来
三題噺もどき―ななひゃくよんじゅうきゅう。
ベランダに出ると、賑やかな声が聞こえてきた。
煙草を手に取りながら、何かと下を覗いてみると、相も変わらず元気に駆けまわる子供たちが何かを捕まえたらしい。
夏休みに散々虫取りだの何だのしていたのに、まだ飽きないのか……。
「……」
1人の子供が片手に掲げるように自慢していたのは、少々大き目なカマキリのようだった。
あれくらいのサイズになると多少怖さが勝ちそうな気もするが、子供というのは無邪気なものだな。虫なら何でも手に取りたくなるのだろうか。
まぁ、それをその辺に逃がして終わりならいいが、彼らは持ち帰りかねないからな……その場合は親が苦労するくらいか。
「……」
まぁ、でもそれなりに分別のつくような年齢の子達だろう。
最近の子は身長や見た目で見分けをつけるには難しいから、そのあたりは何とも言えないが……虫を手づかみするくらいだから本当に分からないな。
彼らは夏休みから変わらず、いや夏休み前から変わらずか……毎日駆け回っているから親も苦労するだろうなぁ。
「……」
それでも、子供は可愛いものなのだろう。
どれだけ迷惑をかけられても、どれだけ手におえなくても。
そうでなくては、彼らはこんな所で駆け回ることもできていないだろう。
「……」
そう思っているだけで、他人の親子間の話なんてものは私には分からないが。
自分のもたいして上手くできていたわけではないからな。
どうこう言える立場ではない。
「……」
未だにはしゃいでいる彼らの声を聞きながら、陽の沈みだした街を眺める。
殆どが橙色に染まった町で、反対側の空だけがまだ少し青い。
この後は、もうあっという間に暗くなっていく。夏場も基本的には気づけば真っ暗という感じだったが、最近はそれが早くなっている。
「……」
昨日も、そう思ったが。
ようやく秋が来たのだろうか。
今年はかなり長い夏だった気がするから、尚更。
秋の訪れが、ほんの少しだけ嬉しくなる。
「……」
これからまた10月11月と、月日が経てば、雪の降る冬が来る。
そう考えると、なんだかこの一年はアッと言う間に終わってしまいそうだ。
今日までだって、気づけばこんなに経っていたのかと思えるほどに、一瞬のような気がするのに。この一か月だって、もう終わるのかと思ってしまうのに。
「……」
惜しいとも思わないが、少々寂しさはある。
ここ数日の不調も重なって、なんだか気が重くなってしまう。
なんとか治りつつあるところではあるのだが、万全ではない。
これ以上心労をかけるわけにもいかないから、何とかしたいものだが。
『 』
「……、」
と、そう思い、また意味もなく考え込みそうになった時。
ふいに、遠くから、何かの笛を吹くような音が聞こえてきた。
それと同時に、耳が震え、鳥肌のようなものが立ち、頬がピリリと痛むような感覚が走った。
『 』
初めは気のせいかと思ったが、その音がもう一度聞こえたとき、ようやくその正体に気が付いた。
「……」
音の聞こえたのは右側。そちらを見ると、ベランダの手すりに立ち、にやにやと笑みを浮かべている男が一人。今の時代には似つかわしくない、そもそもこの国にすら似つかわしくない、昔の貴族のような恰好をし、その上に身長よりも裾の長い黒いマントを羽織っている。明らかにその部屋の住民ではなく、どこからともなく現れた。
「……」
いつからそこにいたのか知りはしないが、きっとこのベランダに私が出たときからそこにいたのだろう。まさかその前からそこにいたわけではあるまい……。そして、楽し気に眺めてでもいたんだろう。……相変わらず趣味の悪い。
「……」
『 』
あいさつ代わりだとでも言うように、もう一度、今度は短く音を鳴らす。
その音の正体は、ソレが持っているフルートから聞こえるものだ。
その音は簡単に言えば、退魔の効果があるらしく、私のようなモノを退けるために使うのだと言う。なぜフルートなのかは……まぁ、アレの趣味だろう。悪趣味だからな。自分もこちら側の癖に、そんなものを使っている時点で悪趣味なことくらいよくわかる。
「……」
『……』
何かをしてくるかと思ったが、こちらが気づいたことに満足したのか。
最後には無音で、どこかへと消えた。気持ちの悪い笑みを残して。
もう二度と来るなと思ったが、ここがばれている以上何度でも来るだろうな。
……何日かの不調はアイツのせいだったか。気づかないわけだ。隠れるのだけは上手いからなぁ。何もかもが悪趣味だ。
「ご主人?」
あぁなるほど。
アイツはコイツの目に触れないように逃げたわけか。昔からコイツの事は苦手にしているからな。その癖にこうして接触してくるから趣味が悪い。
私の様子がおかしいことに気づいたらしい、同居人が、ベランダへと顔を出しに来た。
あのフルートの音は聞こえていないらしいが、空気がおかしいのは分かるのだろう。
「……」
「どうかしたんですか」
言うかどうか迷ったが……。
まぁ。
「……面倒事がやってきた」
隠しても意味はないし。いいことはない。
それに今回はアイツだからな……。
「……とりあえずシャワーでも浴びてきますか?」
「……、そうだな」
気付けば煙草はすでにすべて灰になっていた。
それでも匂いだけはしっかりとつくからな……。
まぁ、原因も分かったことだし。これからの事はこれから考えるとしよう。
「……は、あの人が来たんですか」
「ん……」
「はぁ、懲りないですねぇ」
「全くだ……」
お題:夏休み・フルート・雪