機械が―――肉体を侵食するということだ。

仮にその痛苦に耐えたとしても、肉体が侵食による不可に耐えきれずに5年も経たずに死に至る。

治療薬は存在せず、錬金術で造られた高価な薬剤でさえも機械の侵食を遅らせることしかできない。


原因不明、治療不可能の死病―――それが、【機病】である。



***




「…………手は、痛むかい?」


そう優しく尋ねたのは、少年の診察をしている医者だった。

この周辺の町村に唯一存在する医師夫婦であり、また、もう一つの事情故に少年も彼らとは面識がある。


「いえ……今は、痛みません」

「そう、か……」


少年の言葉に、医者は深々と溜め息を吐いた。彼は少年の左手を手に、哀しげに眉を寄せる。冷たく固い感触のみが広がる、メタリックシルバーの左手を。

少年はと言えば、たった今まで俯けていた顔を上げて医者の顔を見た。


「バルシュミーデさん」

「……なんだね」

「…………僕は、【機病】にかかったんですよね」


医者はその言葉に片眉をぴくりと動かし、だが、何も言わずに首を縦に振る。


「……僕の命は、あとどれくらいなんでしょうか」

「……わからない。この病で発病直後に屈強な青年が死んだり、まだほんの小さな子供が5、6年生きたりするから…………」

「でも……長い間生きられないのは、確かですよね」


機病は、死病だ。

まだ明確な治療法すら見つかっていない、そもそも原因すら特定できていない不治の病。

いつ死んでもおかしくない。


「…………はぁ」


少年の様子に医者は溜め息を吐くと、引き出しからカプセルと丸薬それぞれが詰まっている小瓶を二本、取り出した。


「……ディールが作った鎮痛剤と機病の侵食を遅らせる薬だ。飲むといい」

「でも、僕にはお金が……」

「いい。どうせさっき君が護衛してきた商人からふんだくらせてもらったからな。全く、あの程度の傷で子供を医者に見せる位なら、地上(そと)に連れてこなければいいんだ」


ぶつぶつと不満を呟く医者に、少年はやっと唇にうっすらと笑みを浮かべる。それは16歳の少年にしては、どこか儚げな笑顔をしていた。


「……あの人の責任じゃ、無いですよ。僕がもっと早く、竜を殺していれば……こんな事にはならなかった」

「しかし……」

「きっと、クライドとドナもそう言います」


クライドとドナ。

生まれてすぐに捨てられた少年を拾って育て上げた、凄腕の竜狩りの兄妹。二年前、ある依頼で遠距離に向かって以降便りは無いが、彼等がこの様を見たら一体どんな顔をするだろう。


