【10.修道院にて 前編】
「エミリー! ばかもん!」
父スピンク男爵はトロード準男爵領から帰って来た娘の顔を見るなり、大きな声で雷を落した。
しかしエミリーはつーんとしたままだ。
「何よ、うるさいわね」
「うるさいわねじゃないっ! 儂の再従妹のクレア夫人にまで迷惑かけて! あの辺は田舎だからな、おまえの悪評は瞬く間に広まるぞ!」
「知らないわよ。あたしは地元の有力な商家の夜会にちょっと豪華な馬車で出かけて行っただけなのに。何が悪いの? だってあたしは、とっておきのマルフィーネ商店のドレスに宝飾品で着飾ってたのよぅ。最高級でないと馬車が釣り合わないじゃない」
「田舎で目立つなっ! その土地その土地で暮らしぶりってのがあるんだ。思慮が足りん!」
「くっだらない!」
「反省もしてないのか! おまえなんて神殿の修道院にでも入っとれ! 急いで結婚の日取りを決めるから……! ああ、もう! 娘の体調が悪いから結婚を延期してくれって頼んだばかりなのに、恥ずかしくて死にそうだ!」
「一度死んだらいいのよ、お父様は! 頭でっかち!」
「親に向かってなんてことを言うのだ!」
スピンク男爵は額に青筋を立てて怒った。
しかし、エミリーは父の言ったことが意外といいかもと思った。
神殿の修道院か~。
結婚の日取りが決まったとしても、真面目に修行してるってことにすれば「ちょっと待ってください」って結婚延期を要求できるかも。そのままずーっと待ってもらってたら、そのうちサルヴァン男爵も諦めるでしょ。
「いいわよ、お父様。あたし神殿の修道院に行くわ」
「は!?」
娘の態度の変わりっぷりに、思わずスピンク男爵は変な声が出た。
「おまえ、また何か企んでるんじゃないだろうな!?」
「まさか~。神殿の修道院に行けって言ったのお父様じゃない。お父様だってあたしに大人しくしててもらいたいんでしょ?」
「そ、そりゃまあそうだが……。だが、行くのは修道院だぞ! 夜会とか豪華な馬車とかとんでもないからなっ!」
釘を刺すことを忘れないスピンク男爵だったが、エミリーはふんっとそっぽを向いた。
「分かってるわよ。じゃあ、行って来るわね」
「本当に分かってるんだろうな!?」
「うるさいお父様ね……」
そしてエミリーは、父に手続きをさせると、さっさと神殿の修道院に入ってしまった。
一応真面目に修行するという名目で結婚回避を狙っているので、地味な服装に地味な馬車だった。
しかし、いざ神殿の修道院に入ってみると、思っていたよりずっと質素な環境で、エミリーは「げっ」と思った。
まず、通された部屋は非常に狭く簡素な造りになっていて、蝋燭も無駄遣いのないように薄暗いのだった。ベッドも固く布団は薄っぺらい。こんな小部屋で寝起きするのかとエミリーはぞっとしてしまった。
そして、持ち物の制限があった。
エミリーは神殿の修道院での暮らしが不便なものにならないように身の回りの物をいくらか持ち込もうと思っていたのだが、そのほとんどを院長に没収されてしまった。
「清貧の精神です」
と院長は言う。
他の修道女たちは地味で、地味であることを誇りに思っているような様子で、とてもエミリーと話が合いそうにない。
よく見れば美人だっているのだが、競って清貧と貞潔を体現しているので、エミリーには理解ができないのである。
食事の時間も決まっているし中身も粗末なものだし、掃除に地域活動にお祈りと、エミリーにはとてもじゃないけど我慢できるものではないのだった。
何より神殿の修道院内は男子禁制だった。
トロード準男爵家は田舎とはいっても、一応使用人含め男性はいた。しかし、ここは本当にいないのである。
修道院の横には神殿が併設されており、そこは一般用に開放されているため、神殿を訪れる男性と一緒に祈りを捧げたり、修道院の外で日常生活を営む男性を柵の内側から声をかける分には接触があるが、ほぼそれくらいなのである。
男好きのエミリーとしてはとても退屈で堪らないのだった。
――しかしここを出て実家に逃げ帰れば縁談待ったなしである。
エミリーはひどく迷った。
ここでの生活はエミリーにとっては屈辱的なほど嫌なものだ。しかしド田舎の堅物地味眼鏡との結婚も嫌だ。
エミリーはうーんと考えた。
結婚してしまえばそれが一生続く。しかし、ド田舎堅物地味眼鏡がエミリーとの結婚をあきらめてくれさえすれば、エミリーは大手をふって実家に帰り、また元通りに贅沢で華やかな生活ができるのだ。(※父に別の縁談を決められない限り。)
つまり、ド田舎堅物地味眼鏡が自分との結婚を諦めるまで、その間だけ、神殿の修道院で我慢すれば、後は元の生活だ!
そこでエミリーは少し我慢をして神殿の修道院で暮らしてみることにしたのである。
しかし、男好きで怠惰なエミリーはやっぱり3日で辛抱できなくなってしまった。
「もう無理っ!」
エミリーが誰にともなく大声で叫ぶと、周りにいた修道女たちは皆びくっとなって驚いた。
「どうなさったの、エミリー様」
さすがのエミリーもここで「男としゃべりたい」とは言えず「むぐっ」と口を噤むのだが、そこでエミリーはハッといいことを思いついた。
神殿へ祈りに来る男性を意識して愛でればいいんだわっ!
チャンスがあれば触ってみるとか、そんな楽しみもあるんじゃないかしら!
そう考えるとエミリーは何だか誰にも知られてはならない自分一人のゲームを見つけたように急にワクワクしてきた。
「ふふっ! 粗末なベッドには閉口するけど、まさかあたしが清貧ぶって心の中じゃ男狙ってるなんて誰も考えないでしょ。楽しくなってきたわ! 周りの修道女たちに気づかれないように男を誑かすのよ、いい遊びを見つけたものね!」
その日からエミリーは誰よりもうきうきで神殿への奉仕に出かけた。
目的はもちろん祈りに来た一般人の男性の中からイケメンを探すことだ。
神殿での雑用をしながら、エミリーはこっそり祈りに来た男性に視線をやる。
あの人はまあまあの顔立ちだけど少し歳を取り過ぎているわね。こっちはかわいい顔をしているけど若すぎるわ、まだ子どもじゃない。うーん、あの人は背筋がピシッと伸びてていい感じだけど、ちょっと痩せすぎね、神経質そうにも見えるわ。あの人は……。
こんな具合にエミリーは訪れた男性たちをひとしきり採点してみるのだった。
そのうちエミリーは採点するだけではつまらなくなった。
中にはエミリーの中で及第点の容姿の男もいる。もちろんこの神殿に祈りに来るのは庶民ばかりなのでお金を持っていないのは初めから仕方がないのだが、まあまあの見た目ならエミリーの食指も伸びるというもの。
そもそも貞操観念が低く、イケメンで自分を慰めてくれる男なら大歓迎なエミリーである。
エミリーは遊びを少し発展させることにした。





