『救う』
「いつまで親に食べさせてもらうつもり?」
姪の千里が働けなくなったのは、怠けているからだと、叔母の由紀は言った。
千里は何も答えられなかった。
病院では、しばらく仕事から離れるように、しっかり静養するように、そう言われていた。
朝、起き上がれない日がある。
人と話すことが怖い日がある。
何でもない言葉が胸に突き刺さり、何日も思うように動けなくなる。
けれど由紀には、それが理解できない。
「病気を言い訳にしてるだけじゃないの?」
「みんな辛くても働いてるよ?」
「働かない人間が、社会で何の役に立つの?」
千里の母親である姉は、何度も由紀に、やめてほしいと頼んだ。
「お願いだから、あの子の前では言わないでよ」
すると由紀は、呆れたようにため息をついた。
「甘やかしすぎなんだよ」
「このままだったら、千里は、本当に何もできない人間になるよ?」
「親なら、もっと厳しくしなきゃ」
そんな会話を耳にしながら、千里は、自分の存在そのものを否定されている気がしていた。
働けない。
稼げない。
役に立たない。
生きているだけで家族に迷惑をかけ続けている。
そんな考えが、少しずつ千里の中に積もっていく。
ある夜、千里は自分で自分の命を終わらせようと、大量の薬を飲んだ。
幸い、母親が異変に気づいた。
病院へ運ばれ、一命を取り留めた。
母は泣いた。
「私がちゃんと守ってあげてれば…」
それを聞いた由紀は、しばらく黙っていた。
そして、姉の肩に手を置いた。
「あなた、一人で抱え込んでるでしょう?」
姉は涙を拭いながら顔を上げた。
「……どういう意味?」
「私が入っている宗教、知ってるよね?」
由紀は優しい顔をした。
「そこには、あなたを支えてくれる人がたくさんいるから」
「今のあなたには、心の支えが必要よ」
姉は答えなかった。
最愛の娘が自分で死を選んだ。
その原因の一つの妹が、今度は私を救おうと自分が信仰している宗教の勧誘をしている。
由紀は本気だ。
姉を救ってあげられる。
そう信じている。
「一度だけでも話を聞いてみない?」
姉は由紀を見つめた。
そして、静かに言った。
「……あなたが千里に言ったこと、覚えてる?」
「もちろん覚えてるわよ」
「千里を死にたくなるまで追いつめたあなたが、どうして私を救えると思うの?」
由紀は少し眉をひそめた。
「私は千里ちゃんのためを思って言ってきたのよ」
「厳しいことを言うのも愛情でしょう?」
姉は何も言わなかった。
由紀は続けた。
「それに、あの子が死のうとしたのは、あなたが甘やかしてきたからじゃない?」
その瞬間、姉の中で何かが切れた。
「もう帰って」
「でも――」
「帰って」
由紀は納得できない顔をしながら立ち上がった。
玄関へ向かいながら、最後に振り返る。
「そんなに苦しんでるなら、なおさら心の支えが必要よ」
姉は答えなかった。
ドアが閉まった。
その向こうで、由紀はiPhoneを取り出した。
宗教仲間にメッセージを送る。
――救えるかもしれない人に会ってきました。
送信して、由紀は満足そうに笑った。
自分は人を救える。
本気でそう思っている。
由紀の言葉で、
千里の心がどれだけ壊されてきたか、
由紀が気づくことは永遠にない。




