第一話 不思議な二人
僕は普段から理屈で物事を考えるほうだし、理化学的なことを信じている。
でも、彼女との出会いに関しては、どんな理屈を並べても「奇跡」という言葉にしか辿り着かない。
彼女もきっと、そう思っていただろう。
僕が彼女と出会ったのは、冬色に染まった自宅近くの公園だった。
日曜日の夕方、僕は犬を散歩に連れていくため、近所の公園を訪れていた。
公園のベンチに、白いワンピースを着た華奢な女の子と、ジーパン・Tシャツ姿の僕と同い年くらいの女の子が腰掛けているのを見かけた。
しかし突然、僕が連れていた犬が二人に向かって吠え始めたので、
「すいません・・・。」
と、僕が二人に軽く頭を下げて言うと、二人はなぜか物凄く驚いた様子になり、僕のほうへと駆け寄ってきた。
そして、
「私たちが見えるのですか!?」
ワンピースの女の子が僕の顔を覗き込むようにして言った。
その瞳は輝いて見える。
しかし僕は、その娘の言葉の意図が今いち理解できず、
「はい・・・、見えますけど・・・。」
と、不審な表情でその言葉に答えた。
すると、その僕の言葉を聞いた二人は、手を取り合って喜び始めた。
「私たちの話を、聞いてはもらえませんでしょうか!?」
ワンピースの女の子が、懇願するような眼差しで僕に言った。
しかし、明らかに怪しげなその二人の話など聞く気にもなれず、
「今、忙しいんで・・・。」
と、無愛想に応えて、僕はその場を小走りで離れていった。
二人は、僕を呼び止めることはなく、ただ寂しげな瞳で僕を見送っていたようだった。
翌日の朝、僕は学校に向かうため、朝ラッシュの満員電車の中にいた。
今年で高校生活も三年目。
いい加減、この窮屈な状況にも慣れてきていた。
毎朝同じ時間の、同じ車両の、同じドアから乗り込むせいか、いつしか不思議と周囲の他人は、顔見知りのような存在となっていた。
ふと無意識に目を向けた先に、見覚えのある女の子がいた。
その娘は、この超満員の電車の中でも特に苦しんでいる様子はない。
よく見てみると、その娘は昨日、公園で会ったTシャツ・ジーパンの女の子だった。
しかも、昨日と同じ服装に見えるのは気のせいか・・・?
僕が降りる駅で、彼女も降り、僕と同じ方向に歩き出した。
僕と同年代に見えるが、この時間に制服を着ていないところを見ると、定時制の学生か、もしくはサボりか・・・、そんなことを考えながら彼女の後ろを歩いていた。
しばらく行くと、僕は彼女の足取りに追いついてきた。
試しに声を掛けてみようと思い、
「サボりか?」
と彼女の肩を叩いた。
しかし、
「は?」
僕の声に振り返ったのは、クラスメイトの男子生徒だった。
僕は状況が飲み込めず、目を丸くした。
「信次、まだ夢の中か?」
僕のクラスメイトが、笑いをこらえた様子で僕に言った。
「透?あれ?今、ここに女の子いなかったか?」
「はぁ?お前、いくら彼女いなくて寂しいからって、幻想はマズイだろう!」
クラスメイトの透が、僕の言葉に大爆笑し始めた。
しかし、確かに昨日公園で会った女の子がそこにいたはずなのに、一体この一瞬で何がどうなったのか、さっぱり分からず、僕はただ困惑していた。
授業と授業の合間の休み時間に、次の授業を行う教室へと移動していた僕は、学校の廊下で女の子とぶつかった。
「あ!ごめんなさい!」
ぶつかった女の子が、とっさに言った。
「いや、こちらこそ。」
明らかに僕が余所見していた。
その女の子は、僕とぶつかった拍子に抱えていた教科書を落としてしまった。
僕は、それらを素早く拾い上げて、女の子に渡そうとした。
最後の一冊を取り上げようと手を伸ばすと、それが無数の小さなプリクラと何枚かの写真が貼られた手帳であることに気が付いた。
落とした時に無造作に開いてしまったページには、大きな写真が二枚貼られていた。
そこには、今目の前にいる女の子と、もう一人女の子が仲良さそうに寄り添って映っている。
そのもう一人のほうの女の子を見て、僕はなぜか胸騒ぎがした。
それが、昨日公園で会ったTシャツ・ジーパンの女の子だったからだ。
拾い上げた手帳を、しばらく凝視していた僕に、女の子が明らかに嫌そうな表情で、
「あのぉ・・・、それ、返してください・・・。」
と、低い声で言った。
僕は、「ごめん」と一言謝って、手帳を女の子に手渡した。
そのやりとりをクラスメイトの透が見ていたようで、女の子がそそくさと僕のもとを離れた後に、すかさず僕のもとへと駆け寄ってきた。
「あの子、タイプなのか?」
「バカ!ちげぇよ!」
「いいじゃねぇか!なんなら、俺があの子紹介してやってもいいぜ。」
透が、得意げな表情で僕の腕を肘で突付いた。
「知り合いなのか?」
その僕の質問に、
「っていうか、先月あの子に告られたから。」
悪びれる様子を微塵もみせずに透は答えた。
忘れていたが、この透は入学した時から異様にモテていた。
あまり他人を悪く言いたくはないが、だいぶ遊んでいるようで、最低二股、最高五股かけていたとか、いないとか。
けして悪い奴ではないのだが、手癖が悪い。
「そういうのよせよ。いつか恨みをかうから。」
その僕の言葉を、透は笑ってやり過ごした。
その日の学校の帰り道、僕はたまたま例の自宅近くの公園の前を通った。
すると、ワンピースの女の子とTシャツ・ジーパンの女の子がベンチの所にいた。
僕は、おもむろにその二人のもとへと歩み寄って行った。
僕に気が付いたワンピースの女の子が、軽く会釈したので、僕もそれに応えた。
