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【14.縁談の拒否と断罪 後編】

 するとそこへ、マリアを通した後部屋を退出していた老執事が、

「失礼いたします」

とまた顔を出した。


「どうした?」

とダニエルが聞くと、老執事は一人の男性訪問客を案内した。


 それは、アーゼル・ワートン公爵令息だった。身なりはまともなのだが、どことなくみすぼらしい空気を(まと)っている。


 アーゼルが自己紹介すると、ダニエルは驚いた顔をした。

「あなたはエミリー嬢の前の恋人……? いったい何しにここへ……」


「エミリーが結婚すると聞いたので。自分だけ何もなかったような顔をして、堅実な男爵家で静かに暮らす気だったら許さないぞと」


 そうアーゼルが鋭い目でエミリーを見ながら言うと、エミリーはふんっと鼻を鳴らした。

「バカなこと言わないで! あたしはこんなド田舎でおとなしくしてるつもりはないのよっ」


 ダニエルは、そんなエミリーの言葉は無視してアーゼルの方を向く。

「アーゼル殿、それを言いにわざわざ?」


「いや、エミリーの身柄を引き渡してもらおうとね」

 アーゼルはダニエルに対しては少し大人な態度を取った。


 身柄を引き渡すと聞いてダニエルはどういうことかと驚いた。

「え? いったいどういうことですか?」


「エミリーは、俺の家で起こった財産盗難事件の関係者だったのでね」


 アーゼルが短く説明すると、それをきいてエミリーが叫んだ。


「は? あたしが? 何言ってるの。あれはあなたの執事ショーンが勝手にやったことでしょ!?」


「ああ。だがその執事を雇う時の身元確認書類が偽造されてたんだ!」

 血走(ちばし)った目でアーゼルはエミリーを(にら)んだ。


 エミリーはギクッとした。


 その様子を見てアーゼルが鋭く聞く。

「身に覚えが?」


「な、ないわよ……」

 エミリーはそっぽを向いたが、アーゼルは問い()めるのを緩める気はなかった。


「そうか。じゃあ俺が説明してやる。おまえ、あの執事(ショーン)ともデキてたんだろ?」


 ギクッ

 エミリーの額につーっと冷や汗が流れた。


 アーゼルの言葉や、何やら身に覚えのありそうなエミリーの様子にダニエルはぽかんとした。

「はあ?」


 アーゼルはじっとエミリーを見つめている。

あの執事(ショーン)は、真面目に礼儀正しくしていたがよく見れば女顔(おんながお)で物腰柔らかで顔も整っていた。俺は思い出したんだ。あいつを雇用するときの身元確認書類におまえのサインがあったことを! それでおまえの身の回りの世話をしていた侍女に話を聞いたんだ」


 ギクッ

『身の回りの世話をしていた侍女』と聞いてエミリーに何か(あせ)りが見られた。


 アーゼルはエミリーから目を離さずに言う。

「おまえはどこぞの街角であいつ(ショーン)に声をかけられデートを楽しんだ。その流れで、『ワートン公爵家の執事に応募したいから身元確認書類にサインしてくれないか』って頼まれたんだ。俺とおまえが付き合いだした頃の話だそうだな。そしておまえは、俺と付き合うついでに、デートしたイケメンと俺の(やしき)で会えるのも悪くないと思ったんだろう。偽造書類にサインした」


「サインしたかなー。どーだったかなー。でも、当時は別に立派な執事がちゃんといて、彼は執事見習の立場とかだったはずでしょ?」

 エミリーはすっとぼけて話を()らそうとした。


「ああ。そのときはな。そして俺の父が大病を(わずら)い母と一緒に領地に引っ込むときに、そのときのメイン執事が父と母の方についていったので、ショーンがうちの王都の(やしき)の執事に昇格したんだ。そして財産の盗難が始まったのもその頃だ」

 アーゼルは説明した。


「でも、それってやっぱりあたし関係なくない? いくらあたしが身元確認の書類にサインしたからって、雇うと決めたのはあなたで、財産を盗んだのはショーンでしょ?」

 エミリーは口を(とが)らせた


「だが、身元確認書におまえのサインがあったから俺はショーンを雇ったんだ。俺はおまえと付き合ってたんだから!」


 アーゼルが苦々しそうに言うと、エミリーは納得がいかない顔で食い下がった。


「そんなのあなたの勝手でしょ? あたしのサインがあったからって雇わなきゃよかったんだもの。あたしの責任とまでは言えないわ!」


「文書偽造で俺がおまえを訴える」

 アーゼルはきっぱりと言った。


 アーゼルのきっぱりとした口調にエミリーは青くなった。

「何ですって?」


「身元確認書には嘘がたくさん書かれていた。それにおまえはサインした。おまえは牢屋に入れ」

 アーゼルの目は冷たい。


「そんな……!」

 エミリーの目に涙が(にじ)んだ。


 アーゼルは(あざけ)るようにゆっくりと言った。

「サルヴァン男爵は有能と評判で信頼が厚く、この地方の領主の中では盟主のような立場。だから、そこの奥方になってるようじゃサルヴァン男爵家を擁護(ようご)する声もあってやりにくいかと思ったんだが、幸いお前はまだサルヴァン男爵家に(とつ)いでいなかった。それどころか、お互い結婚を拒否するような感じみたいだな。それならサルヴァン男爵家に遠慮はいらん。心置きなく訴えられる」

 アーゼルはちらりとダニエルを見た。


「訴えるなんてイヤーっ! あたしはただ紙にサインしただけじゃない!」

 エミリーは叫んだ。


 しかし、この状況でエミリーに同情する者は誰もいなかった。


「連れて行ってくれて構わない。私はエミリー嬢とは結婚しない」

 ダニエルも冷静に言い渡した。


 アーゼルは小さく(うなず)くと、自分が連れてきた従者たちにエミリーの身柄を確保するように命じた。


「お父様に言いつけてやるっ! あたしをこんな目に()わせてっ!」

 エミリーは(わめ)いたが、

「スピンク男爵にも事情は説明済みだ」

とアーゼルは冷静に返答した。


 こうして、小悪女エミリーは捕らえられ、王都でしっかりと取り調べを受けることになった。

 エミリーを牢屋にいれないためにスピンク男爵がお金を払うかどうかは、またこれからの交渉次第。


 少なくとも今のエミリーは生きた心地がせず、自分が何をしでかしたのか考える羽目(はめ)になったのだった。



(第2章 終わり・第3章に続きます)

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