「あの二人も連絡が付かないからな…………全く、『便りがないのはいい便り』とは言うが……」

「二人のことですから、元気でやってると思います。…………僕が生きてる間に、戻ってきてくれればいいんだけど」

「―――ヴァールハイト。滅多なことを言うんじゃない」


少年が立ち上がる。

彼は医者の言葉に何も答えず、ただ静かに礼をして、病院を後にした。




***




「…………」


病院の廊下を歩く。

白だけで統一された廊下は、恐ろしく静かだ。


「―――『竜狩り』さん、【機病】にかかったんだって?」

「そうらしいわねぇ……【機病】のお薬、どこに閉まってたかしら。ディールさんが作ったお薬、確かまだあった筈なんだけど」


故に、人の声というのもやけに細かく聞こえてしまうものだった。

しかも、話題の中心は自分らしい。なんとなくいたたまれなくなって早足に歩を進めるも、静かな廊下に漏れる声はいつまでたっても小さくならなかった。


「言ってる場合かよ。【機病】だぞ? いつ死ぬかわかったもんじゃないんだぞ? 早いとこ新しい『竜狩り』を呼ばないと。それに感染(うつ)る可能性だってあるのに……」

「いやあねぇ、そんな迷信信じちゃって。【機病】っていうのは、肉体欠損が無ければ発病しないのよ、感染(うつ)るわけないじゃない」

「それにしたって、あんな気持ち悪い……いつになったら無くなるんだよ……」

「これだから新参者は……この町じゃあ【機病】は当たり前にあるものなのよ?」


走り出したい衝動を何とか堪えながら歩き続ければ、長い廊下にようやく終わりが見えてくる。

待合室を早足にすり抜けて、硝子張りの扉を開け放った。


モルゲンレーテに存在する町は、とある例外を除く全ての町が地下に存在している。


とはいえ、別に薄暗い地中の穴蔵で虫けらのように怯えて暮らしているわけではない。

彼が病院から出ると眩い光が頭上から差し込む。目の上に手を掲げて(ひさし)を作った彼は、病院から離れるべく歩き出した。


「ヴァル!」

「……トム」


名を呼ばれ、ヴァルは顔を上げる。

彼より幾分か年嵩だろう青年が駆け寄ってくるのが見えた。


「竜狩ってきたんだって? お疲れ、いつもありがとな!」

「……これも仕事だから」

「いやいやぁ、お前が竜狩ってきてくれるお陰で、町の食糧とか壁削るのに必要な道具を造るのに役立つからさ。お前のお陰だよ」


ヴァルは青年と二人、眼下の町に向かって歩き出した。

岩壁を削って出来た建物に、ほんの少し存在している緑の木々、舗装された道を駆け回る子供や、買い物に精を出す女性の姿。頭上には、大人が十人いても囲めないだろう巨大な球体が存在し、強烈な光を放っていた。


「……壁は削れてないんだ」

「固い岩盤に当たっちまってな、普通の道具じゃ傷もつけられねぇんだよ。俺じゃ、穴あけるのは出来ても、そのまま崩落……とかなっちまうかもしれねぇし、笑えないだろ」


青年が億劫そうに息を吐く。

確かに、それは笑えない冗談だ。


「……半年前、ドルンローゼの町が竜に壊滅させられたらしい。町民は全滅だとよ。今日、町に来た商人が話してた」

「…………この前も、竜に村一つ潰されたんだよね」

「ああ。二百人程度しかいない村で、生き残りはたった二十人。……俺らの町で、保護することになったよ」


成程。よくよく見れば、町の至る所に少々薄汚れた格好の者達がいる。町の人間が笑顔で食事を配っているのも見て取れた。

これも、よくある光景だ。


「俺としちゃ、不満は無いが……そろそろ、受け入れにも限界が来そうなんだよなぁ」


元々千人程度が暮らしていたこの町は、相次ぐ難民の受け入れにより現在千三百人が暮らすことになっている。

難民が来る度に壁を削り住居を造っていたが、それもそろそろ限界だろう。


「……おっと! そろそろ休憩が終わっちまうな。それじゃあな、ヴァル!」


この青年は本当にヴァルに礼を言う為だけに来たらしい。

小走りに職場に戻ろうとした彼の背中に向かって、ヴァルは声をかけた。


「ねぇ!」

「何だ?」

「君は……死ぬのが怖くないの?」

「へ? ……ああ、これのことか?」


ヴァルの問いに、青年は不思議そうに首を傾げる。

その青年の右腕はメタリックグレイの鋼鉄で出来ており、所々に物々しい兵器が存在するのが見て取れた。

彼は三年前、崩落による事故で右腕を肘まで無くした際に、機病を発病したのである。


「なんだよ、いきなり…………?」


青年がヴァルの左手に目を止めた。メタリックシルバーの鋼鉄へと変わった、少年の左手に。


「……ヴァル、お前……」

「―――答えて、トム」


一度目を見開いた青年は不意に唇に笑みを浮かべて、ヴァルの問いに答える。


「だから、いつ死んでもいいように、悔いを残さないようにしてんだよ」


そうして、彼は再び駆けだしていった。

あっという間に見えなくなっていく青年の背中を見つめながら、ヴァルは首を横に振る。


「……………僕には、わからないよ」


呟きは小さく、誰の耳にも届かずに空気に溶けて消えていった。




***




切る。突く。斬る。抉る。伐る。穿つ。


薄汚れた灰色の体躯を持つ蜥蜴にも似た竜―――モルゲンレーテでは灰蜥蜴(グレイリザード)と呼ばれている最弱の竜に、黒い剣を突き刺し、斬りつける。その都度竜の体からは鮮血が飛び散り、滴り、大地に色濃い染みを残していく。