そして、
「今朝、学校の近くで会ったよね?」
僕はTシャツ・ジーパンの女の子に言った。
しかし、返答が返ってこない。
表情をしかめた僕にワンピースの女の子が、
「彼女、しゃべれないんです。」
慌ててフォローするように僕に言った。
一瞬、沈黙が生まれ、気まずくなった僕は、その場を離れようとした。
すると、
「あの、・・・私たちの話を聞いてはもらえませんでしょうか・・・?」
ワンピースの女の子が、昨日より深刻そうな表情で、僕に言った。
おそらく、話を聞いてくれる人が現れるまで、こうしてこの公園のベンチにい続けるのだろうと思い、僕は聞くだけきいてみようという軽い気持ちで、彼女の言葉に頷いた。
「ありがとうございます!」
女の子二人は、深々と僕に頭を下げた。
聞くだけ聞いてみた話は、実に現実離れしたファンタジー超大作だった。
まず、ワンピースの女の子が初めに口にした言葉が、
「私は、天国から命を受けて降りてきた天使です。」
だったもんだから、僕は思わず聞き返した。
しかし、聞き返しても返ってきた言葉に変化はなかった。
白いワンピースの女の子は、天使なんだそうだ。
そして、Tシャツ・ジーパンの女の子はというと。
「彼女は、先月末にお亡くなりになった木村里歌さんです。」
幽霊。
つまりお化け。
僕は、この二人にからかわれているのではないだろうかと、遅くも気が付いた。
しかし、
「冗談などではありません!信じてください!」
ワンピースの女の子は、必死な形相で僕に訴え掛けてきた。
もし冗談で僕をからかっているなら、大した役者だ。
でも、百歩譲ってこの二人が天使とお化けだと認めたとして、なぜこんなにくっきりはっきり存在しているのかが、疑問だ。
その問いに対する答えは、
「それは、あなたがただ単に霊感が強いだけだと思います。現に、この公園のベンチにいる私たち二人に気が付いたのは、あなただけでしたから。」
万遍の笑みでサラッとワンピースの女の子は言ってのけた。
これも追求したかったが、僕が霊感体質だということをとりあえず認めたとして、一体二人は公園で何をしてたのか?
話を聞いてもらって、それからどうしようというのか?
それが一番の疑問だった。
「ここからは、話を聞いてもらうというよりは、お願いになってしまうかもしれませんが・・・。
実は、天国にめされる人には、たった一つだけ願いを叶えてもらえる特権があります。
生き返るという願いは当然叶えられませんが、こうして下界に魂だけ舞い戻り、何かやり残したことをやり遂げたいという願いは叶えられるのです。
だから、里歌さんはこうして下界へと舞い戻ってきました。
魂なので、下界の人たちとお話しすることができません。
だから、私がこうして付き添っているのです。」
そんなお伽話のようなことを、ペラペラと真剣な表情でワンピースの女の子は語り続けた。
「里歌さんの願いは、「生前付き合っていた彼にお礼を言いたい」というものです。
里歌さんの彼がどの方なのかは分かったのですが、不運にもその彼には霊感のカケラもないせいか、私ではアプローチすることができず、困っていました。
そこへ、あなたが現れたというわけです。」
「というわけです。」と言われても、「はい。そうですか。」と素直に受け入れることのできない話だった。
つまり、
「里歌さんの代わりに、その彼に里歌さんへの気持ちと、里歌さんからの言葉を伝えて頂きたいのです!どうか、この願いを受け入れては頂けませんでしょうか!?」
というわけだ。
僕は、はっきりとお断りした。
しかし、
「どうか!どうか!!」
そのワンピースの女の子は、見た目には似合わない粘り強さを発揮して、僕に押し迫ってきた。
僕は、何だか無性に恐ろしくなったのか、それとも菩薩のような気持ちが芽生えたのかは不明だが、
「わ、分かったよ・・・。やればいいんだろう・・・。」
と、軽く承諾してしまったのだった。
「ありがとうございます!本当に、ありがとうございます!」
ワンピースの女の子は、僕に何度も何度も頭を下げた。
「それでは、早速これからのことをご説明させて頂きます。」
そう言って、ワンピースの女の子は、指をパチンと鳴らした。
すると、公園の真ん中に堂々と立っていた大きな木に、冬には似合わない青々とした葉が一瞬にして現れた。
僕は、目が点になった。たまたまそこに居合わせた他の人たちも、驚きの悲鳴を上げた。
もしかしたら、ここにいるワンピースの女の子は、本当に天使なのかもしれないと、僕は彼女たちを信じ始めていた。
「あちらの木の葉が全て落ちるまでが、里歌さんに与えられた時間です。それは今からおよそ
1週間。
その間に願いを叶え、この下界での最後の時間を堪能して頂くことができるというわけです。お分かりいただけましたでしょうか?」
僕は、まだ驚きの余韻に浸っていたため、至極素直に頷いた。
その僕を見て、ワンピースの女の子は微笑むと、再び指をパチンと鳴らした。
すると、周囲の様子にはこれといった変化は現れなかった。
失敗か?僕は、心の中で叫んだ。
「それでは、里歌さんをよろしくお願い致します。木が全ての時間を刻んだ時、再び迎えに参ります。」
そう言って、ワンピースの女の子はスーっと綺麗に姿を消した。
まだ、一作品を完結させていませんが、この作品はわりと短い連載で終わるような気がするので、投稿させて頂きました。THE ENDS〜と合わせて、どうぞ今後ともよろしくお願い致します。