第四話 木曜日
木曜日。
今日は学校を休んだ。
彼女のために何かしないでは、いられなかったからだ。
突然思いつき、突然決まったことだったので、当然、無計画にそれは始まった。
そう、昨日の夜、彼女は僕にイタズラっぽく言ったのだ。
「ねぇ、どっか行こうかって、もしかしてデートってこと?」
彼女との初デートなのに、完璧な無計画というのが、何とも情けない感じがしたが、この際、仕方がない。
彼女が朝から眠るまで、ずっと笑っていられるようにする。
それが、今日の目標なのだから。
僕たちは、特に目的もなく、町を歩いていた。
「子どもの頃にさぁ、ここの道を通って小学校に通ってたんだけど、通るのがすごい嫌だったんだよねぇ。」
通りかかった道で、僕は小さい頃の記憶を思い出した。
「何で、嫌だったの?」
「そこの角の大きい家で飼ってた犬が凶暴でさぁ、いつあの門を破って出てくるとも分からないからって、勝手に怯えてたんだよ。」
その僕の言葉に彼女は笑った。
「かわいいね。その犬はまだいるの?」
彼女は、角の家の門から中を覗き込んだ。
「あっ!」
すると、犬が勢い良く門に突進してきた。
そして、低い唸り声を上げながら、彼女の様子を窺っている。
「あ、危ないよ!離れなって!」
僕は、明らかにビビっているのが見え見えな表情で彼女に言った。
しかし、あまり彼女には近寄れなかった。
そんな様子の僕を見て、彼女は大爆笑の嵐にのまれていた。
こういう意味で、彼女を笑顔にしたかったわけじゃないが、結果オーライといったところだろうか。
それから、カフェに立ち寄ったり、ショッピングモールで何気なくウインドウショッピングをしたり、時間はあっという間に過ぎていった。
その間に、彼女の表情から笑顔を奪うようなことはなく、僕は目標達成を間近に見ていた。
「そろそろ帰ろうか?」
そう僕が彼女に言った時だった。
彼女が、突然暗い表情でうつむいたのだ。
僕はハッとした。
「ご、ごめん!何かいけなかったかな・・・?」
その慌てた様子の僕に、彼女は応えない。
僕は肩を落とした。
すると、
「信次?」
僕の背後から、聞きなれた声がした。
そちらを振り返ると、僕は彼女が突然暗くなった理由が分かった。
「透。」
透の横には、彼女の友だちがいた。
親しげに、・・・いや、まるで恋人のように。
「お前、こんな所に独りで来たのか?」
透が、含み笑いを浮かべながら言った。
僕は、愛想笑いで返した。
彼女の友だちは、僕と目が合うと、すぐに目を逸らした。
僕は、心の中に沸々と湧き上がる何かを感じた。
彼女は、ただずっとうつむいている。
「あ、そうだ。お前には悪いけどさ、俺、この娘と付き合うことになったから。」
透は、彼女の友だちの肩を抱き寄せた。
僕は、無意識に拳を握り締めていた。
「彼女は・・・?・・・木村里歌は・・・。」
その、少し震えたような声の僕の言葉に、透は一度聞き返すと、すぐに返答してきた。
「死んじまった女のことなんか、今さらどうでもいいだろう。俺たちは生きてんだからさ。」
僕は、自分の表情から笑みを消さないように努力しつつも、顔の筋肉はピクピクと引きつっていた。
「キミは、自分のやってることが、どういうことなのか分かってんのか・・・?」
僕は、彼女の友だちをにらみ付けた。
すると、
「だって、・・・もともと私も透さんのこと良いなぁって思ってたから・・・。里歌の手前、遠慮してたんです・・・。」
彼女の友だちは、甘ったれた声で答えた。
それが、なおさら僕の怒りをかった。
二人の言葉を耳にして、僕の傍らにいる彼女の肩が小刻みに震えているのが見えた。
そして、僕の中で、プツンっと何かがキレた。
「お前ら、最低だよ!自分が良ければそれでいいのかよ!?平気な顔して他人の気持ちを踏みにじって・・・!彼女の純粋な気持ちを踏みにじって・・・!俺だったら、絶対そんなことはしない・・・!あんな良い娘を傷つけたりしない・・・!」
そんな僕を見て、
「信次、何怒ってんだよ?そんなに熱くなるなよ。」
透が、ニヤついて言った。
「ヘラヘラしてんじゃねぇよ!何も分かってねぇんだな!お前となんか、話しても無駄ってことが分かったよ。」
僕は、物凄い剣幕で怒鳴り散らすと、二人の前から立ち去った。
しかし、怒りのままにその場を立ち去って、僕はハッと我に返った。
あの二人の目の前に、彼女を置き去りにしてしまったことに気がついたのだ。
僕は慌てた。
しかし、
「信次君。」
彼女は、僕の後ろをついて来ていたようだった。
僕は、ホッと胸を撫で下ろした。
彼女の表情は落ち込んでいた。
今日の目標が、ここでついに達成されなくなってしまった。
僕は、自分の無力さ加減に、正直ガッカリしていた。
「ごめんね・・・。」
僕の口からは、その言葉が真っ先に出てきた。
しかし、彼女は僕の手を両手に持つと、
「信次君、・・・ありがとう。」
静かな声でそう言った。
その表情は、悲しくも優しい笑顔だった。