漆黒の刃は竜のどす黒い血を吸って、更に深い黒へと染まっていた。


「はッ! やァっ!!」


突き刺す。穿つ。抉る。切り捨てる。

竜の血肉がそこかしこに飛び散って、ゴロゴロと転がった。

血飛沫がヴァルの頬に飛び散るが、全く異にも解さない。ただひたすら、竜を殺す。殺し続ける。


『グルルルル…………!』


『ギィィィィィ…………ッ!』


血の臭いにつられたか、次々と灰色の巨体が姿を現してくる。その数、三体。

ヴァルは血濡れた黒の剣を構え直した。

青の双眸はどこまでも澱んでいる癖、どこかぎらぎらとした光が宿っている。


「はぁっ、はぁっ! はッ………!」


彼は苦しげに吐息を零した。

当然だ。ヴァルが機病にかかってから三日程立っているが、ほぼ不眠不休で竜を狩り続けているのだから。極限まで疲労は溜まっていると言ってもいい。

だが、それでも彼は戦うのをやめない。


「っああああああ!!!」


絶叫と共に、彼は駆け出した。

一体目の竜の生え際に剣を叩きつけるように振り下ろす。血塗れの刃は、それでも全く威力が落ちることなく竜の体を切り裂いて、竜の翼を切り落とした。


『キィアアアアアア!!!』


痛みに悶える竜の喉を一突きに貫いて、ヴァルは二体目へと狙いを定める。

振り下ろされた爪を剣の腹で受け流すと、その勢いのまま前へと進み竜の口に爆薬の詰まった瓶を二本放り込んだ。派手な爆発音が二度響く。

竜の体がぐらりと揺れ、そこにヴァルが止めを刺そうとした瞬間、三体目の竜が背後から襲いかかってくる。


「っう……!」


小柄な少年の体を噛み砕こうと迫る竜の口を、ヴァルは辛くも回避した。

竜は爆発の影響で揺れる二体目の竜の腹を喰い破り、新たな鮮血を散らす。

本能のままに暴れる竜には、仲間意識も何もあったものではないらしい。そのまま同族の体を貪りはじめた三体目の背に飛び乗り、ヴァールハイトは躊躇うことなくその首を切り落とした。


ごとり。血の海の中に竜の首が沈んだ。


「はぁ……はぁ……、……は……ッ……」


静かになった世界の中で、ヴァルの息を整える声だけが響く。

苦しそうに息を吐いた彼はふと何を思ったか、上空を仰ぎ見た。広がるのは、ただ闇に覆われた空だけだ。星がちらちらと瞬くが、それだけでは世界全てを照らすことなど到底出来ない。

此処は、夜の帳が落ちた世界。永遠に夜明けを迎えない世界。

既に、死んだ世界。


「―――がッ!!!?」


不意に、左手に激痛が奔る。

疼くような、針で突き刺すような、痛み。抉るような痛み。じわじわと広がるような痛み。

そんな全ての痛みが含まれているような苦痛が、ヴァルの左手を中心に全身を苛んでいく。


「ぐ、ぅ……アが……ッ! あが、ギ…………っ!!」


苦しい、痛い、死んでしまいそうだ。

ヴァルが左手を押さえて倒れこむ。押さえた手の下で、何かがうぞりと蠢くのがわかった。

蠢いて、喰らわれている。肉が鋼に、侵食されている。


「う、あ……ぁぁあああああ…………ッ!!!」


彼は悶え苦しむように転がるが、痛みがどこかに行くわけも無く。

ただ無様に砂にまみれながら、ヴァルは痛みを少しでも逃がそうと悶え続けていた。

その内にコートのポケットから転がり落ちたか、医者から渡された小瓶が転がる。


「ァ、ぐ……はっ…………あ、あ、ぁ……ッ」


涙で歪んだ視界の中で、小瓶が微かな光に煌くのが見えた。

まるで、神の救いの手のような―――


「―――は……ッ!」


ヴァルは小瓶から無理矢理視線を逸らし、星が瞬く夜空を見上げる。

きらきらと輝く星だけが、この世界の唯一の光だった。


「…………は、ぅ……ぐ……」


ようやく収まり始めた痛み、だが、まだ続くその余韻に彼は体を反転させて、うつぶせに寝転がり体を震わせる。

そんな中。ざり、ざりと軽いものが地を踏みしめるような音が彼の耳に届いた。


「………こ、れ…………足音…………?」


しかも、音から考えるに歩いているのはたったの一人だ。

珍しい。彼はそんなことを思う。

地上で人が出歩くというのは、かなり稀だ。それこそ、竜狩りでも無ければ地上を歩く機会は一生無いと言われるくらいには。


「…………本当に、珍しい……」


掠れた声で呟きを零し、ヴァルは目を閉じる。

限界だった。不眠不休で竜を殺し続けた挙げ句に、機病の発作である。体は、休息を欲していた。


「………!」


薄れていく意識の中で、ふと鼓膜が何か声のようなものを捉えたような気がする。

同時、ざりっ、ざりっと、先程よりも力強く足音が響いた。おそらく、誰かが此方を見付けて駆け寄ってきてるのだろう。


「…………は、」


小さく息を吐き出して、ヴァルは重たい瞼を押し上げた。

滲んだ視界の中に、夜空の群青と荒野の赤が広がる。


その、中央に。


銀の星の微かな光を一心に集めたような、美しい白銀が風になびいている。

薄汚れた服同様、汚れていたけれどそれでもわかる肌の白さ。


「       」


唇が動き、何か言葉を形作る。

だが、わからない。もう起きてはいられない。


「―――……」


ヴァルは目を閉ざす。

瞬間、闇が広がり全てを覆い隠していく。だが、それでも目を閉じる前の色が、忘れられない。


そうして、彼の意識は途切れる。




そこにあったのは―――目映いばかりの、純白だった。





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