表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Astrolibra (アストロリブラ)  作者: 夢想の月
3.有翼の詩人の詩
24/26

1.語られなかった物語

それは、物語になりそこねた詩だった。


少女は静かに聴いていた。

夜空を編んだような髪、宇宙を閉じ込めたような青黒い瞳。

まるでこの現実のどこにも属していないかのような存在感で、空間の中心にただ、ぽつりと座っていた。


ティレリス・ノーラは、緊張した面持ちでギターを構える。

愛用の相棒 《クリスタルスカイ》。水色に透き通るその楽器は、彼女の声とともに詩を紡ぎ、音を超えて心に触れる魔法のような力を持っていた。


ノーラは、ゆっくりと弦に触れる。

音が空気を震わせ、旋律が世界に染みこんでいく。

語られたのは、一人の英雄の詩――悪竜をたった一振りで討ち、世界の光となった勇者の伝説。


しばらくの沈黙ののち、少女は口を開いた。


「……よく語れていたわ。声の調子も、リズムも、悪くない」


その声は氷の水面をなぞるように澄んでいた。

言葉に含まれた静かな賛辞。それでもノーラの胸はなぜかざわついていた。


そして――


「けれど、それはあなたの物語ではないわね」


その瞬間、ノーラの中で何かが崩れた。


語りは間違っていなかったはずだ。

旋律も、リズムも、声の出し方もすべて練り上げ、完璧に仕上げた。

誰が聴いても感動する詩を、自信を持って奏でたはずだった。


――なのに。


魔女は、怒るでもなく、嘲るでもなかった。

ただ、事実をそのまま告げただけ。

まるで余白にさらりと書かれた、脚注のように。


「“カイン”のことなら、知っているもの。叫びながら世界を駆け回って、爆発とともに去っていく。拳で語り、筋肉で詩を詠む男よ」


魔女の瞳に、わずかに愉快そうな光が差した。


「あなたの語った彼は、整いすぎていた。丁寧すぎて、まるで他人が描いた似顔絵のよう。綺麗だけれど――退屈だったわ」


ノーラは答えられなかった。


“自分が見たもの”ではなく、“語りたかった理想”を、ただ音にしていただけだったと。

誰かを勇気づけるための物語――そう信じていたはずなのに、言葉は空をすり抜けるだけだった。


少女――《魔女》は静かに立ち上がり、手をひらひらと振る。


「……次に来るときがあるのなら、“あなたの目で見たもの”を、持ってきなさい」


そのまま、空間が音もなく閉じていく。

色彩が剥がれ、空気が消え、ノーラの体を包んでいた異空の余韻が消失する。


まるで、世界そのものが、ノーラを拒絶しているようだった。




ーーーーーーーーーー




ほんの数刻前のこと。

グレイヴ・ホルン王国、王都の裏路地。


「この都市に、 《魔女》の領域と繋がる扉があるらしいんだって!」


ドーナツを手に、瞳を輝かせながらノーラは駆けていた。


「これは、ボクにとって、びっくりするほど大きな価値になるに違いない!」


詩人として名を売るには、どんな場所でもチャンスが欲しかった。

魔女の興味を引けるほどの詩を奏でることができれば、自分の名はもっと遠くまで届くだろう――そう思っていた。


そして今、魔女の目の前で――その詩は否定された。


異空から現実へと弾き出されたノーラは、クリスタルスカイを背に、呆然と空を見上げた。


(……“ボクの目で見たもの”……か)


たしかに、自分は旅人だ。詩人だ。

色んな場所を巡り、人々の暮らしを見て、話を聞いて、歌ってきた。

けれどそれは、“誰かの語った物語”を集めてきただけだったのかもしれない。


「……わかったよ、魔女さま」


ノーラは呟く。

空はまだ晴れていた。冷たい風が髪を揺らす。

その先に広がる世界が、まだ自分を試そうとしているような気がした。


――次に語るときは、ボクの旅で見た“ほんとうの物語”を。

世界の片隅にある小さな光を、ちゃんと見つけて届けるんだ。


ノーラはそう決意すると、背中のギターを背負い直した。


自分自身の詩を、この世界の中から、見つけるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