第三話 水曜日
水曜日。
今日も、いつもと変わらない日常が待っていた。
ただ一つ、違うことと言えば、僕が不毛の想いを芽生えさせてしまったことくらいだろうか。
木村里歌は昨夜、僕の前で痛めた心を癒すかのように泣き続け、やがてそのまま眠ってしまった。
幽霊も、一応眠る必要があるらしい。
そして彼女は今朝、元気な様子で、ひどく寝相の悪い僕を、たたき起こしたのだった。
「透には、もう何も話さなくて良いから。残りの時間は、この世界を堪能するために費やすつもり!だから、信次君もそれまで手貸してね。」
起きると、彼女がすかさず僕にそう言った。
願ってもない彼女の言葉に、わざと面倒くさそうな表情で頷き、後から密かに笑う、気味の悪い僕がいた。
今日は、登校途中に透とは遭遇せず、僕は正直、内心ホッとしていた。
横にいる彼女に、透を思い出させたくなかったからだ。
少し、ずるくて欲張りな自分を垣間見たようで、僕は自分で自分が恥かしくなった。
授業中、僕の斜め前の席の透は、ずっと携帯をいじっていた。
どうやら、誰かとメールをしているようだ。
きっと、女の子とのやりとりなんだろう。
僕の横にいる彼女は、それを気に留めていない素振りは見せているが、少なからず気になっているだろうことは、僕にも分かった。
透は、まさか自分の近くに亡くなった元カノがいるとは、夢にも思っていないだろうから、仕方がないにはないのだが、無神経だと言えばそうかもしれない。
そんなことを悶々と考えているうちに、授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。
結局、授業に身が入らないまま一日が過ぎ去ろうとしていた。
そして下校途中、僕は学校の近くで誰かを待っている様子の透を見かけた。
どうせ、女の子と待ち合わせでもしているのだろう。
すると案の上、透のもとへ小走りの女の子がやって来た。
制服はうちの学校のものだ。
よく見てみると、僕の頭の中に最悪のパターンが瞬時に浮かんだ。
透のもとへ駆け寄ってきたのは、先日僕が木村里歌について話をきいた女の子で、しかも、その女の子は満遍の笑みで透と会話している。
確か、先日話したときは、透のことを「最低」だと言っていたはずなのに。
あれは、どう見ても、透を最低だと思っているような表情ではない。
むしろ、好意を持っているような印象を受ける。
しかし、幸いにも、僕の隣にいる彼女は、二人の存在に気がついていないようだ。
僕は、不自然にならないように、彼女の視界に二人が入らないよう配慮して、その場を離れた。
自宅近くの公園の前に来ると、彼女がユラユラと木の方へと進んで行った。
僕は慌ててそれを追いかける。
「どうしたの?」
その僕の問いに、
「だいぶ、葉っぱ落ちちゃったね。」
寂しげな背中の彼女が、呟くように応えた。
「まだまだ、残ってるよ。」
しかし、彼女の言う通り、木の葉は通常ではあり得ない程のスピードで減っていっている。
「これから、・・・どうしようかなぁ・・・。」
彼女が、何かこらえるような声で言った。
僕は、ハッとした。
彼女は、さっき気付いていたんだ。
透が授業中に誰とメールをしていたのか。
そして、透が自分の友だちと親しげに待ち合せていたことを。
本当は、気付いていたんだ。
僕は、そう悟った。
僕は、胸が熱くなるのを感じた。
どうにかして、彼女の笑顔を見たいと思った。
そして、こんなに悲しく切ない様子の彼女を、このまま天国へ行かせるわけにはいかないと考えた。
僕は、はっきりと自分の気持ちを確認することができたような気がした。
「明日、どっか行こうか?」
僕は、木の前で呆然と立ち尽くしている彼女に言った。
「明日?学校でしょ?」
と、彼女は一度、鼻をすすってから僕に応えた。
「休むよ。だから、どっか行こうよ。」
僕のその言葉に彼女は、はっきりと返事はしなかったが、僕の方を振り返ると、ニィっと口角を上げて小さく頷いた。