5.黄金色のひとさじ(後編) *
後編です。
後書きに世界設定【スラムの双銅の話】が記載されています。
世界観を理解していただくために必要なものとなりますので良ければご覧下さい。
最初に任されたのは、山のような食器の洗い物だった。
鍋、フライパン、皿、スプーン、フォーク。調理の合間に出てくるそれらが、次々と流しに運ばれてくる。
「速くなくてもいい、しっかり汚れを落とせ」
先ほどの年配の料理人が、そう言って作業に戻っていく。
(なら、僕にもできる……!)
リトは黙々と洗った。
スポンジの角を細かく使い分け、裏も、持ち手も、縁の部分も見逃さない。
一つひとつに「料理を載せる器」としての尊厳を込めるように、集中して手を動かしていた。
「……いい手つきだな。こっちまで回せるか?」
思いのほか早く次の担当者が声をかけてきた。
(あ……褒められた……!)
その瞬間、リトは気づく。
この厨房で大事にされているのは、速さじゃない。正確さと、丁寧さ。
(よし、ちゃんとやろう……!)
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皮むきの作業も、丁寧にこなした。
ジャガイモも、にんじんも、小さなりんごすら、傷一つないようにむいていく。
最初は「もっと大雑把でいい」と言われかけたが、仕上がりを見た先輩が「…そのままでいい」と小さく呟いたのをリトは聞き逃さなかった。
果物のカットは、慣れている。
もともとパン屋で使う分のフルーツは、よく任されていたのだ。
素早く、正確に、綺麗に切る。
「いい切り方だな」
「飾り切りはできるか?」
「できません!!」
「はっきりしてるな……なら、カットだけ続けろ」
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ハーブの選別も、リトには向いていた。
傷んでいる葉、香りの薄い茎、育ちすぎた葉。
一枚ずつ摘みながら、香りと色を確かめていく。
「……やり直し、なし」
別の作業台から束を抱えてきた人が、ぽんと目の前に新たなハーブを置いていった。
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10回目の鐘が、街の夜空に静かに鳴り響いた。
「——もう、こんな時間……」
リトがふと顔を上げると、厨房はすでに落ち着き始めていた。
パーティは終わり、客人はすでに帰路についたらしい。
盛りつけの台は片づけられ、残るは調理器具の洗浄と床掃除だけになっていた。
「おい、少年」
声をかけてきたのは、昼間にハーブを運んできた青年だった。
その手には白い布包みと、柔らかい生地の包みが一つずつ。
「今日の報酬だ。大銀貨1枚と……あと、追加で銅貨をちょっとと、これ」
と、そっと手渡されたのは、こぶし大のガラス瓶。
重みのある蓋の内側から、透き通った金色の液体が揺れている。
「花蜜、ですか……?……甘くて、少し花の匂いがする……」
「料理長からだ。あんたの手際、良かったってさ。うちでは安物だが、高級品ではある。ありがたく持ってけ」
「っ、ありがとうございます……!」
慌ててお辞儀するリト。
その頭の上に、さらにもうひとつ包みが乗せられる。
「パーティの残り物だ。冷めてるが味はいい。晩ごはんにでもしておけ。あと、制服は返してもらうが……代わりにこれ」
広げられたのは、アイボリー色のシャツと、淡いグレイのズボン。
いかにも「庶民向けの外出着」といった服だったが、どこか品がある。
「働くってのは、着るものも気にするってことだ。あんた、また来るといい」
「……はい!! ぜひ!!」
リトは先程の離れに戻り、制服の代わりに新しい服を着て…お弁当と花蜜を抱え、夜風に頬を冷やされながらも、ほくほくとした顔で帰路に着いた。
【世界設定・スラムの双銅の話】
かつて、勇者がまだ「人として」この地を歩んでいた時代——
あるとき、戦地へ向かう途中の街角で、彼はひとりの少年に出会いました。
少年はスラムの細道で、顔まで泥にまみれながらドブさらいの仕事をしていました。
それも、銅貨二枚という、わずかな報酬のために。
その仕事を仲介していた地元ギルドは、子どもたちの労働を巧妙に「合法」として扱っていたとされます。
しかし、勇者は黙って見過ごさなかった…見過ごせなかったのです。
翌日、ギルドの本部は更地になっていたという伝承が残っています。
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この出来事は後に「スラムの双銅の話」として民謡にもなり、以来勇者の名のもと——
「未成年者を雇う可能性のある職場には、“正義の監査”が入る」という法律と、「勇者に許しを請うための働き方」という文化が生まれました。
特に、公爵家や王家など、格式ある家系ではこの教訓が重く受け継がれ、少年少女が働く場合には、待遇・労働時間・支援内容まで細かく管理されるようになったのです。




