第六話 土曜日
土曜日。
今日は学校が休みだったのだが、僕は朝早くに家を出た。
どうも、部屋にいるのが気まずかったのだ。
昨日、僕は彼女から思いがけない言葉を聞かされた。
「好き」という言葉だ。
それも、それは透に対してじゃない。
僕に対しての「好き」だった。
僕は混乱した。
僕は朝早くから一人で駅前のファーストフード店で、深刻な表情を浮かべて小さくうなっていた。
窓際の席に座っていた僕は、店の外を行き交う人たちを無意識に見つめていた。
すると、僕はその中に透の姿を目にした。
と、同時に、透も僕の存在に気付いて、こちらを見た。
そして、透は何を思ったのか、僕のいるファーストフード店に入ってきた。
僕は、明らかに動揺した。
一昨日、僕は透を怒鳴りつけたばかりだったからだ。
まさか、透は僕を殴りにでも来たのではないかと思い、僕の目の前に現れた透を見た瞬間、身構えた。
しかし、
「よぉ。こんな所で何してんだ?」
透は、いたって普段の様子と変わらなかった。
僕は少し安心した。
少なくとも、透は僕を殴りに来たのではないことは明らかだった。
「ちょっとな・・・。」
僕は、複雑な表情でジュースをすすった。
「この間はどうしたんだ?やけに苛立ってたみたいだな?」
「え・・・?」
透は、どうやら一昨日僕が怒鳴ったのは、ただ単に機嫌が悪かっただけなのだと思っていたらしい。
「でも、水臭いよなぁ、お前も。」
透は、僕に向かい合うようにして席に着いた。
「水臭い?」
僕は透の意味不明な言葉に聞き返した。
「だってお前、里歌と付き合ってたんだろう?」
その透の言葉は衝撃的だった。
僕が木村里歌と付き合ってた?
「だ、誰がそんなこと言ったんだよ!?」
僕のその勢いの良い質問に、
「誰も言ってないけど。ここ最近お前があんまり里歌、里歌ってうるさいからさぁ。そうなんじゃないかと思っただけだけど。違うのか?」
とぼけた表情の透が答えた。
僕は、ハァっと大きなため息を吐いた。
「そんなわけないだろう・・・。彼女がお前と付き合ってたことだって知らなかったし、第一、木村里歌を知ったのは、つい先日なんだよ・・・。」
その僕の言葉に、透は「ふぅん」と言った後、一瞬沈黙した。
「でも、あいつ死ぬ前に言ってたぜ。好きな人がいるって。」
「だから、それはお前だろう?」
僕はため息混じりに透の言葉に応えた。
すると、
「そうじゃなくて、里歌が俺をふった時にそう言ってたんだよ。」
透が微妙な笑顔で言った。
「ふった?彼女がお前を?」
透は頷いた。
「付き合ってたんだろう?」
その僕の言葉に、透は再び頷いた。
「少しの間だけだけどな。でも、ある日突然、里歌のほうから別れようって言ってきたんだよ。実は、他にずっと好きな人がいたんだって。」
僕は、その透の言葉を聞いて、ただただ驚いていた。
「で、それは誰だってきいたら、俺の友だちだっていうからさ。俺はてっきりお前のことだと思ってたけど。」
僕の頭の中は混乱しきって、透の言葉に返答する言葉が見つけられない状況にあった。
その後の透との会話は、ほとんど覚えていなかった。
僕は呆然と、家に帰り、自分の部屋へと舞い戻った。
そこには、少し暗い表情の木村里歌が、まるで僕を待っていたかのように呆然と立っていた。
僕は何も言わずにベッドに潜り込んだ。
すると、彼女はすかさず、
「怒ってるの・・・?」
僕の肩に触れて言った。
僕は何も応えないでいた。
「ねぇ、信次君・・・?」
彼女の暗い声が聞こえた。
「怒ってるんだ・・・。私が、・・・好きだって言ったから・・・?」
「違うよ。」
僕は無愛想な声で答えた。
「じゃあ、何で・・・?」
その彼女の言葉の後、部屋の中に重い沈黙が立ちこめた。
僕は沈黙を断ち切るように、ベッドから起き上がった。
「本当のことを言ってくれよ。」
僕は彼女の目を見た。
「本当のこと・・・?」
彼女は首をかしげた。
「本当は、透の他に好きな奴がいたんだろう?」
その僕の質問には、彼女は何も返答してこなかった。
僕は再びベッドにもぐった。
「キミは、透のことなんて、特に好きでもなかったのか・・・?キミは、俺をからかってたのか・・・?本当はもう、その好きな人に気持ちを伝えて、やることがないから、バカみたいに戸惑ってる俺を見て笑ってたんじゃないのか・・・?・・・最低だな・・・。」
僕は、そう言い放った次の瞬間には、言ったことをひどく後悔した。
しかし、言い過ぎたことを謝ろうとベッドから起き上がった時には、すでにそこに彼女の姿はなかった。
すぐに僕は近所を探し回った。
しかし、彼女の姿を確認することはできず、夜が更けていった。
そして結局その日、彼女は部屋へ帰ってこなかった。