3.夜明けを願いながら。
懺悔:投稿ボタン押し忘れていました。昨日分です。
王都の街並みが、遠ざかっていく。
レンガの屋根も、整った石畳も、やがて色を失って風景に溶けていった。
ノーラはひとつだけ後ろを振り返る。
朝焼けに染まる王都のシルエットは、まるで誰かの思い出みたいに、ぼんやりと霞んで見えた。
「……よしっ、行こうか」
彼女は小さく呟いて、背中に意識を集中する。
淡い光が、肩のあたりから粒子のように舞い上がった。
氷に光を閉じ込めたような、透き通る翼が、静かに展開する。
それはまるで、朝の空に咲く一輪の花のように、儚く美しかった。
ばさり、と羽ばたいて、ノーラの体がふわりと地面を離れる。
空気を裂いて、風が肌を撫でていく。
胸の奥にあった小さなざわめきも、青空の広さに包まれていくようだった。
空を行くのは、自由だった。
地を這うよりもずっと早く、そして、ずっと遠くまで行ける。
雲の隙間を抜け、風を読み、太陽の光に翼をさらす。
人の足なら数日はかかる旅も、ノーラにとっては “少し頑張れば一日で着く”距離だ。
けれど――
彼女の視界の先、北の地平線に、妙な白があった。
最初はただの雪雲だと思った。
でも、近づくにつれて、それが“ただの天気”じゃないと分かってくる。
「……吹雪?」
白の帯は、まるで空を断ち切るように広がっていた。
不自然なくらい明瞭な境界線。
まるで、誰かがそこに “壁” を作ったみたいに、きっぱりと分かれている。
風の流れもおかしい。
そこだけ重く、冷たく、刺すように鋭い。
翼の端が、思わず震えた。
ノーラは羽ばたきをやめて、空中で旋回する。
何度も風を読み、光の角度を確かめたけど、答えは同じだった。
「……あれは、入っちゃいけない」
理屈じゃない。
魔力が拒まれているわけじゃない。けれど、“感覚”がそう告げてくる。
危険だ。
あれは、空を裂く何かだ。
ほんのわずかだけ背中の羽が震えた。
けれど、ノーラは怖がってはいなかった。
ただ、慎重に、確かめているだけ。
「今日のうちに突っ込むのは、やめとこっか」
そう呟いて、翼を畳む。
魔力の光が消え、身体がゆっくりと降下を始める。
──地を歩く。
それは彼女にとって、“自由を封じる”ということだった。
けれどそれでも、無理には飛ばない。
風が拒むなら、風と争わない。
それが、彼女の旅のやり方だった。
林のそば、小さな岩陰に布を張って、野営の準備を整える。
魔道ランプの明かりを頼りに、じゃがいも入りのスープを火にかける。
湯気が立ち上るのを見て、ふっと息を吐いた。
「……ちゃんと、詩を見つけなきゃな」
あの魔女に届ける、自分だけの詩を。
そのために、自分はここにいる。
目を上げると、空には満天の星。
けれど、北の空だけは“何も見えない”。
(……やっぱり、“ただの雪”じゃないんだ)
ギターを膝に置き、弦を軽くひと撫でする。
静かで澄んだ音色が、凍った夜気に吸い込まれていく。
野営用の布はすぐに凍りついてしまった。




