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【11.修道院にて 中編】

 あの男の人。名まえはケイン・ハートネット。毎週金曜日にお祈りに来るわ。まあまあかわいい顔立ちなのよね。年は20歳そこそこかしら。背は低めだけど、肌艶(はだつや)は悪くないし、清潔感はある。

 いつも一人で来るからまだ伴侶(はんりょ)はいないとみた。


 よし、今度、偶然を(よそお)って手を重ねてみようっ!


 でもダメよ、絶対に他の修道女たちに見つからないようにやるのよ。

 あの女たちはそういうのを見咎(みとが)めると鬼の首を取ったかのように大騒ぎするんだから! 本当モテない女ってうるさいのよ。バレたら院長に追い出されちゃう!

 でも、あたしならうまくできるわ……。男の人の手に(さわ)れるなんて楽しみね。


 次の金曜日、エミリーはケイン・ハートネットが神殿へ来るのをワクワクしながら待った。


 ケインはいつものように現れると、帽子を脱ぎ、祭壇の前に何列も並べられた長椅子の一つに腰かけた。

 そして前の長椅子の背もたれの上で両手を組み、その組んだ両手の上に頭を()れた。

 これが彼の祈りのスタイルなのだった。


 エミリーは心の中でニヤッと笑った。

 あの手の上にあたしの手を重ねてみよう。ちょうどいい感じで長椅子の背もたれの上に置いてくれてるじゃないの。

 ゴツゴツとした男の人の手。生温(なまあたた)かい体温。ちょっと湿(しめ)っているかもしれないわね。それが余計(よけい)に男女を感じさせるのよ。ふふっ。


 とはいえ、今日の神殿への奉仕活動には修道女が10人は来ている。

 変な動きをしたり、(さわ)られたケインが驚いた声を上げようものなら、一気にお(なわ)だわ。


 エミリーは平静を(よそお)い、明後日(あさって)の方向を見ながら、ゆっくりとした動作でケインに近寄って行った。


 そして通り過ぎるかといった瞬間に、さっとケインの手に目を落とし、さも自然な動きかのように手を差し伸べると、両手で、ケインの両手を包み込んだのだった。


 祈りのために組まれたケインの手。

 それに(おお)いかぶさるエミリーの両手。


 頭を()れて一心(いっしん)に祈っていたケインは、異変を感じてパッと目を上げ、エミリーが自分の手を包み込んでいるので「ぎゃっ」と思わず短い悲鳴を上げた。


 周囲の修道女たちは驚いてケイン・ハートネットの方を向いた。

 そして、ケインの組まれた両手の上に、エミリーが両手を重ねているのをはっきりと見た。


「何をしているのっ!」

 修道女の一人が叫んだ。


 ケインは(ワケ)が分からず、包まれた両手を眺めながら放心(ほうしん)している。


「エミリー様! なぜ手を握っているのです?」

 修道女たちが駆け寄ってきた。


 エミリーはここが演技の正念場(しょうねんば)だと思った。そして平然と言ってのけた。

「クモが歩いていたのですわ。この方の手にのぼったので捕まえようと。だって神殿で殺すわけにはいかないでしょう?」


「クモ!?」

 ケインが慌ててもぞっと手を動かしたので、ようやくエミリーは包んでいた両手を離した。


「クモなんかいないが……」

 ケインが両手をくるくる表裏させながら戸惑(とまど)ったように言うと、エミリーは悠然(ゆうぜん)微笑(ほほえ)んだ。

「あら、逃げてしまいましたのね。あたしったら運動音痴(うんどうおんち)なんだからぁ」


 他の修道女たちは何となく変だなと思いながらも、エミリーの言うことを否定する根拠もなく、()に落ちない顔をしながらまた自分の雑用に戻っていった。


 ケインはしばらく自分の手とエミリーの顔を見比べている。

 エミリーはにっこりと笑い返した。そして、心の中で(つぶや)く。

「ごちそうさま」


 エミリーはこの悪戯(いたずら)にすっかり満足していた。

 ああ、男の人の少し大きな手。伝わって来た体温! 彼の手があたしの(てのひら)の下でもぞっと動いたのよ。(さわ)れるだけでこんなに楽しいなんて……。

 エミリーはうっとりとした。背徳感(はいとくかん)(たま)らない!


 次は?

 すぐさまエミリーは次のターゲットを物色(ぶっしょく)し始めた。


 次はあの男にしよう。名まえはコーネル・リーヴェンス。

 手に触ったケイン・ハートネットよりは貧しそうだけど、真っ黒で長めの前髪がミステリアスな雰囲気なの! 背も高いし鼻筋がきれいなのよね。いつも一人で来るし。


 彼にはそうね――お尻でもつねってみようかしら。


 そしてエミリーはコーネル・リーヴェンスが神殿にやってくるのを今か今かと待った。

 コーネルは決まった曜日に来るわけではない。来たときが勝負!


 ある日、コーネルは汚れた作業着を着たまま神殿にやって来た。

 神殿の祈りの場の入口で、長い前髪をかき上げながら、敬虔(けいけん)な瞳で祭壇の向こうの神の像を(あお)ぎ見る。


 ちょうど入口付近の長椅子の掃除をしていたエミリーは「来たっ!」と思った。

 そして、お尻をつねるにはコーネルが長椅子に座るまでが勝負だと思った。


 とはいえ、今日もそこそこの数の修道女たちが一緒に奉仕に来ているのだ。一般客だってそこそこいる。

 冷静に、堂々と、事を遂行しなければ。

 修道女たちに不信感を与えてはいけない。


 エミリーはさささっと足早にコーネルの背後に近づいた。

 そしてコーネルが前の方の長椅子に座ろうと歩き出したところ、いきなり後ろからきゅっとお尻をつねった。


「うわっ!?」

 コーネルが驚いて小さく叫び声をあげる。

 そして脊髄反射(せきずいはんしゃ)のようにパッと動くと、左手でパシッとエミリーの右手首を(つか)んだ。


 その声に、近くにいた修道女たちが振り返る。

 見れば、エミリーの手が男性のお尻付近にあるではないかっ!

 しかもその手首を男性ががっしり(つか)んでいる!?


「何をしているんです、エミリー様!?」

 修道女たちは声をあげた。

「またあなたなの、エミリー様」

という声も聞こえる。


 院長が近寄って来た。エミリーの手がコーネルのお尻の付近にあるのを汚らわしいものを見る目つきでちらりと見た。そして、

「これはどういう状況ですか?」

とコーネルとエミリーに説明を求める。


「あ、この修道女が俺の尻を触ったので……。思わず(つか)んでしまいました」

 コーネルはそう説明してから、パっとエミリーの手首を放した。


「お尻を、触った……?」

 院長が信じられないといった顔をする。



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