ご勘弁ください。
手慰み、第数弾でございます。
ちょっぴり、梃子上げをしつつ、投稿しております。
お楽しみいただければ、幸いでございます。
この国で、聖女を婚約者にする王子は、王位継承権を失う。
それは納得していた。
だが、これは納得できなかった。
「まさか、神殿ぐるみで、聖女を偽っていたとはっ」
彼らを信じることは、もうできなかった。
卒業パーティーの会場で、聖女と第三王子の婚約が、正式に発表される直前、当の王子が声を張り上げた。
「皆、聞いてくれっ。私は独自の調査で、本物の聖女を見つけ出したっ」
盛装した生徒たちを見回すと、神聖な盛装をした平民の聖女と、貴族の成人した令嬢たちが、驚いて振り返っているのが見えた。
その中の聖女を見据え、王子は続けた。
「神殿は、わが兄である王太子の婚約者を慮り、それを偽って、偽の聖女を作り上げたのだっ。それを許しては、我が国は安寧を失うというのに、浅はかなっ」
言い切った王子を見上げて目を瞬いたのは、当の王太子の婚約者で、公爵令嬢だった。
「? 第三王子殿下? 何をおっしゃっているのでしょうか?」
戸惑っている令嬢に、笑いかけながら首を振る。
「もう、隠す必要はありません。先の辺境での魔獣討伐の際、負傷した兵たちを秘かに癒していたという話は、耳に入っております」
「?」
更に目を瞬いた公爵令嬢は、戸惑いながらも一言断ってから、答えた。
「あの頃は、この学園で座学にいそしんでおりました。何処からそのような話が?」
同級生の令嬢たちが、その言葉に一斉に頷く。
その様子に狼狽えつつ、王子は首を振った。
「そ、そんなはずはないっ。いや、あなたの事だ、授業の合間に、辺境と学園を往復……」
「何処の、化け物の話ですか」
つい、聖女が言葉を遮ってしまったのを聞きとがめ、王子は鋭く睨んだ。
「黙れ、偽物っ。お前が辺境で、全く役目を果たしていなかったという話も、既に聞き及んでいるぞっ」
「……王子殿下。発言をお許しいただけますか?」
落ち着いた男の声が、控えめに許可を求めた。
見ると、辺境を守る伯爵の令息が、令嬢たちに黙礼しながら前に進み出ている。
「よ、よし、許可しよう」
やんわりと笑う令息に押されて、王子は鷹揚に頷く。
それに一礼してから、伯爵令息は言った。
「第三王子殿下と聖女様が、辺境へと応援に駆けつけてくださったときの事が、今回のお話に関係があるようですので、経緯を説明いたします」
やんわりと切り出し、続けて語りだした。
「先の襲撃は、稀に見るほどの魔獣数で、我が領地の兵だけでは太刀打ちが不可能と判断し、王城へ応援を要請いたしましたところ、聖女様率いる兵を派遣していただけ、我が兵の戦意も向上し、結果犠牲も少なく退けることが出来ました」
まずは、聖女に一礼し、それを受けて代表として聖女も一礼する。
そして、その様子を見て、あからさまに舌打ちする王子に再び向き直った辺境伯の令息は、やんわりと続けた。
「わたくしは、聖女様の安全を確保しつつ、動向を見守っておりましたので、証言いたします。聖女様一行が到着するまで、我が兵では甚大な負傷者が出ておりました。聖女様はその様子を見るや否や、休むより先に、全ての怪我人を癒して下さいました」
既に息のない兵たちの傷も治し、涙を流して謝罪し、弔ってくれた。
「……このような方が、偽物であるはずが、ありません」
きっぱりと言い切った令息を睨み、王子は首を振った。
「そんなはずはないっ。こいつは、私を一度たりとも、気遣わなかったっ。それに引き換え……」
令息から公爵令嬢に視線を移し、王子は笑いかける。
表情が僅かに硬くなる令嬢に構わず、続けた。
「遠征から戻った公爵令嬢は、私に優しく労いの言葉をくれた。これが、聖女でなくて、何だと言うのだっ?」
「……」
「……え? 何もしなかった王子様を、何で労わないといけないの?」
素直な聖女の問いかけだった。
それに頷きながら、公爵令嬢が言う。
「聖女様には、労いと感謝を込めた品を、書状と共に神殿に送りましたが、受け取ってくださいましたか?」
「勿論です。有難うございました。聖騎士たちも、喜んでおりました。それに、お茶会にも招待いただきましたし」
「淑女としてのマナーを教える代わりに、平民の方々のマナーを教えていただけて、有意義な時間でしたわ」
