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Astrolibra (アストロリブラ)  作者: 夢想の月
2.砂と花とおっさんの話
17/26

5.不完全な供物 *

後書きに世界設定の単位についてを記載してあります。


長いですが世界観を理解していただくために必要なものとなりますので良ければご覧下さい。

イサームは、ルクシヴィオラの花弁にそっと指を伸ばした。

触れた先から、乾いた絹のような手触りが伝わる。


「……思ったより、脆いな」


花弁に触れただけで、ほのかに香りが立つ。

星を散らしたような銀の斑点が、指の熱に溶けるように揺らめいた。


これを、砂糖漬けにする。


――鍋も、火も、ない。




ーーーーーーーーーー




イサームはオアシスへ戻ると、水袋に水を汲み、岩のくぼみを洗った。

水を少量だけ溜める。


太陽で熱された岩は、触れれば温かい。


「……水を蒸発させるには、これくらいしか手がないか」


瓶の中の砂糖を、一つまみだけ取り出す。

それを岩の上にそっと落とした。


高温の石の熱で、濃度の高い水飴を作ろうとしたのだ。


空気は乾き、気温は高い。

花弁を焦がさず飴に絡めるには――この数リトラの差配が全てだった。



ーーーーー



香料は、祖父の配合を思い出しながら、ほんの少しずつ混ぜていく。

スパイスの粉は香りを補うだけでなく、花の色と匂いを保つ“魔除け”でもある。


火も、熱源も、器具もない。

それでもイサームは、供物を捧げるように、ひとつひとつ慎重に手順を踏んでいった。


やがて、自然の熱でほんのり粘度を帯びた水飴ができあがる。

その上に、ルクシヴィオラの花弁を一枚、そっと置いた。


――ぱちり、と音がした。


端が焦げたように縮れ、銀の斑点は焦げた香水のような匂いを放ちながら黒ずんでいく。


「……っ」


イサームは、潰れた花弁を見つめ、指先でひとつ潰した。


指の熱すら、許されない。


あの花は、あまりにも繊細だった。



ーーーーー



二枚目。今度こそ慎重に。

指を水で冷やし、風の向きを確かめて、息を止めて――


……また、失敗。


三枚目。四枚目。


焦げる。

しぼむ。

溶ける。

崩れる。


どれも、“美しい供物”にはならなかった。


イサームは黙ったまま、壊れた花弁を見つめた。


「……なぁ、じいさま」


乾いた声が、風に溶けるように消える。


「本当に、これで“赦される”と思ってたのか?」


彼は、笑わなかった。

ただ、手のひらに花弁の欠片を集めて、そっと瓶の中に入れる。


崩れた香りの記憶。焼けた銀の粉末。

それでも――これが、彼にできる、たった一つの“供物”だった。


「これが、僕の“物語”だよ」


最後の花だけは、指の熱に触れさせなかった。


布でそっと挟み、細い枝で持ち上げる。

それはもう“花弁”ではなく、“記憶の遺骸”のように思えた。



瓶の蓋を閉じる。


その中にあるのは、美しくない砂糖漬け。

失敗の痕跡と、願いの残骸。


だが、それこそが、“赦しを求める物語”だと、彼は知っていた。


――あとは、魔女に届けるだけだ。


焼け焦げた供物。崩れた花弁。

失敗作に込めた祈り。


赦しを与えるかどうかは、あの魔女の気分次第。


けれど。


「……神に捧げるのは、いつだって“出来損ない”だ。だからこそ、意味がある」


【世界設定・単位】


「神々への供物」が、やがて民の暮らしに根付き、価値の基準となったのと同じく、日常における重さ・長さ・密度を表すための単位も、各地で自然に生まれていきました。


時代が進むにつれ、それらは徐々に標準化され、《聖教》の影響のもと、各国の言語や文化の違いを超えて、世界全体で共有される基準となっています。




・《リトラ》 …微細な質量単位


名前由来:古代語で「小さき供物」「一粒の重み」という意味。

基準換算:1リトラ=およそ1g相当。

用途例:香料、花弁、魔術刻印用の鉱粉など、繊細な素材や儀式用供物の計量に用いられる。


「供物は一リトラでも祈りの重さとなる」

という信仰語句があり、信仰的価値と実用が結びついた単位である。



・《セラ》 …標準的な重量単位


名前由来:「重き価値」「裁価の瞳」に由来。

基準換算:1セラ=およそ1kg相当。

用途例:装具、鉱石、神殿祭具など、儀式や商取引での価値ある物品の量を測る際に使われる。


迷信として「セラを超えし願いは、神に届く」とも言われるが、聖教や三柱はそのような事は一切定めていない。



・《ティル》 …細線・精度単位


名前由来:「天の糸筋」または「霊印のきざみ」より。

基準換算:1ティル=およそ1mm

用途例:刺繍、術式刻印、工芸、聖印彫刻など。

備考:「1ティルのずれが千年の祈りを崩す」とされる、高度な精密作業の基準単位。



・《ナヴィ》 …小物・工芸単位


名前由来:「折枝」「祈りの包み」の語に由来。

基準換算:1ナヴィ=およそ1cm

用途例:包香、護符、草薬束の長さの目安。

庶民の暮らしでは「三ナヴィ包めば良薬」などの慣用句も多い。



・《アルナ》 …距離/歩幅単位


名前由来:「神が歩みし大地の一歩」より。

基準換算:1アルナ=およそ1m

用途例:建築、測量、神殿内の配置指標など。

信仰的背景:神殿では「祈壇と祭壇の間には七アルナ」と定められている。



・《セリオ》 …巡礼距離単位


名前由来:「陽の昇りから沈むまで歩める距離」より。

用途例:巡礼、旅路、街道の距離表記。

基準換算:1セリオ=およそ1km

備考:「セリオの果てにも赦しはある」という、巡礼者の間で語られる格言がある。



【補足説明】

各単位名は共通通貨「ドーナ」と同じく地域によって発音が異なり、例えば「リトラ」は砂漠の遊牧民の間では「ルトゥ」や「リダ」と訛り、神殿の高位神官は「リトゥラ」と呼ぶことが多い。


このため、「単位名だけで出身地が分かる」こともあり、旅人同士のあいさつに単位が混ざることさえあるという。

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