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Astrolibra (アストロリブラ)  作者: 夢想の月
2.砂と花とおっさんの話
19/26

7.ルクシヴィオラと赦しの旅路

3000文字ですって、うわぁ。ふたつに分けるとかすればいいのにね。しないんですよ筆が乗っちゃったから。


おっさんの話、まもなく完結です。

星々が空から剥がれ、足元に降り積もる。

腕を切り落としたにもかかわらず、まるで他人の身体のことのように、ぼんやりとしか感じない。

落ちたはずの腕に、痛みがなかったのだ。


だが、動けなかった。


空間そのものが、彼を拒んでいるようにさえ感じられた。


ここは、招かれた者のための場所。

彼は、その「資格」を持っていなかった。


膝をつけば、空気が喉を焼く。

呼吸ひとつすら、重力のような「圧」に阻まれる。


魔女は、浮いていた。


重力も、地面も、必要としない存在。

その髪は夜を裂いた糸で編まれ、瞳は宇宙色で銀の星が浮かぶ。


彼女は、ふと何かを見つけたように目を向ける。


「ふーん、短剣をつかったんだ……」


そう言って、ふわりと手を伸ばし、イサームの傍に転がった短剣を拾い上げた。

まるでそれが、“物語の目次”であるかのように。


「魅せてもらうわ、あなたの物語を」


声に感情はない。

でも、イサームの胸に鋭く突き刺さる。

「試されている」という感覚すらない。


彼女は、静かに浮かんだまま近づいてくる。

少しずつ、近づく度に、その強烈な存在感に押しつぶされそうになる。


魔女は一つ息を吸うと…


彼の額へ、そっと手を伸ばした。


その指先は、実際には触れていない。

けれど、空気の温度が変わるほどに冷たく、やわらかく。


そしてそのまま、“指をすっと額に差し入れた”。


光の粒が舞い上がる。

銀の砂が夜の空間に滲み広がり――その中心から、一冊の本が抜き取られる。


装丁は黒。

金の箔押しで、ゆるやかな文様が描かれていた。


魔女はふわふわと空中に腰掛けると、いつのまに取られたのか、捧げ物のふたを開けた。

中を覗き込むと、スプーンで中身をすくい――そのまま口に運ぶ。


「……まっっっず。よくこれで、持ってきたわね……」


ひとくち、ふたくち、顔をしかめながらも止めない。

視線だけは額から抜き取った黒い本に向けたまま、読み始めようと――した、のだが。


「…………無理、味が強すぎて集中できない……」


くぐもった声でぼやきながら、最後のひとさじまで食べきる。


イサームは動けない。

呼吸さえ、重たい。

その目の前で、18代の魔女は最後まで供物を“処理”しきった。


「ほんとはね、食べながら読むつもりだったのよ、あなたの“物語”」


ふぅ、と息をつくように、瓶をふわりと空中へ放った。

瓶はふしぎな重力に引かれるように、彼女の周囲で浮かんだまま止まる。


彼女の瞳がようやく、本へと向けられる。


「……じゃあ、読ませてもらうわ。あなたが、何を“差し出した”のか」


本の表紙には『ルクシヴィオラと赦しの旅路』の文字。

それは彼の記憶と行動を記した、唯一の「証」だった。



ーーーーー



彼女はその本を胸の前で開くと、何も言わずにページをめくりはじめた。


音はない。

だが、空気が変わる。


ページがめくられるたび、記憶がひとつ、時の中に編まれていく。


イサームは、それをただ黙って見ていた。


魔女の表情に変化はない。

けれど、彼女の瞳の奥に広がる星雲が、ほんのわずかに色を変える。


彼女だけが知っている。

この本に記されたのは、焦げた花の記録だけではないと。


ーーーーー


冷たい指先が、本の端で止まる。


ひと息。

彼女の胸にある“秤”が、静かに揺れた。


「……そう」


声には、色も熱もない。


けれど、それはたしかに“判断”だった。


赦しを与える――

けれど、その方法は“優しくはない”。


なぜなら、この場はミーティアの聖域。

そして彼は、招かれてもいないのに、その扉をこじ開けて入ってきたのだから。


「あなたの物語、想像より――ずっと苦かった。でも、確かに“甘さ”があった。誰に向けたものでもない、あなた自身の、救いの味」


彼女の瞳が、イサームを捉える。

星々を封じたような、銀と青の光が、その身体を深く貫いた。


「だから、赦してあげる。私の権能において、あなたを――あなたの存在を、許可する」


その瞬間。


ミーティアの片手が、ふわりと宙をなぞった。


宇宙が、開いた。


まるで絵筆で描いたような星の軌跡が、空間に“紋”を描く。

銀の光は旋回し、ひとつの形に結実してゆく。


彼女はイサームの顔に手を伸ばした。

今度は、額ではなく――左の瞼へ。


彼が息を飲む間もなく、焼印のような熱と冷たさが一度に走った。

「ッ……!」


その紋は、銀河を一筆で描いたような、曲線と星々の連なり。

まぶたの内側に焼き付けられたそれは、見る者すべての“認識”に強制的に刻まれる、絶対の赦しのしるしだった。


神官でも手にできない神秘。

それを持つということは、国家も、教会も、否応なく認めるしかない“上位者”であることを意味した。


「これが、あなたへの“免罪”よ。……だけど、」


彼女は視線をすっと下ろす。

落ちたままの腕――すでに冷たく、動かないそれを見つめて、ため息を一つ。


「……あなたのやったことは、間違いなく“禁忌”だった。だから、その代償も、あなた自身で背負ってもらう」


彼女が指を鳴らす。


――星が、腕に降り積もる。


それは細かな宇宙の欠片。

しかし集まり、構成され、やがて形となって――“義手”が、そこに生まれた。


黒曜石のような深い青に、かすかに銀の光が走る。


「これが、あなたの新しい左腕。けれど覚えておいて。それは“私の一部”から創られたもの。

あなたが闇に呑まれれば、きっとこの腕が、あなたを呑む」


イサームは、言葉を失っていた。

視界の隅で、義手が動く。まるで、生きているかのように。


「それでも、進むのね?」


魔女の問いに、彼は小さくうなずいた。


「……なら、最後に」


彼女は、空中にふわりと手をかざした。


舞い落ちてくる、ひとつの巻物。


「これは、“未発見の水脈”の地図。あなたの一族は、ここから再び始めなさい。

……運命を変えるのに、資格なんていらないわ。ただ、物語を持っていればいい」


続いて、彼の胸元に――短剣が静かに戻ってくる。

刀身には新たな紋が浮かんでいた。

それはかつてと同じ、けれど“再生”の印を刻まれたもの。使用回数も、再び「3」に戻っている。


そして。


「はい、報酬。これは私の形式みたいなものだから。お金、大事でしょう?」


3枚のルブラが入った小さな袋が、ふわっとイサームの前に浮かび、ぽとりと彼の膝元に落ちた。


全部が、現実味を伴っていた。

けれど、それはまるで夢のようで――


ミーティア(ちいさな魔女)は、最後に一言。


「……あなたの旅が、あなただけのものでありますように。

これは、私からの“ほんのちょっとの加筆”よ。……忘れないで、イサーム」


その声は優しかった。

まるで絵本を読み終えたあと、そっと本を閉じるように。


――空間が、ページのように反転し始める。


赦しを受けた者は、現世へ還り、その本は、魔女の書架に静かに納められる。

まだ、物語は終わっていない。

それが、神に赦された者の“始まり”だった。

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