表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Astrolibra (アストロリブラ)  作者: 夢想の月
2.砂と花とおっさんの話
22/26

10.ナジャールの名

おっさんの話、最終話です。


3章を前に、一度設定と物語のすり合わせと調整させていただきます。

数日は設定集のみの更新となります。ご理解ください。

砂が、歌っていた。

風が巻き上げるたび、地表の音が変わっていく。

それはまるで、遠く響く鐘の音のようで――

少女の額に宿る結晶が、かすかにそれに応じて光を灯した。


「進行、問題なし」


背後から届く報告の声。

けれど、少女は頷きもせず、ただ前を見つめ続けていた。


星のない昼の空。焼けつくような陽射し。

その手に抱えた革張りの手記だけが、不思議な涼やかさを湛えていた。


――イサーム・ナジャールの手記。

魔女が直筆で記したという水脈の地図が、その中に挟まれている。


少女はその本を一度も開かず、けれど正確に歩みを進めていた。


 


「……止まれ」


その一声で、周囲の者たちも動きを止める。

風が止み、砂が静まり、世界が呼吸を潜めた。


額の結晶が、ふわりと光を放つ。

大地の下――何かが、脈打っている気配。


少女はしゃがみこみ、そっと砂をすくった。

さらさらと指の隙間からこぼれる粒のひとつひとつを、まるで見つめるように。


一人の随行者が口を開く。


「……ここが、水脈か?」


少女は答えず、ゆっくりと手記を開いた。

挟まれていた一枚の紙――風にひらりと揺れるそれには、魔女の筆跡が記されている。


 


「……“ここにいる”。」


その呟きと同時に、額の結晶が強く輝いた。


地図の上に現れた結晶体が、まるで“宇宙の網膜”のようにゆっくりと脈動する。

それは、“魔女の視界”が再び世界に降りた瞬間だった。


砂の下から、風が吹き上がる。

舞い上がった砂が空を覆い、昼の空を仄かに暗く染める。


そして――そこを掘り起こした先に現れたのは、水だった。


澄んだ、冷たい、命を宿す水。


その奇跡の湧出に、誰もが息を呑む。


「……生きていたのか、この土地が……」


 


少女は静かに泉へと歩み寄り、膝をついて水をすくった。

その背を見守る随行者が、恐る恐る言葉をかける。


「……どうかしたのか?」


少女は小さく首を横に振ると、ぽつりとつぶやいた。


「……ようやく、私も“赦された”気がする」


 


立ち上がる。

足元の砂が、波紋のように揺れた。


「ナジャールは、ここから始まる。……再び」


結晶がきらりと光り、太陽が照らした魔女の紋章が、一瞬だけ砂の上に刻まれる。


まるで彼女の存在そのものが、“魔女の意志”であるかのように。


 


少女は、胸元の留め具を外し、外套を脱いだ。

風に乗って舞い上がった布が、ふわりと砂の上に降りる。


その背後には、十数名の者たちが控えていた。


古くからナジャールに仕えてきた者。

自由の地を求めて、遠くの地より集った者。

そして、ただ彼女の背と“ナジャールの名”を信じた者たち。


 


少女は腰の袋から、小さな“杭”を取り出す。

手のひらに収まるほどの、小ぶりな鉄杭。


それはイサームの時代には存在しなかった――

魔女の紋章を刻んだ、新しい“領主印”。


 


「ここを、我らの新たな領とする」


その宣言とともに、杭を砂へと突き立てた。


――コン。


乾いた音が響いた瞬間、風がひとめぐりする。

まるで砂が静かに祝福しているかのようだった。


杭を中心に、テントが張られていく。

水を引くための浅い溝が掘られ、仮設の棚が並べられる。

子どもたちが笑いながら、砂の上を駆けていく。


 


少女は再び手記を開く。


裏表紙の端に、丁寧に記された一文。


『ここに泉あり。かの地の祝福、汝らに与えん』


その言葉に、指先をそっと添える。


「イサーム……曾祖父の名を、私は誇りに思うよ」


 


そして彼女は、名も呼ばずに夜空を仰いだ。

右目に浮かぶ魔女の紋章。

額の結晶が、その光を受けてひときわ強く輝いた。


無地のまま掲げられたナジャールの旗は、まだ色を持たない。

けれど――この地に息づく人々の鼓動が、

いつかそれを、確かな“色”に染め上げていく。


こうして、“ナジャールの再興”は始まった。




イサームの手記には、こう記されている。


『あの依頼は、本来なら失敗だったはずだ。

私は正式な供物も持たず、正規の道も通らず、

左腕を代価にして無理やり扉を開いた。』


『あれは、神が赦すような行為ではない。

けれど――』


『魔女様は、私の物語を“食んで”くださった。

きっと、甘くも、苦くも、なかっただろう。

だが、それは私のすべてだった。』


『……あれは、赦しというより、“見逃し”かもしれないな』


もしこのお話が良いと思った方がいらっしゃいましたら、星をつけて評価していただけるとありがたいです。

誤字報告等も受け付けております。よろしくお願いいたします。


さて、つぎはどんな人が、『魔女』と出会うのか…気長に期待せずお待ちいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