令嬢たちが、聖女を囲んで和気あいあいと話す中、会場は何とも言えない空気になってしまった。
何というか、阿保か、の一言だった。
呆れるしかないが、前々回の人生で、こんな断罪に巻き込まれて、聖女を追放にまで持ち込んだ国が、我が国だ。
そう、前々回、だ。
辺境伯は、二回やり直していた。
初めの時は、この断罪の場にいなかった。
息子共々、辺境にいたのだ。
聖女が追放され、その気配を察した魔獣の集団が、真っ先に辺境を襲った。
訳も分からぬまま撃退した後、王城へ報告した時に、聖女の事を知らされたのだ。
慌てて王都に向かい、国王に謁見を申し込んだのだが、直に会えた国王は、混乱していた。
「あの阿保王子、何を血迷ったか、卒業パーティに出席していなかった、王太子の婚約者を、聖女だと断言しよったっ」
……蛙の子は、蛙だ。
そう思ったのは、内緒だ。
今は国王に落ち着いている男が王太子であった時、出来を不安視した前国王の思惑で、当時優秀だった第二王子を、聖女の婚約者に据えた話は、親世代には有名な話だった。
当時は王太子だったから、あれで済んだという話だったのだろう。
冷静に納得した辺境伯は、追放された聖女の行方を捜したが、遅かった。
隣国に保護され、聖女として活躍し始めていたのだ。
その後、本当に苦労して国の守護を続けて、気の抜けない生涯を終えた辺境伯は、すぐに巻き戻っていた。
丁度、聖女が活躍した辺境での魔獣襲撃の、後だ。
例の卒業パーティーは、聖女たちが王都に戻って、一月後に行われる。
慌てて王都に向かい、会場の招待状を手に入れた。
あのパーティーには、保護者も参加できたから、娘も連れて行ったのだが……。
何とか、断罪を阻止したのはいいが、辺境に戻った後の聖女は、随分と力を失くしたと伝え聞いた。
そして、僅か半年でその力が、枯れてしまった。
結果、前の人生と変わらない、気の抜けない生涯となってしまったのだった。
もう、やり直しようがないなと今わの際に考え、息を引き取る直前に、夢を見た。
というか、眠っている顔面を、思いっきり柔らかい何かに踏みつけられて、我に返った。
「お前という奴はっ。犯罪者めっ」
訳も分からず目を開けると、そこには大きな兎がいた。
魔獣ではない。
赤い目は魔獣よりだが、魔獣はこんなに白くない。
だが、でかい。
小さめの大型犬並みの兎は、赤い目を据わらせて元辺境伯を見ていた。
「オレは、隣国での聖女の扱いが不憫で、お前たちに助けを求めたんだぞっ。それなのにっ。お前の考えなしの行動のせいでっ」
「っ? 断罪を止めただけだぞ? それが、今回の枯渇に関係があるのか?」
「大ありだっ。聖女は、お前に恋煩って、病んでしまったんだっ」
晴天の霹靂……。
頭の中で、何故かそんな言葉が浮かんだ。
いや、どういう意味だろう?
改めてその意を考えていたのだが、そんな男に構わず、兎はその胸ぐらをつかんだ。
「いいか、吊り橋効果だ」
「吊り橋……?」
「あの年頃の娘は、自分の危機に現れた異性に、強く惹かれる傾向があるんだよ。だから、お前の助け舟を得て助かった聖女は、お前に惚れた」
「ンなバカなっ。私は、聖女様と同じ年頃の、双子の子供がいる身だぞっ? しかも、当時は細君もっ」
混乱する男に、兎は全く頓着しなかった。
「いいか、もう一度やり直させてやる。今度こそ、うまくやれ」
反論の余地は、なかった。
……まあ、これで、良かった、よなあ?
保護者達が集まる場で、辺境伯は夫人とともにその断罪を見物していた。
騒動を起こした第三王子は前の時と同じく、辺境預かりとなった。
その代わり……後継ぎだった息子を、聖女の差し出す羽目になった。
うん、これで、良かったんだろう。
辺境に来た聖女に、息子は一目ぼれしていた。
そして第三王子は、魔獣撃退の時、娘と共闘していた。
要は、どちらも婚約者をよく見ていなかっただけだ。
公爵令嬢は、ただの当て馬のような扱いで、それもあの獣神の不機嫌を増幅させていたのだろう。
前々回と前回は、その場にいなかったのに王太子を含む王家に、不義を疑われつつも王室入りしたらしいから、仕方がない。
今回はそのすべてを、解決できたとは思うが、いやはや。
人生、何が障りになるか、分からないもんだな。
意外に、乱暴な兎です。




