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Astrolibra (アストロリブラ)  作者: 夢想の月
2.砂と花とおっさんの話
13/26

1.赦されざる者 *

後書きに世界設定のサール・ナラム教国について記載してあります。


過去最高に長いですが世界観を理解していただくために必要なものとなりますので良ければご覧下さい。


午前五時。まだ空が青黒い。


イサーム・ナジャールは、軋む木の椅子の上で、朝一番の祈りを終えていた。


貧民街の裏手にある、借り物の礼拝室。

柱にはひびが入り、絨毯には穴が空いていた。

けれど彼は、今日も丁寧に身を清め、

かつて司祭だった祖父に教わった通り、祈りを捧げた。

「……勇者神よ、我に赦しを」


イサームは祈りの言葉を口にしながら、胸の奥にわずかな引っかかりを覚えた。

あれは――本当に神だったのか? 美徳を継いだ者、“かつて人であった存在”。


けれど、それでも祈らねばならない。

元神官の家系の人間として、貴族として、そして“罪人の家”の人間として。


3柱の名を口にするたび、脳裏に「断罪の日」が過る。

あの空の色は、今日と同じく、深い青黒だった。



ーーーーーーーーーー




祈りを終えると、彼は粗末な布を肩にかけて礼拝堂を出た。

風が土埃を巻き上げる。

街はすでにざわつき始めていた。

パン屋のかまどの煙、物乞いの声、小商いの掛け声……

それらすべてが、彼にとっては、遠くの音だった。


イサーム・ナジャール。

この地に彼の家はない。

それでも名を捨てなかった。

だからこそ、人々は彼に石を投げる。

「裁かれなかった罪人」として。


かつて、イサームの祖父は上位司祭だった。

父もその家系を継ぎ、神殿に仕え、貴族としての地位も与えられていた。

けれど、ある事件をきっかけに――家は断罪された。

勇者の剣が振り下ろされたのだ。


イサームは生き残った。

まだ九歳の少年だったから。

けれど、生き残ったことは、彼にとって救いではなかった。


それは、贖えぬ「罪の継承」だった。




ーーーーーーーーーー




「……“赦されざる者”が、名乗るには重すぎるな」


独りごちた声は、かすれていた。


喉が乾いていた。

けれど水を飲む金が、今日もなかった。


彼が仕えていた小さなギルドの雑務は、今日も朝から晩まで続く。

それは「雇用」ではなかった。

誰にも認められない、誰にも感謝されない「存在の補填」だった。


生まれながらに学び舎で教わった貴族の礼節も、

祖父から受け継いだ神官としての文書読解も、

ここではただの“うぬぼれ”と嘲笑される。


「お貴族さまのプライドで、よくやってらっしゃるねぇ」


そう言われるたびに、イサームは黙って耐えた。

それでも、名を捨てない。

それは、呪いのように、彼の中に根を張っていた。



そんなときだった。

ギルドの掲示板に貼られた紙が、風に揺れた。


何故か、視線が吸い寄せられた。




ーーーーーーーーー




『依頼名:ドーナツを届けよ』

推奨ランク:B以上

備考:常設依頼/成功者8名

最低報酬:300万ダーナ


紙の隅に、かすかに金のインクで書かれていた。

“供物指定:甘味”

“評価対象:物語”



ーーーーーーーーーー




イサームは、その紙をじっと見つめた。

ふいに、なにか“匂い”がした気がした。


あまい、やさしい、懐かしい――

けれど、どこか遠い、そんな匂い。


「……“供物としての甘味”か」


静かに呟く。

それが、ただの冗談ではないことを、彼は知っていた。


学んできた。

祈ってきた。

供物と価値の意味も、魔女が好む香の力も。


けれど、これはただの甘味ではない。

届けるべきは“甘さ”ではなく――物語だ。


本当にこの依頼が魔女が出している常設依頼なのかはわからない。だが、学んできた、祈ってきた過去が、これは魔女の依頼だと叫ぶ。


「……罪人に、語るべき物語など……あるのか?」


自嘲するように口角を歪め、

彼は、依頼書に手を伸ばした。


その手は震えていた。

紙を握る指先が、ゆっくりと汗ばんでいく。


「……行くしかないのだな」

紙を握る手を見下ろし、彼はただ、ひとつ息をついた。

【世界設定・サール・ナラム教国】


この章の舞台、サール・ナラム教国は《大神殿》 グラン・サンクトゥムの近郊にあり、聖教の中でも「断罪」と「赦し」に特化した宗派 《オルド・レデンプティオ》 を掲げ、3柱を完全なる“神”として信仰する珍しい地域です。


この国では世界各地で使用されているドーナ通貨は「ダーナ」と訛って発音されています。ドーナ通貨は世界各国に造幣施設があり、その価値が正当であるかは、必ず《裁価の瞳》で審査されています。


サール・ナラム教国から鋳造されたドーナ通貨は勇者の権能の象徴である「天秤」と「一輪の花」が彫られています。これは「断罪と赦し」を象徴する国の紋章であり、「正義と美徳は常に均衡の上にあるべし」という教義の視覚化とされています。


この国では宗教と政治は分けられておらず、全ての貴族は宗教階級に属しており、貴族であるということは神の代理人であることと同義とされています。

神への忠誠度、信仰度がそのまま身分に反映され、身分が高ければ高いほど神の情報も得やすくなります。


この国における“信仰”とは、神を崇めることだけではなく、神にまつわる情報を手に入れ、真偽を見極め、保持し続けることを意味します。

それはすなわち、“神を理解すること”であり、“その存在に近づくこと”に他なりません。

特に、神が現在何度代替わりしているのか、神の種族等は重要な機密となっており、かなり上位ではないと知ることすら許されないものとなっています。

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